第5話 野生桃のコンポート 接近
第5話 野生桃のコンポート 接近
ううううう、昨日よりは大分ましだが、 最悪な二日酔いの症状は次の朝まで続いていた。
お酒飲んだわけでもないのに、なんでこんな状態になるの?
「マナが枯渇すればこんな状態になります。私もよく苦しんだものです」
隊長さんがにこやかにさらりとしかもさわやかさも感じられるように言うところが、ものすごく嫌味のように聞こえた。私、こんなに苦しんでいるというのに。
しかし、私が魔法を発したなんて信じがたい。ちょっとお決まりのようにほほをつねってみたが、普通に痛みは感じられた。そんなことをせずとも、この頭痛が夢ではないことを知らしめている。
手をかざし、まじまじと見つめているが何も変わったところはないようだ。試しに「ヒール」と隊長さんの真似をしてみたが何も起こらなかった。魔法で治るのならこの症状も改善でるのではないかと思ったが、考えが甘かったみたいだ。そもそも私があんな魔法なんて言うものを使えるわけがない。
寝ていても気分が落ち込むだけだ。それにもう体がバキバキだ起きよう。
テントを出ると陽の光がまぶしくて目を閉じてしまった。ゆっくりと目を開けると、並び建てられたテントと外で作業する兵士さんたちの姿が見えた。
森の木々から放たれる少しひんやりとした空気が心地いい。
一人の兵士が私の姿を見つけ、近づいてきて「おはようサヤ。具合はもういいのかい」と話しかけてきた。
「ええ、大分落ち着きました」と答える。
今まで私に話しかける兵士はいなかった。話が出来ていたのは隊長さんだけだったから、何かとても新鮮。昨日の一件が兵士さんたちの気持ちを和らげたのかとてもフレンドリーな感じだ。
「昨日は本当にありがとうな。俺たちの仲間を助けてくれて」にこやかに温かみのある言葉をかけてくれた。
「いえ、私は何も……」とは言ったが、実際空白の記憶である。しかし彼らからすれば私があの兵士さんを治したということは紛れもない事実であり、その感謝の気持ちはひしと伝わってくる。
「そうだサヤ、彼奴に会っていくかい。もう起きているぜ」
「もう大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ」
案内されたテントの前でいったん立ち止まり「失礼します」と声をかけてから中に入った。
私の姿に気づき、ベットに横たわっていた彼は「おお!」と声を上げ起き上がろうとしたがまだ体が思うように動かないようだ。
それもそうだろうあれだけ出血した後だ、傷が治っていたとしても(いまだに信じられないんだけど)相当きついだろう。
「無理なさらないでください。そのままで結構ですよ」
「お、おう」
昨日はじっくりと彼の顔を見ることは出来なかったが、今こうしてみると
「どうしたんだそんなところに突っ立てないでこっちに来てくれ」
彼に促されようやく足が動いた。
「いやぁ本当にありがとうな。実際俺ももう駄目だと思っていたよ。それをこうして生かしてくれた。感謝の言葉しかないぜ」
「そんな、私は何も」記憶の中には何もないのが事実だ。
「なぁあんたサヤっていう名前なんだろ。いい名前だ。今度生まれてくる子が女の子だったら、あんたの名前と同じにしてもいいか」
「へっ! べ、別に構いませんけど」いきなりどんな話題をふってくるんだこの人は。でもこんなことを言えるくらいだもう大丈夫そうだ。
「そうか、ありがとうな命の恩人。おっそうだ俺はブリスって言うんだ。第二騎士団の班長通称ブリス班の班長だ。よろしくな」
こうして話してみると見かけよりも親しみやすい人のようだ。
「サヤ・セイカワです。此方こそよろしくお願いいたします」
「セイカワ? あんた家名もちの貴族さんだったのか」
「いえ、私はそんな身分じゃないです」
そっか、ここじゃ苗字は高い身分の人しか名乗らないのかもしれない。少し気を付けないと。
「ほぉ、それじゃサヤと呼んでもかまわないか」
「はい大丈夫ですよ」一応、にこやかな顔を作ってみた。
「ありがとうな。でも、俺は本当に幸運だったな。サヤのようなすご腕の治癒魔道師と出会えたんだからな。ルノアールにも感謝しねぇといけねぇな」
なんか話がものすごい方向に独り歩きしていると感じるのは私だけだろうか。
まぁそれはさておき、ちょっと診察をしてみないと。
「あの、よろしければ体を見させていただけますか?」
彼はかけていた毛布を払い、くるんでいた衣を広げ胸元をあらわにした。確かに昨日は胸と腹部に大きな裂傷を見たがその痕跡は何もなかった。本当にきれいなものである。傷跡のかけらさえ見当たらない。
「どこか痛みは感じますか?」
「いや別に、どこもも痛くはねぇな。まぁしいて言えばちぃとばかし体の自由が効かねぇてことだけだけどな」
ふぅーんそうなんだ。まぁそれでもいまだに信じがたいけど現実的に傷は治っている。あとは出血した分の血液の回復が出来れば大丈夫だと思う。こんなこと学会に発表しても取り上げてくれないし笑われて終わりだろうな。あ、教授に怒られたりして。あはははは。
苦笑いするしかなかった。
「しばらくは安静にしていてくださいね」
「しばらくっていつまでなんだ。もう傷は治っているんだ早く仕事に復帰しねぇと」
「無理は禁物ですよ!」
「そうだなブリス。ゆっくり休んで体を回復させることが今のお前の仕事じゃないのか」
私の後ろで隊長さんの声がした。
「あっ、隊長さん」
そっと私の肩に手を置き、耳元で囁くように「おはようサヤ」と言う。
一気に顔が熱くなった。
「ほぉなるほどなぁ」とブリスが遠目のような目つきで言うと、今度は隊長さんの顔が赤くなった。
一通りの診察が終わり、私と隊長さんはテントの外に出た。
私達二人に太陽の日差しがさんさんと降り注ぐ。夏であることを実感させる陽の光だ。
「具合の方はもうよさそうだね」隊長さんが語り掛けてきた。
そう言えば、いつの間にか気分が良くなっている。
「大丈夫ですね」
「うん、マナが回復したんだろうな。良かったよ」
マナが回復ねぇ。でもマナっていったい何なんだろうね。血液のようなもの? その成分質的な何か? 例えばヘモグロビンとか? まぁ貧血みたいなもんなんだろうかマナの減少って、いまいちわかんない。
「そうだサヤ。サヤは魔法をあまり使ったことがないみたいだね」
「ま、まぁ、そうですけど」
そうじゃない魔法なんて使ったことなんかないわよ。
「だからかもしれないね。昨日のように一気にマナを限界まで放出しちゃうし、コントロールができていない感じだった。また二日酔いの苦痛を受けたい?」
ブルブル。頭を振って断った。もうあんな思いはごめんだ。
隊長さんは私の両手を取り「目を閉じて」と言った。
じんわりと手が温かくなっていく。
「ゆっくりと深呼吸をして、手の温かみを体の中で回すような感じで」
言われるようにしたいがその感覚が良く分からない。でもなんだろう、とても和やかな気持ちになれる。
陽の暖かさとは違う別な温かさが体の中にめぐっていく感じがする。
「目を開けてごらん。これがマナの流れと言うものだ。この流れをコントロールできればいいんだが」
難しい、と言うか無理じゃないのか。得体のしれない見えないものを相手にすることは非常にと言うか困難なことだ。言葉は優しいがかなり難題を押し付けられているような気がする。
研修医の時みたいに「こんなことも判断できないのか!」と怒鳴られた方がまだすっきり来る。
「今は難しいかもしれないけど、きっと出来るようになれると思う……きっと……たぶん」
何か不安げである。
その時私達を呼ぶ声がした。
「おうい、隊長、サヤ。桃たくさん取ってきたんだけど食べないか」
桃! モモってあの桃の事? 真冬に桃。て、ここは夏なんだよなぁ。スイーツ好きな私、フルーツも大好きなのだ。まさか桃にありつけると思ってもみなかった。
カゴの中には果肉がいっぱいついた桃が入っていた。1つをとってみた。まだ硬い、それでもみんなリンゴのように丸かじりで美味しそうに食べていた。遠征中に得たほのかな甘み。これでもみんなにとってはごちそうであろう。
売っているようなあの甘い香りと、やわらかい果肉の桃にはまだ少し早かったようだ。
皮をむいてひとかけらを食べてみたがやはりまだ甘みも薄い。取ってきたと言っていたが近くに桃の木があるのか。栽培という訳ではないようだ。つまりは野生の桃。うん、でもちゃんとした桃の実だ。
「どうしたサヤ。桃は嫌いか」
「ううん。大好きだけど、まだ少し早いみたい」
「そうか? 桃と言うのはこういうものではないのか」
隊長さんも丸かじりをして食べていた。
せっかくだしもっと美味しくして食べたい。ええっと何かないかなぁ。固い桃を美味しく食べる方法はないものだろうか。
スイーツオタクである私。お菓子はすべてお菓子屋さんから購入しているわけでは無い。自分でも作ったりもしている。学生時代は時間もあったからよくお菓子作りをしていた。まぁ趣味の一環と言う感じである。
ここで出来る菓子作り。昨日と同じだ。
正直機材などはない。出来ればオーブンがあれば幅広く選択肢も増えるんだろうけど。それにだ、桃だけではどうにもならない。その他の材料と言うものも必要になる。今ここでそろえることが出来る材料は何があるのか。それすらも分からない状態だ。
頭の中に浮かばせられるキーワード。
桃、固い→やわらかく。甘くない→甘く。ふと浮かんだのが『桃缶』。
あ、そういえばあの方法があった。
「隊長さん食材を分けてはもらえませんか」
「ああ、かまわない。大したものはないと思うが」
隊長さんの許可は得た。給仕のところに行って使えそうな食材を探す。
見つけたのは白ワインと砂糖。そして蜂蜜。あるではないか。これだけあればちゃんとしたものが作れそうだ。
そう私はこれからあの固い桃から、やわらかく甘い『桃のコンポート』を作ろうとしている。
◆コンポート
コンポートとは、果物を砂糖水でやわらかく煮る伝統的な保存方法。 肉や魚、野菜などの食材を砂糖や酢、油などに漬けて保存性を高める「コンフィ(confit)」というフランス料理の一種で「コンポート(compote)」という名前もこれに由来している。
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