第7話 野生桃のコンポート 帰路と岐路 ACT2

第7話 野生桃のコンポート 帰路と岐路 ACT2


 私は小動物だ。小動物……そうだリスだ。

 両手にナッツをもってカリカリと無邪気に一心不乱に食べているリスだ。そう思わなければ私のこのかそぼい心臓は持たない。こう言うシュチエーションには免疫が少ないのだ。

 

 後方から軽やかなひずめの音がする。

 「最後尾異常なし」

 「分かった」

 ブリスが最後尾の様子を報告に来たのだ。しかし何という回復力であろうか。もうすでに馬に乗りこの大隊をまとめている。あれだけの傷と出血。通常であればまだ生死の境をさまよっていても不思議ではないのに。

 

 「サヤ、特等席の乗り心地はどうだい?」

 「へっ! と、特等席って……」

 「最高の特等席じゃねぇか。なぁルノアール」

 「疲れてはいないかサヤ」

 「だ、大丈夫です」でも別な意味で大丈夫じゃない。

 「しかしサヤの居場所はそこが一番お似合いだ。あはははは」

 う、うるさい私はそれどころじゃないのに!

 顔が熱い。

 ふと見上げる隊長さんの顔もほのかに赤いような?

 「ガハハハッ」

 豪快に笑うブリス。もういじわるなんだからぁ。

 

 どれだけ移動したんだろうか。車ならかなりの距離を移動出来ている時間が過ぎている。しかし馬の速度では移動した距離は思いのほか伸びてはいないだろう。目に入る景色はずっとのどかな草原ばかりが続き、変化が乏しい。ただどこまでも続く草原の中を人の歩く速度よりも少し早い程度の速度で進んでいく。そして私はずっと隊長さんに抱きかかえられたままだ。正直腰がきつくなってきている。

 「大丈夫か」と隊長さんの気遣う言葉に「大丈夫です」と素直に答えることに間をもたらせたくなるような状態まで来ている。それを感じ取ったのか「もう少ししたら休憩をとる。それまで」

 それまで我慢しろと……するしかないみたいです。

 

 しばらくして隊長さんは馬の足を止め「ここで休憩をとる」と声を発した。

 さんさんと照りつく太陽の陽の光。ああ、日焼けが気になるけどどうにも対処のしようがない。日焼け止め持っていれば使っていたけど、真冬に日焼け止めなんか常備持ってなんかいなかったし。もうあきらめよう。

 ようやく地面に降り立つことが出来、思いっきり背伸びをした。「んっ」隊長さんにだっこされていたけど、思いのほか大変だ。体がバキバキになっている。

 こんなに疲れているのは私だけ? 隊長さんも、兵士さんたちもまだ余裕ありそうな感じだ。

 「王都まではどれだけかかるんですか」

 「明後日の昼頃には到着出来るだろう」

 隊長さんは平然として言う。明後日……まだ道の理は遠い。

 

 あらためてあたりを見渡すが、ただ草原が広がるだけの大地。この大地がずっと続いている。道も舗装道路……せめて、慣らされていればいいんだが、あまり通りを使う人はいないような感じの道だ。

 しばらくして「出発する」と隊長さんの声と共に大隊はまた動き出した。今度は隊長さんの特等席ではなく私は馬車に乗車させてもらった。ああ、正直こっちの方がのびのび出来る。……隊長さんには悪いけど。

 馬車の揺れが心地いい。

 この揺れに身を任せ、私はいつしか眠っていたようだ。馬車の動きが止まると共に目覚めた。

 馬車を降りると、大きな湖が目に入ってきた。

 まるで海のようだ。景色も変わっている私はどれだけ寝ていたんだろうか。

 「起きたかサヤ。よく眠っていたようだ」

 ……すみません、私だけ。

 「今夜はここで野営する。まもなくテントが立つだろう、そこで休んでいるといい」

 

 すでに日が傾き始めていた。それにしても大きな湖だ。まるで琵琶湖のような感じがすると言いたいが実際琵琶湖をこの目で見たことはないのだ。

 湖を眺めていると隊長さんが横に立ち「どうしたそんなに珍しいものなのか」と訊ねてきた。

 「こんなに大きな湖は私初めてです」

 「そうか。私の生まれ育ったところはこれよりも大きな湖がある。そんなに珍しいのなら一度見せてみたいものだ」

 これは何を意味しているんだろうか? ……ちょっと、ちょっとだけドキッとした。隊長さんの産まれ育ったところ。つまりは実家と言う事なんだろうけど。まだ早いんじゃないかなぁ。私達知りあってからそんなにたっていないじゃない。

 ん、私は何を考えているんだろう。

 

 「…………わ、私給仕を手伝ってきます」赤く火照った顔を悟られまいとして慌てて隊長さんから離れた。

 夕食の準備をしている兵士さんに「手伝わせてください」と進言すると。

 「助かるよ」と喜ばれた。

 大きな鉄板にいつものパンが焼かれている。このパン意外とやわらかいのだ。ちゃんと発酵種を使っているのが分かる。こうした野営キャンプでもやわらかく温かいパンが食べられるということには少し驚いている。とはいうものの、食パンのような感じでもなくカンパーニュのような田舎パン風でもない。

 しいて言えば、ナンを織り込んで焼いているかのような感じだ。

 パンの作り方を兵士さんから教わった。

 このパンは【騎士パン】と呼ばれている。遠征などに赴いたときに野営地で簡単にしかも美味しく食べられるように工夫がされているようだ。

 

 小麦粉とトウモロコシの粉、塩、砂糖を混ぜ合わせ、事前に小麦粉を発酵させて用意している発酵種を混ぜ合わせ練り込んでいく。発酵種は小麦粉を発酵させて作るサワードゥと言うものだ。生地をナンのように伸ばし片面にオリーブオイルを塗り折りたたんで鉄板の上で焼き上げる。

 いたってシンプルな作り方だが、もっちりとした食感と軽い酸味に甘い香りがペロリと男の人のこぶし二つほどの大きさのパンを完食させてしまう。食べた後の腹持ちもいい。これは主食として十分に成り立つ。小麦粉も製粉された白い小麦ではなく全粒紛だ、ミネラルも豊富である。

 あとは干し肉と根菜のスープだ。まぁこれは、少々味が薄くて正直いまいちのような感じがするがそこはこういうものだということで折り合いを付けている。

 

 もうじきスープも出来ようとする頃「おーい」と湖の方からブリスと数人の兵士さんが何かを担いでやってきた。

 「ガハハハッ。これ見ろよ! 大量だぜ」担いでいたのは網。その中には大きな魚が入っていた。これは鮭? のような魚だが正式な名前は分からない。そしてまた数人の兵士さんが戻ってきた。カゴにはまたしても桃がたくさん入っていた。この人達は桃を見つける達人なんだろうか?

 「なぁサヤ、また作ってくれないか」

 あれとはコンポートのことだろう。よっぽど気に入ってくれたようだ。もしかしてそのためにこの桃を探し当ててきたなんて……嘘だろう?

 リクエストされては、作らない訳にはいかない。ここからは私が奮闘した。

 魚はさばいて切り身にし、塩をまぶして塩焼きにした。鮭のようなピンク色をした身からは程よく油が滴ってくる。

 桃はまた産毛をしっかりと取り、二つに割って皮ごとシロップに付け煮込みんで完成だ。

 意外と豪華な食事が完成した。野営のキャンプ飯にしては十分であろう。

 

 魚の塩焼き。これにはやっぱり米が欲しい。

 王都には米はあるんだろうか? もしあるのなら、まずはご飯を食べたい。

 日本人の主食であるご飯。離れると恋しくなる。こう言うものなんだろうか。離れてわかるありがたみと言うものは。

 「野営にしては豪華な食事だ」隊長さんも美味しそうに完食してくれた。

 満腹感よりも満足感で満たさた私であった。

 

 「忙しい。忙しいんですよ私は」

 白いローブをたなびかせ大神官マーレンは右へ左へとパタパタと動いていた。

 明日には聖女様がこの王都に到着される。ーー到着しちゃう。

 間に合うんでしょうか。聖女様をお迎えする体制作りは。

 「マーレン。おい、マーレン」

 「なんですか! この忙しいのに私を呼び留めないでください。アレブ」

 「何を一人でばためいているのだ」

 「何をってそりゃ、聖女様をお迎えする準備ですよ。失礼があっては一大事ですからね」

 「それは分かるが、何もお前が一人でそんなに動かなくとも部下と侍女に任せられることは任せた方がうまくいくのではないか」

 

 「あっ、……そ、それもそうですね。ああ、なんか一気に気が抜けてしまいました」

 「それはそうと、国王の方はどうなっている」

 「ああ、国王様ですか。あの方は今目の前にある事案でいっぱいのようです。聖女様のことは私に一任するとのことでしたんで」

 「確かに今の王国の状態は良いものではないということは分かる。だからと言って、マーレンすべてをお前に任せるという投げやりなことは少々納得がいかない気がするのだが」

 「まぁ国王様が悪いわけでは無く、この私がそうさせているんですから、いいじゃないですか」

 マーレンにはある策略があった。

 

 今、国王が聖女の存在を認識し、自ら舵を切れば貴族たちがざわめき出すことは間違いない。そうなれば聖女と言う存在自体が危ぶまれる。まだ実績と言うものもないのに勝手にもちあげられ、挙句の果てには自分たちの肥やしにしようとするのだからそれは阻止したい。だからこそ、聖女のことは表に出さず極秘事項としてしばらくは隠しておきたいのだ。

 

 「それはそうと聖女様の護衛の方はよろしく頼みますよ」

 「それは分かっている。聖女様の身柄も極秘裏に守られるように考えている」

 「よろしく頼みますよアレブ総長」

 「まったくお前が絡めばろくなことがない」

 アレブはまた眉間に皺を寄せながらそう呟いた。


 ◆サワードゥ

 サワードゥ(Sourdough)は、小麦やライ麦の粉と水を混ぜてつくる生地に、乳酸菌と酵母を主体に複数の微生物を共培養させた伝統的なパン種です。サワー種(だね)とも呼ばれます。

サワードゥはサワー(酸味のある風味)が特徴で、その独特の酸味はサワードゥに含まれる乳酸菌が生成する乳酸によるものです。サワードゥに乳酸菌がたくさん含まれる理由は、小麦やライ麦に含まれる糖類(麦芽糖)のおかげです。

サワードゥはパンの膨張剤としてパン酵母(イースト)を純粋培養したものと同様に用いられ、サワードゥで作るパンは、酸味と独特の風味があります。


 ◆騎士パン

 大まかな材料と分量。

 全粒粉150グラム。強力粉100グラム(強力粉はつなぎとして。全粒粉だけでも良い)トウモロコシ粉(コンスターチ)50グラム。水160グラム(状態によって加減する。まぁ生地が耳たぶくらいの固さになればいいくらい……あいまいな(笑い))。オリーブオイル大さじ1(バターでもよい)サワードゥ50から60グラム(ドライイーストでも可……その時は水の量を加減する)塩、砂糖、少々。

 材料を混ぜ合わせ滑らかになり、くっつかなくなるまで練る。

 生地を丸め発酵させる。ガス抜きをした後こぶしくらいに切り分けナンのように生地を伸ばし片面にオリーブオイル(バターももしくはサラダオイル)を塗り二つ折りもしくは三つ折りをでたたむ。

 鉄板もしくはフライパンに軽く油を敷き、ごくごく弱火で蓋をしながら蒸し焼きにしていく。生地が膨らみ片面に焼き色が付いたらひっくり返し同様に焼き入れる。

 両面がこんがり焼けたら出来上がり。

 *失敗しても責任は取りません。……その時はごめんなさい。

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