第2話 壁と一体に
「恒久のときを巡る 希望と安穏よ
・・・・・・・・・・・・」
壁際に隠れて、小さく丸くなる。目をつぶって、体を固くする。
見つからないように身を潜めていたのだが、いつまでたっても魔法詠唱の続きが聞こえてこない。魔力の放出もないようだ。
「捕らえよ!!」
詠唱していた声よりも、若干高い声が命じると、潜んでいた警ら隊が、男達を取り囲んだ。
(よかった。私には、気がついていないみたい)
暗闇に黒猫。無駄に動き回らなければ、この場を乗りきれる。そう思い、目をぎゅっと瞑り、ますます体を小さくして、時が過ぎるのを、じっと待つ。
「うわ!!! なんで、バレたんだ!!?」
「煩い!! 静かにしろ!!」
「やめろ!! 俺は、何もしていない!!」
「受け渡しを、目視したんだ! 言い逃れはできないぞ!!」
「これからってときに!!」
マリーベルが尾行していたへクターは、すでに連行され、もう一人の男の方が、大騒ぎして暴れまわっている。警ら隊が3人がかりで取り囲み、引きずって連れていこうとしていた。
(あぁ、なんてこと。アンナさんに、何て報告すればいいのかしら)
浮気ではなかったけれど、犯罪者として捕らえられてしまった。アンナのことを思えば、いいことではない。
仕事として受けた以上、報告はしなければならないが、何て言ったらいいのか気が進まない。
浮気かもと疑いながらも、『彼の寂しさを理解してあげられなかった私も悪い』などと、常にへクターのことを気遣っていたアンナの顔が、頭に浮かぶ。
今後のことに頭を悩ませていると、マリーベルのすぐ近くに誰かが立ち止まった。
その気配にビクッと跳ね上がるが、もう一度体を固くして、見つからないように願う。
(気づかないで。気づかないで。気づかないで)
暗闇に紛れて壁と一体となったはずのマリーベルに、衝撃が走った。
「・・・・・!!」
首元と腰をガシッと強く捕まれ、地面に押し付けられる。
(ん~!!! 動けない!!
お願い!! 気がつかないで!! ただの猫よ!!)
その願いは届かなかったらしい。
「箱か籠か、蓋のできるものをとってきてくれ。たしか、馬車に、書類をいれるための籠が入っていただろ? 中身を出して、すぐに持ってきてくれ」
(あぁ~!!! バレてるわ~。終わった・・かも・・)
動こうとすると、押さえ込まれる。首が絞まりそうになったので、仕方なく大人しくする。
今すぐに、命を取られるような状況では、ないはずだ。犯罪者の仲間だと疑われているにしても、弁解の余地はあるはず。
暴れるほど、心証が悪くなる可能性も。
籠が届けられた。入れられそうになったときに、押さえつける力が弱まるのでは思ったのだが、淡い期待だった。暗闇で黒猫に気づくような警ら隊隊員に隙などあるわけもなく、籠のなかに閉じ込められてしまった。
「何故、ここにいるんだ??」
グラリと揺れて、籠が待ち上げられる。隙間から覗き込んでいる青い瞳に、マリーベルは見覚えがあった。
(あぁ、何てこと!! 警ら隊副隊長の、ハンスクロークだわ)
涼やかな目元に、鼻筋が通った綺麗な顔立ち。明るい茶髪を短めに整え、背が高く筋肉質なのも相まって、男らしい色気が漂っている。
町でも黄色い声を上げて熱い視線を送っている女性を、
彼は、見目麗しいだけではなく、先の戦争を終わらせた、英雄だ。
マリーベルの小さい頃の話だが、まだ青年という歳に、敵兵500人を殺したのだと。
とんでもない人数に疑う気持ちがないわけではないが、英雄であることには変わりない。
それよりも、影で聞こえてくる噂の方が心配だった。
冷酷無情のハンスクローク。
敵兵とはいえ500人も殺せるなんて、人としての心がない。ハンスクロークに疑われれば、無実だろうと必ず罰せられる。人としての温かさの欠片もない。
など、悪い噂も様々だ。
心臓がバクバクして、血の気が引く。
ハンスクロークの歩調に会わせて上下する籠の中で、伏せて項垂れていた。
「よし、戻るぞ」
大暴れしていた男も、馬に繋がれた檻に収容されたようだ。籠を抱えたハンスクロークは、御者の隣に乗り込んだ。
(この男とは、よく会うのよね。
腐れ縁なのか、それとも疑われているのか・・・)
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