第12話 英雄の告白

 事務所から出ると、薄暗くなっていた。外にはビルもいて、マリーベルに小さく会釈をした。

 「何か飲みながら話そう」というハンスクロークと共に、屋台の集中するエリアに足を向けた。


「この前は、マリーに迷惑をかけた」


 引ったくり犯が出て、警ら隊本部まで送ったときのことだろう。

 立ち聞きしてしまった、「魔法が上手く使えない」という言葉が、頭のなかをグルグルと回る。


「大丈夫ですよ」


 何とか返事だけは、返すことができた。


 少し後ろを歩きながら、ハンスクロークの様子を伺う。視線を落とし、少し項垂れて歩くハンスクロークが心配になる。いつもは睨み付けているか、自信ありげにしていることが多いので、余計にだ。どうにか励ましたくて、その横顔を見つめつづけた。


(魔法のことについては、触れない方がいいわよね……。

 でも、雰囲気が重たすぎるのよ……。

 どうしたら、いいかしら??)


 屋台の多い場所には、商品を買った人が飲食できるように、机と椅子が置いてある。隅の方で空いているところを探しだすと、ビルが飲みものを買いに行った。


「マリー・・・」


 ハンスクロークの顔を見るが、視線は合わない。


「その・・・」


 何? と聞きそうになって、寸前のところで飲み込んだ。


「チッ!!」


 ハンスクロークの苛立ちが、伝わってくる。

 連れ出されて、不機嫌なハンスクロークと二人きりにされて、どうしていいのかわからないのは、マリーベルなのだが。


 冷たい風が、頬を撫でるように吹き抜けていった。

 ハンスクロークがいることに気がついた者からは、無遠慮な視線が投げ掛けられる。

「引ったくりがあったらしいんだ。ちょうどハンスクロークがいたのに、なにもしてくれなかったんだとよ」

 その噂話に、変な緊張感が漂う。

「前にも聞いたことがあるぞ。英雄様なのに、魔法で捕まえてくれないらしい。部下を走らせるんだとよ」

「部下を、なんだと思っているんだろうな~」

「お高く止まっているんだろ?」



 それとは別に、甘えるような高い声も聞こえてきた。

「英雄様よ。お近づきになれないかしら?」

 あちらこちらに、流行りの劇の広告が張られている。魔法使いの恋愛をテーマにした、純愛ものだ。『運命の人』という言葉が、広告の上に踊っていた。

「やめときなよ。ハンスクロークは冷たいって有名だよ」

「でも、魔法使いは、運命の人には甘いのよぉ」

 女性は、目を輝かせて席を立った。


 ハンスクロークの隣に椅子を持ってきて座ると、馴れ馴れしく話しかけてくる。

「ねぇ、その女といてもつまらないんだったら、私と遊ばない?」

 その言葉に、ハンスクロークが眉を跳ねあげた。一段と鋭くなった目線に気づくことなく、馴れ馴れしくすり寄ってくる女性。


「私なら、あなたを楽しませることができるかもしれないでしょ」

 そういいながら、ハンスクロークの手袋をした手の上に、自分の手を重ねた。


 バチッ!!

「いたっ!!」


 音が聞こえるくらい反発が起きたようで、女性は涙目になりながら手を擦っている。


「なんで?? 手袋、してるじゃない?」

「あぁ、魔力が多いんでな。手袋では防ぎきれないんだ。すまないが、どこかへ行ってくれないか?」


 ハンスクロークの低い声に、ビクッと体を震わせると、女性は人混みのなかに消えていった。


「大丈夫ですか?」

 ハンスクロークは、「あぁ、よくあることだ」と手の甲を擦っている。


 反発が起こるということは、魔力はある……。

 魔法が使えないのは、何故?


 また、立ち聞きしてしまったことが、頭のなかを回りだす。


「お待たせしました~」


 ビルが、器用にジョッキを三つ持って戻ってきた。渡された中身は、りんごの果汁のようだ。一口含むと、優しい甘味と爽やかな酸味が広がる。

(美味しい~!!

 って、そんな場合じゃなかったわ)


 仕事終わりに夕飯を屋台で食べようとする人が、増えてきた。自分達が座っている隅の方も、たくさんの人が行き交い、内密な話をするような状況ではなくなってきた。先ほどのように、ハンスクロークに話しかけようとしている女性の姿も、チラホラ見受けられる。


「落ち着きません。探偵事務所へどうですか?」

 ジョッキは後で返せばいい。


 結局、事務所に戻って来てしまったが、扉を閉めると外の喧騒から離れられ、ホッと息をつく。

 ビルの隣に座ったハンスクロークが、髪を掻き乱した。

 今日は、警ら隊の帽子を被っていない。

 明るい茶髪が、動く度にサラサラと揺れている。


「すごく混んでいましたね。お二人は、普段、屋台にいくんですか?」

「そうだな。どうせ一人なんだ。腹に入れば同じだろ?」

 「ふん」となんだか偉そうだが、そんな、いつもと変わらない様子に安心した。

「副隊長は、いつもこうなんです。今度、黒猫さん、一緒に食べてくれませんか?」

「お前も似たようなもんだろ?」

 ハンスクロークが、鼻を鳴らす。

「やだなぁ~。ぼくは、栄養とか考えてますよ」

 ビルが、手に持っていたジョッキをテーブルにおいた。

「そんなふうには、見えないがな」

「副隊長は、面倒だとお酒だけで済ませちゃうじゃないですか?」

「たまには、いいだろ?」

「あれを、たまっていいますかぁ~??」

 言い争っているのに、仲の良さが滲み出ていた。自然と目尻が下がる。

「お前だって、酒は飲むだろ?」

「ちゃんと、つまみも食べてますよ」


「お二人とも、お酒は飲むんですね」

 二人の会話を見ているのも面白かったのだが、本題に入りそうもなかったので、口を挟んでみた。


「あぁ、この前の、飲み屋は旨そうだったな」

 思い出すようにハンスクロークが、斜め上を見る。

「そうなんです。尾行中だったんで、一品しか食べられなかったんですよね」


「今度、二人で行ってくればいいじゃないですか?」

 ビルは、そんなにハンスクロークの食事内容が心配なのだろうか?


「いや、それは、どうだろうな。俺は、軽蔑されているだろ?」

「へ?」


 誰に?? マリーベルに、か??


 話が急すぎる。ぐっと空気が冷えていく。

「俺が不甲斐ないばっかりに」

 そう言われると、引ったくり事件のことしか思い付かない。

「帰り道に遭遇した、事件のことですか?」


「あぁ」

 ハンスクロークは目線を下げる。

「それだけで、軽蔑するなど、ありませんよ」

 マリーベルは少しでも優しく聞こえるように、穏やかな声を出した。ハンスクロークが顔を上げるので、ニコリと微笑みかける。

「魔法が………」


 長い沈黙の後。

「うまく、イメージできない」


 魔法詠唱をしながらイメージするには、多少の練習が必要だ。しかし、浮遊や小さな炎を起こすなど、イメージのしやすい魔法であれば、数回の練習でできてしまう人もいるくらいだ。

 マリーベルが悩むように首をかしげていると、渋々ハンスクロークが続ける。


「詠唱を始めると、他のことを思い出す」


 イメージができないというよりも、他のことを考えてしまい、イメージが途切れてしまうということか。


「無理に使わなくてもいいと思うんですよね~。副隊長が魔法を使えなくても、ぼくたちは副隊長について行くんで」


 軽い調子で話すビルに、ハンスクロークはため息をはく。

「俺は、そういうわけにはいかないだろ。早く拘束できれば、逃げられることも減る。ゆくゆくは、警ら隊に推薦してくれた友人にも、恩返しができる」


 眉をしかめたビルは、

「副隊長は、頑張りすぎなんです。今日は、話していいんですよね?」

と、ハンスクロークに許可をとった。


「ぼくが知っていることを、お話しします」

 そういうと、ビルは言葉を選びながら話し出した。

「副隊長は、昔、軍部にいたんです。そのころは、まだ隣国との小競り合いが続いているころで、軍人の育ての親と一緒に、前線にいたらしいんですよ。そのとき、敵の攻撃に驚いて、魔法が暴発してしまったんですよね?」

 ハンスクロークは、短く相づちをうつ。

「そのときの光景を思い出してしまうそうなんです。灼熱の炎が敵兵を焼き殺す光景・・・」

「灼熱の炎とか、変な言い方をするな。敵の攻撃を打ち返しただけだ。しかも、そんないいもんじゃない。悶え苦しむ人を思い出すんだ」

「打ち返す? ですか?」


「油が大量に入った樽に火をつけて、飛ばしてきたんだ。それを打ち返して、敵の中に着弾し、大きく炎が広がることをイメージしたんだ。詠唱することなく、発動していた」

 炎系の魔法を暴発したのかと思ったら、そうではないらしい。打ち返していなければ、大打撃を受けていたのは我が国ということだ。

 ただ、大きく炎が広がるイメージは、魔法として発動したのだろう。いくつあったのかわからないが、油樽の着弾だけで敵兵のほぼ全滅は考えにくい。ハンスクロークの魔力の多さを考えれば、油樽でついた炎を増幅するくらいならできるかもしれない。


「でも、それで、ほとんどの敵兵を倒したんで、平和協定を結ぶことになったんです。いまだに、隣国からは、恐れられているんですから」

「それは言いすぎだろ。俺は、国を救おうとか、そういう気はなかったんだ」

「でも、それが、戦争を終わらせたことも事実です」

「よく言いすぎだ」


 ビルは小さく息を吐くと、マリーベルに向き直った。

「そんなわけで、副隊長は魔法を使えません。ぼくたち、副隊長付きのメンバーは、そんなこと気にしていませんがね」

「俺は、今の状況ではダメだと思っているんだ」


 もう十年以上たっているはずなのに、ハンスクロークの心には大きな傷として残ってしまっている。

「私は、どうしたら?」

 悩みながら聞くと、

「黒猫さんには、知っておいてもらいたかっただけなんです」

と、明るく言うだけだった。

「できることがあったら、協力します」

 マリーベルの言葉に嬉しそうにしたのは、ビルだった。

「やっぱり、黒猫さんに話して、よかったですね! 副隊長!」



 マリーベルは「今度は、食事でも」と二人を見送った後、一人ベッドの上で膝を抱えた。黒猫の抱き枕をぎゅっと抱き締める。聞いてしまったことが、マリーベルに重くのし掛かっていた。

 国の英雄が、魔法を使えないなんて、衝撃の事実。


 ビルは育ての親と言っていたし、ハンスクロークが軍部にいた理由は、魔法使いだからだろう。マリーベルが師匠に預けられたのと同じ理由だ。

 魔力のない親には、魔法使いの幼い頃の魔法の暴発は、手に負えない恐ろしいものに感じるらしい。

 魔力があれば防御もできるが、それも出来ない。自分も同じことを経験していれば理解も出来るが、魔法使いの感覚はわからない。ただただ恐ろしくて、我が子であっても手放すしかない。


 マリーベルの中にもある寂しさが、ハンスクロークにもあるのだろうかと、冷たくも見えてしまう青い瞳を思い出した。


(話してくれたということは、頼ってくれたということだろうか? 私にできることは、あるのだろうか?)

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