第4話 ビターチョコレート 召喚 ACT2
第4話 ビターチョコレート 召喚 ACT2
コンコン。重厚そうでいて軽く開く王国騎士団総長室の扉。
「やぁご機嫌いかがでしょうかアレブ・アイゼンバルト王国騎士団総長様」
「マーレンか。どうしたと言うのだ」
「いやなにねぇちょうどこの部屋の前を通りかかった時、なにやら良いお話が聞けそうな予感がしましてねぇ」
「大神官のお前に話せるような良いことなどはないぞ」
そう言いながら手にしていた手紙を彼はデスクの上に置いた。
「おやどうかなさいましたかアレブ総長。眉間にしわが寄っていますよ」
「なんでもない」
「そうですか?」と言いながらマーレンはひょいとデスクの上の手紙を手にして目に入れた。
「おいお前、勝手に読むな!」
「フムフム……おお! これは、間違いないでしょう」
「何がだ……」
「うふふふ聖女様ですよ。聖女様が降臨なされておるんです」
「聖女だと?」
「ええそうです。先日神ルナケイア様から私目にお告げがありました。聖女様がご降臨されたと。ですがその所在はまだ分かりませんでしたが、何とアレブ総長の弟君ルノアール第二騎士隊長が保護なされていたとは。やっぱり良いお話が聞けましたねぇ」
「まだ聖女であるとは決まっておらんだろ」
「いいえ、間違いなくこの手紙に書かれている女性は聖女様です。この手紙よれば、見慣れぬ衣をまとい、東の果ての日本という国からやってきたとありますけど、そもそも日本という国など聞いたこともありません。おそらくその女性は神々の世界から神ルナケイア様の使者、聖女としてご降臨されたに違いありません」
「だからといって勝手にこの手紙を信じて、決めつけるわけにはいかんだろう」
「あれぇ、アレブは実の弟の手紙に信憑性がないと思うんですか?」
「そうとは言っておらん。ただこれが本当にその女性が聖女であるのなら王国にとって特務重要事項になる。そう言うことをたやすく決めつけてもいいものであろうか」
「ふぅーん。アレブ総長の方が国王よりも私寄りということなんだろうかなぁ。状況をよく理解してそうだね」
マーレンはニヤリと笑みを浮かべる。その顔見てアレブはぞわっと身震いをする。
「まぁ聖女については国家の極秘事項。特に隣国のエスタニアには感ずかれないようにしないといけないよね」
「ま、まぁ、そうではあるが……。もし仮にこの女性が本当に聖女であった時、その待遇所管はどうするつもりなんだ」
「うん、お世話は僕が全て取り仕切るからさ。君は聖女様の身辺警護と情報漏洩の搾取に努めてほしいなぁ。なんてねぇ――――こんな仕事君にしか出来ないよねぇ――――!」
「うっ!」
アレブはまんまとはめらたかのように落胆するのである。
「これで聖女様の受け入れの下地は出来たかな。よろしくねアレブ総長」そう言いながらマーレンは部屋を出た。
ドアの外でマーレンはニヤリとしながら一言「さぁて忙しくなりそうだ」とつぶやく。
私の知らないところでこの国の上層部が動きだしているとは。
隊長さんはここにあと5日は滞留しているといっている。その間私もどこに行く当てもないので同行することにした。それが今の私にとって一番妥当な選択であることは言うまでもない。
あの晩、生チョコを口にしたときに見せた隊長さんの無邪気な顔が今も頭から離れない。出会ってからそんなに経っていないというのに、何故だろうか隊長さんが近くにいるとドキッとしてしまう。
そんな時だ、偵察に行っていた兵士が
鋭い牙で噛まれたような傷跡。出血量が多い。このままではこの兵士の命は尽きてしまう。
懸命に魔法による治療が行われているが焼け石に水のような感じにしか見えなかった。すぐさま駆け寄りその兵士の傷口を見た。
誰もがもう助からないという重い空気を作り上げている。隊長さんさえ手を握りしめ、この兵士の命が尽きるのを見ているしかないことに憤りをあらわにしていた。
「すみません。たくさんの熱湯と小型のナイフ。ガーゼ……布をたくさんください」
ERにいてもこれほどまでにひどい裂傷の患者はそうそう搬送されてはこないだろう。私自身ももうこの兵士は助からないのではと中途してしまう。だが、そんな気持ちとは逆に体は動いていた。
初期処置までは何度も行っている。しかし、本格的な再建術は行ったことがない。あの日オペ室に入った時もあくまでも助手としての手技にしか至らなかった。執刀医の医師が行うような手技はまねできない。卓上の絵では理解できていても手が追い付いていかないのだ。
手元に届いた布を幹部に当て止血を試みる。しかしあふれる血は止まることはない。ただ功を制していることがある。大動脈には達していない。もし大動脈が損傷していればもうこの兵士は助かってはいなかっただろう。されどもう虫の域のような状態だ。腹部が大きく裂け腸が腫れ膨れ上がってきている。病院のような整った設備はここにはない。
最低限あるもので処置しなければいけない。無我夢中だった。着ている服が血で染まっていく。そんなことは気にする余裕もない。
すでに手は血液で染まっている。人の体内と言うのは意外と温かいものだ。その熱を感じていたのだろうか私の手に熱さと言うか熱を感じ始めていた。
この熱は患者の体内から受ける熱ではない。私の手自体が熱を発している。その熱は手から体全身へと伝わっていく。
熱い体が熱い。心臓の動きが速い、何だろうか体から何かは分からないが大量に流れ出ているような感じがする。痛みなどはどこにも感じないが何かが吸いだされているようなこの感覚。視界がぼやけ始めてきた。
ここで私が気を失ったらこの人は助からない。
だけどもう駄目……。次第に意識が遠くなり視界がかすんでいった。
「う、ううん」何かひどい夢を見ていたかのように最悪の目覚めだ。目を開けて視界に入ったのはあの時と同じテントの布。
そうか私また気を失ったんだ。意識がはっきりし始めると今度はひどい頭痛と吐き気が私を襲う。まるで二日酔いのような感じだ。こんなにひどい二日酔いは学生の時以来だ。
ああ、喉がカラカラだ。水が欲しい。
ふと横を見ると隊長さんが付き添ってくれていた。
「気が付かれましたか」心配そうな眼差しで私を見つめている。
「隊長さん私また……」
「気になさらないでください。何か欲しいものはありますか」
「水、水をいただけますか」
「はいどうぞ」
すでにコップに水が用意されていた。しかも氷入りで。私が冷たい水を欲しがるのが分かっていたようだ。冷たい水が喉に流れる。
「ご気分はいかがですか」
「頭痛と吐き気がひどいです」
彼はクスッと笑い「そうでしょうね」という。
なんかむかついた。
でも頭痛の方がうわ待っていてそれどころじゃなかった。
「あれだけ一気にマナを放出すれば当然こうなりますよ。もう少しすれば落ち着くと思いますゆっくり休んでいてください」
マナ? 放出? いったい何のことだろう。不思議に思ったがあの兵士のことが心配だった。
「負傷なされた兵士さん……」言葉が詰まった。あの状態ではたぶんもう助かってはいないと思っているからだ。
「すみません私最後まで治療が出来ませんでした」
上を仰ぎ見ながら涙があふれてきた。
「なぜ謝るんですか」隊長さんはそっとその言葉を返した。
「でも……」
「今度は私から礼を言わせてください。私の部下を救ってくれてありがとうございます」
隊長さんは深々と頭を下げ私に礼を言った。
救ってくれて? もしかして助かった……の。
「ほ、本当にですか?」
「ええ、本当です。まだ意識は戻ってはいませんがもう大丈夫です。時期に目覚めるでしょう。それにしてもすごいですね、あれだけの傷なのにその
「本当に助かったんですか」
「そうですよ。貴女の治癒魔法で彼は命を取り留めました」
「治癒魔法って、私が魔法を」
無我夢中であの兵士さんを助けたかった。自分の能力はまだ追い付いていないのは承知の上だった。でもどうしても助けたかったのだ。何をどうしたのかは記憶がない。全くといっていいくらいまっさらで空白なのだ。
隊長さんの話だと、私から大量のそれも隊長さんも見たこともないくらいのマナ。つまりは魔法の力となる素が放出されたと言うのだ。隊長さんは神官系の魔法にはあまり詳しくはないらしいけど、あれだけのマナを発せるとなれば無意識に『エクストラヒール』級の回復魔法を発したんだろうと言っていた。もしかしたらそれ以上かもしれないと。
彼は私の手を両手で包み込み、額をつけ祈るようにして。
「ありがとう。サヤ」と言った。
しっかりとその言葉は、私の耳に届いていた。
「おやどうなされましたかアレブ総長」
「マーレンお前はどうして、いつもこういうタイミングで現れるんだ」
「そんなことを言われましても。今日は珍しく扉が開かれたままでしたから、ちょっと寄らせていただいただけですけど」
「うむ……」
アレブは眉間に皺を寄せながさらに渋い顔をした。
またマーレンはひょいっとアレブが持つ手紙をつまみ取り「フム、フム。おお! これはすごい」と感嘆の声を上げた。
「これは事実なんでしょうか」
「お前は俺の実弟の手紙に信憑性がないとでも言うのか」
「あら、最初の手紙にその信憑性がないと疑っていたのはどなたでしたでしょうか?」
ピクリとこめかみが動いたがアレブは冷静に。
「この事実、マーレンもう動かすことは出来ないだろう」
「そうですねぇ。だから言ったじゃないですか。彼女は聖女様だって。私の直感は神々から授かったものですからねぇ」
得意げなドヤ顔でマーレンはアレブに顔を近づけ。
「この事は第二騎士団討伐隊に
「そうだな……」
「ところで当の第二騎士団はいつ戻ってくるんですか」
「あと二日後だ」
「おや、あまり時間がありませんねぇ。これは急いで聖女様をお迎えする準備をしなければ……ああ、忙しい忙しい」そう言いながらマーレンは足早に王室宮殿へと向かった。
「まったく彼奴は」とあきれながらも、アレブは事の重大さをさらにかみしめていた。
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