第11話 指輪の送り主

 難しい顔をした紳士が、手のひらの中のものをテーブルに置いた。カツンという音に視線を向けると、紳士の手には手袋がはまっている。

「この指輪に見覚えが、ありますよね?」

 緑色の石がついた指輪。エリアナに頼まれて、探し出したものだ。


 窓から入った冷たい風が、夕暮れを伝えている。

 マリーベルの事務所に、ピリリとした緊張が走った。


「お答えできません」


 依頼で知り得たことは、漏らさない。

 依頼人が話すことを許可してくれれば別だが、エリアナは秘密にしてほしい旨の話をしていた。


「その答えが、知っていると言っているようなものなのですけどね。まぁ、あなたは、口が固いのでしたね」


 警ら隊の制服をビシッと着こなしているので、どこかでマリーベルの噂を聞いたのかもしれない。少なくともハンスクロークには要注意人物として、認識されているようだから。


「私はアルバードと申します。エリアナの夫ですが、この指輪から、知らない魔力が検出されましてね。エリアナに問い詰めたところ、落としてしまって、あなたに探して貰ったというじゃないですか」

 一呼吸おいて、しっかりとマリーベルの瞳を見た。 

「どこで見つけたか、教えてもらえますか?」


 事務所にやってきたときから、礼儀正しく真面目そうなこの男性が、エリアナの夫であの指輪を渡した人物らしい。エリアナとは10歳以上年が離れていそうな、大人な男性だった。

 目撃してしまったエリアナの浮気現場の光景が、ぐるぐると頭のなかを巡る。


 もちろん、守秘義務は絶対だ。

 それでも、アルバードの心配を他所に、若い男と抱き合っていたエリアナにいい感情はない。


(困ったわ……)


 話すことはできないのに、アルバードが探るような目付きでマリーベルを見てくる。しばらく無言で、見つめ合う形になってしまった。


「ふふ。あなたを困らせるつもりは、なかったんですけどね。たしか、警ら隊の仕事には協力してくれましたよね。ハンスクローク副隊長が、直々に飲み屋まで赴いたと聞いたので、驚いたのですが」


 あれは、驚くようなことだったのかと、今更ながらに思う。副隊長と呼ばれているだけあって偉い人なのだろうし、普通は直接足を運ばないのかもしれない。


 それなら、なぜ? 部下に任せておけばいいのではないか?

 ビルは、有能そうだったのだし……。

 マリーベルが、それほど警戒されている??


「捜査協力を依頼されましたので」


 飲み屋のことは、アンナに話す許可をもらっているので、なんの問題もない。だから、協力したのだ。


「依頼ですか……。もしかして、……私からの依頼は受けてもらえますか?」

「アルバードさんの個人的な依頼ですか?」

「そういうことです」

 しっかりと頷いたアルバードの目は、心を決めたように澄んでいる。

 

 新しい依頼となれば、問題ない。もちろん過去のことは伝えないが、これから調査することについては、全てお話しすることができる。


「もちろんです。困ったときは、お互い様ですから」

 安心させるように笑ったマリーベルに、アルバードは目を奪われたようだった。

「それならよかった。依頼内容など、細かいことを話してもいいですか?」


 アルバードからは、エリアナの行動調査を二日間依頼された。今日帰ったら、エリアナに二~三日、仕事で帰りが遅くなると伝えるそうだ。実際に、追っていた犯人を捕まえたばかりで忙しいらしい。

 アルバードの様子から、まずは二日間という雰囲気が伝わってきた。その間にエリアナが動かなければ、調査の日程を延長するのだろう。

 彼は、エリアナの浮気を確信しているのかもしれない。


「それでは、よろしくお願いします」

 事務所にやって来たときより、穏やかな顔で頭を下げた。

「承りました。誠意をもって、対応させて頂きます」


「マリーベルさんと、お話しすることができて、よかったです。気持ちが落ち着きました」


 アルバードを見送ろうと席を立つと、事務所のドアをノックする音が聞こえた。


 次の客だろうか?


「失礼する!」

 返事をする間もなく開けられた扉の向こうには、ハンスクロークが立っていた。


 ハンスクロークが、アルバードを視界にとらえる。眉頭に皺を寄せた。

「何故、お前がここにいる? マリーベルの聴取には納得していただろう?」

 刺々しいハンスクロークに、アルバードは年上の余裕を見せる。

「それとは、別件ですよ。では、私はこれで」

 アルバードは席を立ち、扉に向かった。睨み付けているハンスクロークとすれ違うときに、「ふっ」と笑う。


「マリーベルさん。それでは、よろしくお願いします。あなたのように、優しくて誠実な女性と知り合えて、よかったです」

 そういうと、事務所から出ていった。

 もちろん、ハンスクロークにも聞こえただろう。眉根を近づけて、不機嫌な顔をしている。


「マリー、その……。あいつとは、話すな」


 そんなこと言われても、マリーベルにとっては仕事なのだ。依頼料で生活している、探偵なのだから。


「仕事ですので」


 辛そうな顔で、足元を見ているハンスクロークに、ちょっとはっきり言いすぎたかもしれないと思い始める。

 でも、依頼を受けて報酬を受け取らなければ、生活できなくなってしまう。事務所の存続だってできない。黒猫魔法探偵事務所は、マリーベルにとって大切な事務所なのだから。


「ちょっと、出掛けないか?」


 沈黙を打ち破ったのは、ハンスクロークだった。

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