第3話 遺失物捜索
昼間の事だ。
マリーベルは黒猫の姿で、商店街の端にいた。
事務所への依頼は、遺失物捜索。旦那様からもらった大切な指輪を、無くしてしまったらしい。
依頼人の名前はエリアナ。つり目気味の青い瞳が綺麗な、美人だった。エリアナの話では、買い物に来たときに、指輪を落としてしまったのだという。
買い物中、指輪を外すことなどあるのかと、疑問に思ったものの、そこは口をつぐんだ。
元の姿で、無くしたはずの場所を捜索したのだが、見つけられなかったので、黒猫の姿で出直してきたのだ。
(確かに、この辺には、よく来るのだろう)
エリアナのつけていた、香水の匂いが強く残っていた。指輪を無くしたのは数日前だと言っていたが、今日もこの辺を通ったのかもしれない。
香水の匂いを辿っていると、何かにぶつかりそうになって慌てて止まる。
顔を上げると目の前には、小さな女の子がしゃがんでいた。
「わぁ~。ねこさん、ポシェットしてる~」
手を伸ばしてくる女の子から逃れようと、後ずさる。こんな小さな子が万が一触れてしまって魔力が反発したら、痛みと驚きで泣いてしまうかもしれない。一旦逃げようと振り返ると、警ら隊の制服が目に入った。
「お嬢ちゃん。いきなり触ったら、ねこさんが、ビックリしちゃうよ」
優しげな声が聞こえる。
顔を上げると、柔らかそうな金髪に、斜めに載せられた警ら隊の帽子。緑の瞳の、見覚えのある柔和な表情。胸元のボタンを2つ開けて、少しだらしない印象だが、それが絵になってしまっている男。常に警ら隊副隊長と一緒にいるから、右腕なのだろうか。
まさかと思って、右腕らしき隊員の後方を見ると、馬上からハンスクロークが見下ろしている。険しい顔でこちらを睨み付けていた。
(おわっ!! 恐ろしい! 目をつけられたら、不味いわ)
「んにゃ」
猫だと思われているうちに急いで走り去ろうと、少女のすぐ横、ギリギリ手の届かない位置を走り抜ける。急に止まっては怪しまれると、しばらく走っているうちに、商店街を抜けてしまった。
(慌てて走ってきちゃったけど、匂いを見失わなくて、よかった)
香水の匂いが、商店街を出ても繋がっているのを確認し、慎重に歩を進める。
背の高い草の根元から、香水の匂いが染み付いた指輪を発見するまで、そう時間はかからなかった。緑色の石がはまり、依頼人から聞いた特徴と一致している。
(誰かの家の前だけど……。エリアナさんの自宅は、全然違う方向だったはず)
首をかしげながらも指輪を持ち帰ろうとしていると、急に家のドアが開いた。
文字通り飛び上がって、近くの藪のなかに頭から突っ込み隠れると、仲睦まじそうな男女が出てくる。
しばしの別れを惜しんでいるようだ。
猫の嗅覚になっているマリーベルには、後ろ姿でもその女性が、エリアナだということがわかってしまった。
抱き合って名残惜しそうに口づけする二人を横目に見ながら、マリーベルの気分はどんどん沈んでいった。
(探している指輪は、旦那様からもらった大切な指輪だって、涙まで浮かべていたのよね。心配をかけたくないからって、出張から帰ってくるまでに探して欲しいって、懇願していたのに)
マリーベルに見られているとは気がついていないエリアナは、濃厚なキスの後、指を絡ませて、すぐに会う約束を取り付けると、何度も何度も振り返ってから帰っていった。
「くっくくっ」
軽薄そうな笑い声を上げて家に戻る浮気相手は、明るい茶髪の若そうな男。エリアナの香水に混ざって、絵の具のにおいがした。
マリーベルは、その背中を睨み付ける。行き場のわからない怒りで、胃がムカムカした。
石でも飲み込んだかと思うような気分で、重たい体を引きずって、藪から抜けだす。草むらに前足を突っ込んで、爪で引っ掻けたり、両前足で挟み込んだりして指輪をポシェットにしまうと、トボトボと事務所兼自宅に帰っていった。
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