第3話 ビターチョコレート 召喚

第3話 ビターチョコレート 召喚


 意識がはっきりすると、上部に映るのはテントの布地であった。

 そして私に注がれる温かいまなざし。

 あの美形青年イケメンが私を見つめていた。

 「あの、私……」

 「気が付かれましたか。ご気分はいかがですか」

 「ええっと私」

 「はい、意識を失ってからよくお休みになられておられました」彼はにこやかにそう答えた。

 「ここは?」

 「我々の拠点ベースです。気を失った貴女あなたをあの場においてはいけませんでしたから、ご迷惑とは思いましたが我々のベースキャンプにお連れした次第です」

 気を失った……気絶したの? て、ただの睡眠不足だったのかもしれない。夜勤からの日勤シフトはやっぱりきつい。気を張っていればこそ睡魔には勝てたかもしれないけど、気を抜くと一気に睡魔に襲われる。正直どれくらい寝ていたんだろうか。

 「すみません今何時でしょうか?」

 彼は胸のポケットから金色の懐中時計を出し、ふたを開け指針を私に見せた。

 見慣れない文字が描かれた時計。ローマ数字でもない。でも、その並びはいつも見慣れている時計と同じ配列だった。そこから察するに時計の針は9時を少し過ぎたあたりを指していた。

 良かった。そんなに長い時間寝ていたわけでは無いようだ。

 病院を出たのは午後5時を過ぎたあたりだった。あれから思い出せることを思い出し(恐ろしい出来事に出会ったことは忘れていた)、たぶん気を失って寝ていたのは長くても2時間くらいだろうと思っていた。

 「でもよかった気が付かれて。朝からずっとお休みになられていましたからね」

 「えっ! 朝からですか」

 「はい、朝からです」

 彼はまたにこやかな表情で答えた。

 嘘だ。朝からだなんて……そんなはずはない。……たぶん。

 でも何か違和感を感じているのは確かだ。そう言えば私があの獣に襲われたときって辺りは明るかった。お店に入った時はもう暗かったのに。それに2月の真冬のはずなのに暖房らしきものもないのに温かい。いや温かいを通り越して蒸している。まるで夏のようだ。

 嫌なことを少し思い出してしまった。

 それでも今度は好奇心の方が先立ってきた。ここは安全な場所であるという安心感が気持ちに余裕を持たせたのかもしれない。それに彼の存在が不安な気持ちを和らいでくれているような気がする。

彼、そうだ彼は私の命を救ってくれたんだ。まだ名前も知らないこの人に。お礼の言葉すら言っていなかった。

 「あの……」

 「はい何でしょうか」

 お礼を言わなければ。「遅くなりましたが、命を助けていただいてありがとうございました」

 深々と頭を下げ礼の言葉をつげた。なかなか顔を上げられない――ものすごく恥ずかしかったから。ああ、顔が熱い。

 そんな私に彼は座っていた椅子から立ち上がり、片膝を地につけ「謹んでお言葉お受けいたします。貴女の御身を守れたことを光栄に思います」

 あ、えええっと何もそんなにかしこまらなくたって。こっちが照れてしまう。

 「ちょ、ちょっと。助けていただいたのは私の方です。そんなにかしこまらなくたって」

 「騎士として当然のことお気になさらずに」彼は迷いもせずきっぱりと答えた。

 騎士って、やっぱり何かが違ってきている。ありえないことが今、私の前で存在している。

 日本ではありえない出来事。目の前で放たれた魔法と言う不可思議な事象。

 私の捻挫を即座に完治させた治癒魔法と言うもの。

 それに彼の腰にあるのはあの獣を刺し殺した剣であろう。そんなものを常時身につけていることなんか日本の法律では犯罪になる。

 やはりここは日本ではない。――――ここは私がいた世界と違うところではないだろうか。

 そう思えばすべてが納得いく。本当にゲームような世界。

 もしかしたらここは異世界なのかもしれない。そんなことはないと思いたいが……。

 「申し遅れました、私はルノアール・アイゼンバルトと申します。王国第二騎士団の隊長をしております。よろしければ貴女のお名前をお教えいただけるでしょうか」

 「え、あ、はい。……聖川沙耶せいかわさや……です」

 いきなりのことでちょっとびっくりしたけど、これでお互いの自己紹介が出来た。かも。

 「聖川沙耶……セイカワサヤ。めずらしいお名前ですね」

 あ、もしかしてここでは外国のように名前が先に来るのかな。

 「えっと、サヤが名前で聖川が苗字……ラストネームです」

 「なるほどではサヤ・セイカワでフルネームですね」

 「そ、そうです」

 はぁ、なんかものすごく緊張する。研修医のころ自己紹介している時以上に緊張した。でも、そうか。見た目こんなに若いのに私と同じくらいかな、それよりも少し年下のように見えるけど隊長さんなんだ。

 なんかすごいな。

 そんなことを思っている私の顔をじっと見つめる隊長さんの視線が熱い。

 そんなに見つめないでください。

 このテントの中には私と隊長さんの二人しかいない。そ、外に誰かいるの? いないと思うけど……。

 なんか非常に何と言うかこの雰囲気。

 まずいのではないだろうか。

 ええっと何と言うか私の身の危険は……ないと、思う。そうじゃなくてこっちがなんて言うかその、……落ちそうになる。

 こんな人の好さそうな美形青年イケメンと近距離で過ごす時間が苦しいのだ。

 沈黙の空気は今のこの私にはとてつもなく重い。

 そうだこの際だ、ここはどこかということを情報収集をまずはしなくてはいけなかった。

 「すみません、唐突なんですけど……ここはどこですか?」

 「ん」と少し不思議そうな顔をしたが隊長さんは「ここはブルガトフ王国の国境をまたぐフォレンシスト大森林の入り口付近です。それより貴女のような方がどうしてこんなところにおられるんですか? 従者は……。そうか、すでに魔獣ノラに」

 「いやいや、従者だなんて私一人ですけど。そのなんて言うか、気が付いたらあそこにいて、目を開けたらいきなりノラに襲われそうになって……あの時貴方が来てくれなければ今頃私は死んでいたのかもしれません。本当に助けていただいてありがとうございました」

 「大丈夫ですよ。本当に当たり前のことです。それより貴女のことを少しお聞きしてもいいでしょうか。そのお召し物から、とある貴族の御令嬢ではないかと思いますが、いかんせん私は女性との交流する機会が少なく貴女とは面識がございません。それにセイカワと言う家名は聞いたことがありません。もしかして隣国のエスタニア王国の方でいらっしゃいますか?」

 おお、今度はエスタニア王国と言う国の名前が出てきたぞ。なんかそれらしい名前じゃない。ブルガトフにエスタニアか。これぞまさしくゲームの世界、異世界っぽいじゃない。

 でも私どちらの国にも関わっていないんだけど。どう答えらいいんだろう。ここは正直に話した方がいいのかもしれない。この人は私をどうにかしようなんて言うことはしない人だと思うから。

 「この服は外出用の服でそんなに高い服じゃないんですけど(まだ駆け出しの外科医の給料はそこそこしれている)。それに私は貴族の令嬢なんて言うのではなく単なる一庶民です。私のいた国はここからずっと東の果てにある日本という国です」

 とは言うものの一部嘘を言ってしまった。ここが異世界という確証はまだ完全にもてないけど、日本という国は多分この世界には存在しない……と思う。私が別の世界から来たなんて言っても信じてはもらえないだろうし。私自身もまだ信じられないでいるんだから。

 「日本という国ですか。私は聞いたことがありません。そうだ、もしかしてはその日本という国からお持ちになられたものではないでしょうか」

隊長さんはテーブルに置いてある装飾が施された両手の平くらいの箱を私に差し出した。

その箱を受け取り開けると箱の中からふんわりと冷気が広がる。中には、私が洋菓子店から購入した生チョコレートの箱が入っていた。

 「あ!」

 「溶けかかっていましたので冷やし固めておりました。この処置に間違いはございませんでしたか」

 「あ、ありがとうございます」

 確かにこの気温じゃ溶けるわ。こんな芸当が出来るなんて、これも隊長さんの魔法の力なんだろう。こんなに常的と言うか魔法の存在を知らされるともう魔法というものを受けいるしかない。私達が日常的に使っている電気やガスなんかと同じ感覚何だろう。

 私もそう言うものだということを受け入れないといけない。ここが異世界であるのなら。

 箱を開けると生チョコレートは解けずに固まっていた。

 そうだ助けていただいたお礼……お金、じゃないよね。

 「いかがですか?」と生チョコレートの箱を隊長さんに向けるると。少し躊躇したが「よろしいのですか?」と問われ「はい」と返事をした。

 隊長さんはグローブを外しチョコをつまんで口へと運んだ。私も1つをつまみ口へと入れる。

 ほろ苦いビターな味わいが濃厚なカカオの風味と共に抜けていく。程よい甘さよりもすっきりとしたくどさのない苦みが心地いい。

 この生チョコは当たりだ。

 美味しい。

 そっと隊長さんに目を向けると、とても満足した表情が伝わってきた。

 「これはチョコレートですね」

 「はいそうです」

 「とても美味しい。口の中で自然と溶けていきます。この濃厚な香りとほろ苦さは癖になりそうですね」

 「お気に召していただいてよかったです」

 「私が幼少のころに食べたチョコレートとはかなり違うようです。やはりこれは貴女の国のものなんですね」

 確かに生チョコは日本特有なスイーツの1つだと思う。

 「珍しいものをいただきました。良い誕生日プレゼントになりました」

 「誕生日なんですか? ……今日」

 「ええ、そうです……7月13日、23回目の誕生日になります」

 23回目。ていうことは23歳て言う事、やっぱり私より年下だったんだ。だけどとてもしっかりしている。まるで私の方が年下のような感じがするんですけど。もしかして貴族て言うのはこんな感じでみんなお堅いのかなぁ。

 なんか違う世界の人という気がする。

 「あの、もう1ついかがですか」

 「1つ頂きましたが、それに最後ではありませんか」

 「1つは助けていただいたお礼です。もう1つは私からの誕生日プレゼントとして」

 隊長さんは「ありがとうございます」と言い、最後の生チョコレートを口に入れた。

 本当に気に入ってくれたんだろう。

 彼の顔はほころび、無邪気なその顔が可愛らしく見えた。

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