第4話 守秘義務
大きく揺れたことで、警ら隊本部についたことを知った。ハンスクロークは、マリーベル入りの籠を抱えたまま、てきぱきと指示を出し始める。
「二人とも独房に入れておけ。身元だけは、今晩中に調べておけよ。取引していた
指示にしたがって動き始めた警ら隊隊員らの、ハンスクロークへの信頼が透けて見える。
(きっと、仕事はできるのでしょうね。冷酷無情と言われているくらいだから)
輸送中も騒いでいた男が、数人がかりで下ろされている。「畜生!!」と、わめく声が遠くなっていくと、ハンスクロークのところに隊員が駆けつけてきた。
「副隊長! うちから数人貸し出して、8班中心に進めてもらえばいいですよね?」
「そうだな。確か、班長が帰ってくるのは二日後か? 仕方ない、二日間だけ応援を出してやれ」
「承知しました」
仕事の話が終わったとたんに、気安い雰囲気に変わる。
「ところで、副隊長は、何を大事そうに抱えているんですか~?」
隙間から覗き込む、くりっとした緑色の
ハンスクロークの右腕の男だ。
「も、もしかして!!!」
カバッとハンスクロークを見て、もう一度マリーベルを覗き込む。
「ま、まさか!! どうしたんですか? 副隊長??」
「あの場にいたんだ」
「それで、捕まえたんですか?? たしか、魔法使おうとしていましたよね??」
「今日もダメだったな」
「いや、いや、それよりも気になるのは、こっちです!! えっと、副隊長は、これから尋問ってことですか??」
「そういったところかな」
(尋問?? ただの猫ではないって、もしかして、気づかれているのかしら!!?)
「うわ~」と、大袈裟に仰け反ったかと思うと、マリーベルを覗き込んで、「黒猫さん、かわいそ~」と、楽しそうに笑った。
(言葉と、表情が合っていないのだけれど……。ますます、不安になるわ)
「ビル、近くに控えておいてくれ」
跳ねるように返事をしたビルという男に、助けてくれと視線を送るが、満面の笑みで手を振られてしまった。
ハンスクロークの私室と思われる部屋は、無駄なものがなく、綺麗に整頓されていた。
真ん中にあるテーブルに、籠のまま置かれる。
ハンスクロークはソファーに座ると帽子を脱ぎ、マリーベルが入れられた籠の隣に置く。髪を掻きあげると、シャツのボタンを引っ張るようにはずした。
無駄に色っぽいハンスクロークを、マリーベルは目を細めて見上げていた。
「ふう」と一息つくと、マリーベルの方をしっかりと見る。
「さて、黒猫魔法探偵事務所、所長であるマリーベル。どうしてあそこにいたのか、教えてくれるかな?」
空気がピリっと引き締まった。
(バレてるじゃない……)
「んにゃ~(違うよ~)」
一瞬、目尻を下げたと思ったのだが、すぐにピリッとした空気に戻る。
「可愛く鳴いてもダメだ。マリーベルの得意な魔法は、黒猫になる変身魔法。今は、容疑者ではないんだ。大人しくしておいた方がいいと思うぞ」
流れるような手付きで、籠を縛っていた紐を解いていく。
(出してくれるのは、有り難い。そろそろ魔力がヤバそうだったのよ)
今日は黒猫になっている時間が長すぎる。
籠から抱き上げられると、膝にのせて、飼い猫にでも接するかのように、背中を撫で始めた。
「耳の先は白いと思っていたのだが、亜麻色なんだな。髪と一緒だ。瞳の色は変わらないのだな」
脇の下に手を入れられて、真正面で向き合うように瞳を覗き込まれる。片方の口角だけを上げて、ニヤリと笑った。
(相当な猫好きかしら??)
とにかく、魔力が持たない。気を失うわけにはいかないのだから。
ジタバタと暴れて体を捻る。「こら、逃げるな!」と言われながら、なんとか床に降りる。
(もう限界………!!)
黒く小さかった体は大きくなっていき、サラサラの亜麻色の髪がこぼれ落ちる。小柄だが女性らしい体つきの、可愛らしい娘に変わっていた。
ポンチョや巻きスカートは脱いでしまったため、変身用のスーツを着ているのみだ。
体に密着して、体型が露になっている。胸の膨らみを腕で抱くように隠して、恨めしそうにハンスクロークを見上げた。
目があった途端、急いで視線を逸らせると、真っ赤な顔で「すまない」と呟く。自分の制服からマントを取り外し、肩にそっとかけてくれた。
うっすらと暖かみの残るマントを体に巻き付けると、魔力切れの体が悲鳴を上げている。
「顔色が悪いか?」
「魔力切れです」
「魔力の少ない方では、なかったはずだが」
(そこまで調べられているなんて、私って、要注意人物なのかしら??)
近づいてくるハンスクロークに、体を固くする。
「昼間にも、仕事があったものですから」
「あぁ、商店街の外れにいたな」
(急いで逃げたけれど、バレていたらしい……)
あのときビルが、女の子に触らないように注意したのは、黒猫が魔法使いの変身した姿だとわかっていたから。幼い子が痛い思いをしないようにって、心遣いだったのだ。
「あっ!」
迷いのない動きで抱き上げられて、ソファーに優しく下ろされた。
マント越しとはいえ、触れられたことに、かなり驚いてしまった。魔法使いは、反発を恐れて人との距離をあける。こんなふうに、近づかない。
はじめて抱き上げられた感覚に、ドキドキと心臓がうるさい。
(こんな気持ちになるのなら、自分で動けばよかった。いやいや、そんな時間もなかったわ)
マリーベルがそんなことを思っている間に、ハンスクロークは、扉を少しだけ開いた。
「ビル!! マリーベルの服を探してきてくれ。それから、取り調べの状況を聞いてきてくれ」
部屋の外に控えていたビルの、返事が聞こえた。
警戒したままのマリーベルをよそに、薬缶を魔道具にかけ、無言のままお茶をいれている。
「悪いな。普通の紅茶だ」
お茶を出してくれるだけでもありがたいのに、何を謝ったのだろう。魔力切れに効くお茶もあるが、たいへん高価なものだ。
(まさか、その高価なお茶ではないことを……。体調を気づかってくれている??
まさか、ね……)
隣に腰かけたハンスクロークは、ぐったりと背もたれに寄りかかったマリーベルにお茶を手渡して、飲めるように手助けしてくれた。
要注意人物の割には、優しくしてくれる。「熱いから、気を付けろ」という声が優しくて、驚いてしまった。
「少しは、落ち着いたか?」
マリーベルが小さく頷くと、ハンスクロークの表情が引き締まった。
「では、答えてもらおう。マリーベル。何故、あの場にいた?」
空気がビリビリと震えるほどの威圧感に、体を竦める。
「それは、・・・
・・・・お答えできません」
聞かれた通りに答えそうになり、慌てて腹にグッと力を入れた。
鋭い視線に顔を背け、身を固くする。
「話した方がいいぞ。その説明次第では投獄もあり得るが、逆に問題ないと判断されれば、今日中に帰してやれる」
「お答えできません」
「チッ!!」
即答したマリーベルに、大きな舌打ちが襲う。
マリーベルは、ヘクターを尾行していただけ。素直に話してしまえば、この状況から解放されるだろう。しかし、話す気はなかった。守秘義務だ。依頼を受けたことに関しては、外に漏らさないと約束している。
魔法探偵という仕事に、誇りをもっている。マリーベルができることはなにかと、師匠と共に考えて選んだ仕事だ。その際、事務所名を決めて、看板をプレゼントしてくれたのも師匠である。
「どういう状況か、わかっているのか??」
ハンスクロークの低い声も、腹を決めてしまえば怖くなかった。
万が一のときには、隙を見て逃げ出そう。看板だけ持ち出して、他の場所で事務所を開けばいい。他領や他国までは追いかけてこないはず。
そんなことを考えていたら、少しずつ落ち着いてきた。
「マリーベル。俺はだな」
ハンスクロークは、マリーベルの方に向き直った。隣に座った状態で、距離を詰めてくる。
魔法使いが不用意に触れることはないので、これ以上近づいてくることはないはず。しかし、魔法使いとして人には近付きすぎないようにしているマリーベルは、ハンスクロークの距離感は、非常に居心地が悪い。
意識して見ないようにしていたのだが、目だけ動かしてハンスクロークの位置を確認する。思いの外近くて、少し身を引いた。整った顔を曇らせて、まっすぐに見つめる青い瞳に釘付けになる。
(怖い……??のかな?)
「お前が・・・」
コン、コン、コン。
「副隊長~。黒猫さんの服、見つかりましたよ~」
緊張感のないビルの声に、席を立つハンスクローク。マリーベルは、早鐘のように打つ胸に手を当てて、深呼吸を繰り返した。
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