第8話 ベイクドチーズケーキ 王都
早朝再び王都へと向かう。
陽の光が湖畔に反射してきらきらと輝いている。
見ていて何か和む景色だ。また何の変哲もない草原の景色がこれからも続くのかと思っていたが、予想はとは違っていた。
広大な麦畑が一面に広がっていた。
畑がこうしてあるということは、近くに人が住んでいるということであろう。
この世界に来て隊長さんや兵士さんたち以外の人に会ったことはない。どんな人がいるのかと言う興味が湧いてくる。しかし、ただ麦畑が広がるだけで、人の姿は見ることはなかった。ようやく小さな集落の近くを通りかかった時に人の姿を見ることが出来た。特別変わった……魔物でもあるまし、同じ人間であるのだから当たり前である。なんか少しほっとした。
ただ時間が流れていく。吹き抜ける風のように私の前を通り過ぎていく。
大学を卒業して医者となり、想像していた環境よりも過酷な状況で日々時間を過ごしていた。時間が時間でない感覚に陥りながら、自分の家に寝るだけの帰宅と言う生活を送っていた私にはこの今の時間の流れがとても贅沢に感じる。
こんなことをしていていいんだろうか。でも今は、この時間の流れに身を任せるしかないんだろう。それでも何か幸せな気持ちになれる。
王都への道の理はまだまだ遠いものだと思っていたが、気が付けばもうじき王都の領地に入るようだ。
「サヤ、も次期第一城壁の門が見える。そうすればもう王都の領地だ」
ブリスが私に教えてくれた。
王都、いったいどういうところなんだろうか。不安と期待は高鳴る。
昨夜の野営は山の中だった、標高が高いせいかもしれないがこの地では夏であるのにかなり寒かった。あの味気のない干し肉のスープが身に染みてありがたかった。あの山の中には獣や、
山を下り、平地になると今度はまた陽の光がさんさんと照りだしてくる。もちろん気温も高く湿度も草原よりも高く感じる。つまりは蒸し暑いということだ。
この気温差は結構体に来る。
それよりももう体がべとべとでお風呂、シャワーでもいい入りたい。
王都に付いたら何とか体を洗えるようにしてもらいたい。あとで隊長さんにお願いしてみよう。
これくらいの我儘は聞いてくれるんじゃないだろうか。
確か隊長さんは私を王都に丁重にお連れするようにと手紙に書いていたと言っていた。ということは、いきなり牢屋行きということはないだろう。……たぶん。と、不安がない訳でもない。
何せ日本とは違う治安であるから。海外に旅行に行ってもその国によって法律が違うのは当たり前。まして違う世界であればどんなことになるのかは予測が付かない。そんなことを考えると気持ちがナーバスになる。
王都の第一城壁の門をいつの間にか過ぎていた。ふと見る兵士さんの顔にも何か安堵の表情がうかがえる。帰ってきたという安心感がそうさせているんだろうけど、私は複雑極まりない。
「サヤ、あの先に見える橋を渡ると王都の城下だ。ようやく帰ってきた」
隊長さんも少し緊張がほころんでいるのかもしれない。あの
「ブリス、私とサヤは先に王宮へ向かう。あとのことは頼む」
「ああ、分かった」
「さぁサヤ、こちらへ」隊長さんは馬を降り、私を先に乗せ再び乗馬した。今度はお姫様だっこではなく私は後ろだ。さすがに王宮に向かうのにお姫様だっこはまずいんだろう。
「しっかり捕まっていろ」そう言うと
レンガ作りの建物の中を馬は軽快に走り抜けていく。あちこちの路地にたくさんの屋台や露店が立ちなんでいるのが見えた。さすが王都人が大勢いる。
真正面に聳え立つ王宮が目に入る。でかい城だ。どこぞのテーマパークのお城なんかおもちゃのようだ。これぞ本当のお城と言うものを目にしたような気がした。
王宮に着くと私はある部屋へと案内された。
「サヤ、私が付き添えるのはここまでだ」そう言って隊長さんと別れた。
嘘! 隊長さんずっと私のところにいてくれるんじゃないの? 私一人になるなんて聞いてないけど。不安になりながらも部屋の中を見渡した。
アンティーク調の見るからに高価そうな内装が施された部屋。まぁいきなり牢屋じゃなかったことに安心した。さすがに牢屋だとかなりきついわ。……たぶんそう言うことはないとは思っていたけど。でもとても心細い。
しばらくしてドアがノックされた。
「はい」と返事をするとドアが開き、一人のメイド服を着た体格のいい女性が立っていた。
「サヤ・セイカワ様でよろしいでしょうか。私、これからサヤ様のお世話をいたします侍女長のディアーナと申します。よろしくお願いいたします。
「は、はいサヤ・セイカワです。よろしくお願いいたします」状況を飲み込めずとも返事をしてしまう私である。
「まずはサヤ様には旅の汚れを落としていただきます。お風呂のご準備ができていますのでどうぞ浴場へお越しください。その後はお召し物をご用意致しております。お着替えをしていただきます。それではまずはこちらへ」
「はい」言われるまま案内された浴場で……服を着てお風呂には入れないので脱がねばならない。……だが、異様な複数の視線がとても気になるんだが。
一枚そして一枚と、脱ぎ行くごとに視線の威力は増してくるような気がする。
私一人よね。とは言いたいが広く大きなお風呂だ。まるでスパの大浴場のようだということはだれかほかの人がいてもおかしくは無いんだが背筋がゾクっとする。
もしかしてここって混浴?
それがこの世界では普通なのか!
いやいやちょっと待て。
きょろきょろとあたりを見渡すが、誰もいない。
お風呂の湯気が私を呼んでいる。念願のお風呂が目の前にあるのに、だが、だからこそ、私はお風呂に入るのだ。裸になり浴室に向かう……と、後ろから羽交い絞めされた。
「うふふふ。逃がしませんわよ」数人の侍女が私のからだをがっしりと拘束したのだ。
「何! どうしたの?」
「驚かせてすみません私達はサヤ様専属の侍女です。これからサヤ様を磨き上げます」
「磨くって」私は靴か!
「うふふ、さぁ行きますわよ!」
「あっ、そこ……いい。もっと強く……ああ、ん。うっ」
「サヤ様ここですか。もう少し強く行きますよ」
「ううううん。きくぅ――――!」
垢すりで全身を磨き上げられ、オイルを体中に塗られマッサージを受けた。いろんなハーブの香りがするオイル。癒されるぅ。こんなフルエステなんか受けたことない。バキバキだったからだがほぐされていく。と、ここまではよかったんだが、これから地獄が待っていた。
「うぐぐぐぐぐぐぐっ! き、きついきつい」
「まだですよ、もうひと縛り、それでは行きますよ」
ぐぅああああああああ!
締め上げられるコルセットに悲鳴を上げていた。
腸が、おなかがちぎれる。こんなにきついものなのかコルセットって。
苦ありて光あり。鏡に映る自分が疑問視されるような自分であることに焦る。
「ふぅ、これで何とかカタチになりました。大神官様をお呼びいたしますのでお待ちください」
大神官? 偉い人なんだろうな。さて、これから私はどうなるんだろうか。ここまで着飾って牢屋はないだろう(まだこだわっている)。
しばらく待っていると急にばたんとドアが開かれた。
「いやぁ、大変お待たせいたしました。いやいや私目が大変待っていましたよ。……聖女様」
白いローブを羽織る隊長さんよりも少し? かもしれないけど年上のように見える男の人? だと思うけど。でもなんかテンションが異常に高い人だ。
「もう本当にお美しい。さすがは聖女様」そのままの流れで彼は片膝をつき、私の肩手を取り「エスタニア王国神官を務めさせていただいております、マーレン・オルト・ガースと申します。サヤ・セイカワ様いいえ我が王国の救世主となられる。聖女様」
ええっといったいこれは……どういうことなんだろう。それにさっきから私の事を聖女様と言っているけど、私聖女でもなんでもないんだけど。正直無宗教……。もしかして神の使いなんて私の事誤解していませんか?
「あ、あのぉ、状況が飲み込めていないんですけど。その聖女様って何ですか?」
「おおこれは、これから私がご説明いたします。まずはそちらにおかけくださいお茶のご用意をさせていただきますおくつろぎください」
くつろげって言ったって、このきついコルセットしてんだから常時かなり苦しんですけど……まぁ、そこは我慢しなければいけないようだ。
運ばれてきた紅茶とあれは漫画なんかでよく見るええっとなんて言ったかな。……そうだアフタヌーンティースタンドていうやつだ。本当にこうして使っているところなんか始めて見ましたよ。
スタンドにはサンドイッチにおお、これはまさしくお菓子である。ケーキ、スイーツが鎮座している。いい、このケーキを早く食べたい。この世界にも日本と同じ様なお菓子があるんだ。ケーキだ、何種類かある何を始めに食べようか……。食べてもいいんだよね。
「……という訳なんです。はて、お聞きいただいておりましたでしょうか?」
「へっ?」いけないケーキに気を取られて話を聞いていなかった。ここは軽く合わせるように返事をしておいた。
そこから、あのマーレン、大神官様の話は永遠と続いた。まるで大学の講義を聞いているかのようであった。その間ケーキはお預けであると言うのは言うまでもない。
私は神ルナケイアの神力によってこの世界に召喚された。
何故、私であるのかは分からない。何が源で私はこの国に来たのか、この国の行く末を私が握っていると言うのは本当のことなのか……そんなことをいきなり言われても、この私が、そんな力などはない。……あるわけがない。
笑いたいくらい無茶苦茶なことを私一人に押し付けている。そうだこれは夢であるんだ、そう思わなければ……やってはいけない。
そして、私はもう元の世界には戻ることは出来ないようだ……。
スイーツ大好き新米外科女医は異世界に召喚されて聖女となる さかき原枝都は(さかきはらえつは) @etukonyan
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