後継者がおらず廃業を考えていた刀鍛冶、行き倒れの巨乳エルフを庭先で拾ったので、二人で異世界で行商することにしたら、爆売れして忙しすぎるんですけど!

東夷

第1話 かわいい女の子の弟子が奪われた

「師匠……今日限りで辞めさせてください」


 俺の下で修業を重ねていた弟子の優希から出た言葉に耳を疑った。その言葉を聞いた瞬間、優希の作ってくれたハンバーグの欠片を掴んでいた箸の力は弱まり、皿へ落ちてソースの飛沫が散らばる。


 高校生の頃からうちに来て、六年の月日が経とうしていた。彼女がうちへ来たときは本当に驚いた。 



 庭先で火床に入れる赤松の木炭を鉈でブロック状に切っているときだった。


『ごめんくださ~い、刀匠の伊勢刀哉さんはいらっしゃいますか?』

『あ、俺ですが……』


 初対面の彼女は長い黒髪にセーラー服、JKという言葉は不釣り合いで、いまどきどこを探しても絶滅したであろう大和撫子って感じ。


 もちろん目鼻立ちは揃っていて、こんな田舎でも噂を聞きつけたスカウトが現れてもおかしくないくらいの美少女に思わず息を飲んだ。


 こんな3Kきつい・汚い・危険職場にまったくそぐわない白百合のように思えた。


『私は水野優希っていいます。ここで働かせてください』


 彼女は黒革の鞄の両手で持ち、結構な勢いで頭を下げたので後ろ髪が勢いよく前に雪崩落ちてくる。


 またか……。


 彼女が言ったことが真実なら、俺は泣いて喜んだことだろう。名刀をイケメンの擬人化したソシャゲのおかげで信じられないことに俺の工房にも冷やかしでくる女の子がちらほら現れたのだ。


 だが現実を見て、耳にピアス、腕にブレスレット、キャバ嬢のオフ姿かと見紛うようなファッションのチャラチャラとした若い女の子たちは「暑いし、臭いし、汚いし~」、「幻滅、見なきゃよかった」と文句を垂れて帰る始末。


 俺がおまえらに幻滅してんだよ! って……言ってやりたい気分だった。


 どうせ彼女も見た目こそ、純な乙女だがうちの仕事を見れば現実を知って、すごすご逃げ帰るだろうと思っていた。


『じゃあ危なくないところで見ててくれれば……』

『はい!』


 屈託のない笑顔で笑う大和撫子に決して、決して絆されたわけじゃない。だけど、桶に汲んだ水の水面に写った俺の顔は鼻の下が伸びていて、自分でもキモかったのを覚えている。



 そんな可憐な優希だったが長い髪をバッサリ切って、今やボーイッシュな美人お姉さんに変身していた。来た当初は覚束ない手つきで振るっていた金鎚もすっかり板についている。


 俺の予想に反して、忙しい学業の合間を縫って足繁く俺の工房に通い、生来の利発さも伴い、女の子であるにも拘らず刀鍛冶の基本をマスターしている。


 大学で金属工学を学んだ優希は俺の工房を継ぐと仄めかしており、俺も期待していた。


 あくまで工房を任せるという意味の期待であり、親御さんから預かっている以上、一回りも違う優希には絶対に手を出さないと自らに誓っていたから六年もの月日を経ても俺たちの関係は師匠と弟子という極めて清らかな物。


 そんなことを思うだけで俺は悲しくなるが……。


 だから俺のショックは大きくて、全身の力が抜けたようになってしまっている。


「そうか……優希がそう決めたんなら仕方ないな。どこかいい就職先でも見つかったのか?」

「は……い……」

「それなら良かった。俺のことなんて気にせず、就職先で頑張ってくれよ」


 一回り近い年齢差の弟子の優希に大人らしい声をかけると、どんどん彼女の顔が赤くなり「うっ、うっ」と嗚咽を漏らしていた。


 本当は俺も……と思いつつも堪えて、遅い昼食を口に運ぶ。いつも美味いと思っていた晶の作ってくれた食事の味が途端に分からなくなり、ただ栄養を胃へ送り込んだように感じていたときだった。


「刀哉! いるんでしょ? いるならさっさと出て来なさい!」

「師匠、私が出ます」

「いや優希は休んでて。どうせあいつなんだから」


 俺は立ち上がろうとする優希を制止して、きゃんきゃんと子犬のように吠える声の主のいる玄関へ向かう。


 閑古鳥の鳴く俺の家にくる奴なんて、ほぼ決まってるんだから。


 広い玄関土間には片田舎に似つかわしくないビシッとスーツで決めた人物がいた。Cを模した意匠の高級ブランドのスーツが憎たらしいほど似合い、見た目は肩まである髪を金色に染め上げ、緩いパーマをかけた切れ長の瞳を持つイケメン。


 こいつに「俺の女になりなよ」なんて顎クイされたら、落ちてしまう女の子もいてもおかしくない。


「神崎社長、どうしてここに……」


 休んでおくよう言ったにも拘らず優希は俺の後ろにおり、驚いた表情で言葉を漏らした。


「優希、ちゃんと刀哉に言ってなかったの? 卒業後はボクの下で働くってこと」

「社長! それは師匠には内緒にしてくれるって……」


「そうだったのか、良かったじゃないか優希。うちよりもあきらの会社の方が大きいし、ちゃんとした給料を払える」

「し、師匠……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……本当は師匠とずっといっしょに……」


「泣くなよ、優希。そんなんじゃ、これから先、社会人としてやっていけねえぞ。俺のことは気にすんな。優希ならどこに行ってもいい仕事ができると思ってる」


「あはっ! 刀哉もよく分かってるじゃない。そうだよね、こんなボロい工房に将来有望な優希を閉じ込めておくとか、社会的損失しかない。いいえ大罪とも言えるよね。無能の刀哉がまだ理性的な判断ができるとか笑ってしまうんだけど、キミの代わりにボクがちゃんと優希を一流の刀匠に仕立ててあげる」


 田舎とはいえ、玄関先で揉めているとご近所に筒抜けだ。


「優希は会社に戻っていて。ボクは刀哉と話があるから」

「はい……社長。でもあのことはくれぐれも内緒に」


 優希とあきらはなにやら俺に聞こえないように耳を寄せてぼそぼそと小声で話している。見ているだけで、なにか深い関係を疑ってしまうような光景だ。



 応接室というか居間にあきらを招くと、奴は床の間に飾ってあった俺の打った白刃の刀身を見て、鼻で笑う。


「相も変わらず、こんな見栄えのしない刀剣を打ってるなんてね」

「刀剣は絵画じゃない」

「刀なんて物、いまや美術的価値がなければ持っていてもしょうがないんだよ!」


 あきらは俺の言葉が気に入らなかったのか、刀身が置いてある刀掛け台に向かって、軽く蹴りを入れていた。


 幸いアクリルケースに収められていたから、ケースが揺れるだけで何事もなかったが、俺の怒りは収まらなかった。


「大事な刀を足蹴にするなっ!」

「うるさい。こんな物、ゴミでしょ」

「ゴミじゃない。大事な刀剣だ! そんなこと刀剣商をやってるおまえでも分かるだろ!」


「馬っ鹿じゃない? 誰も扱えない物を作っても意味ないの。お飾りにすらならないとか、無駄にもほどがあるんだから」


 自分の気に入った刀剣には惜しみなく愛を注ぐのいうのに優美さがなかったり刃紋が好みでなかったりするといつもこうだ。


「ああ、そうだ。一つ言っておくよ。刀哉には悪いけど、ボクがあの子優希をもらったからね。これからは彼女がボクのパートナーだ」

「そうか、優希はいい子だ。おまえが責任を持って幸せにしてやれ」


「言われなくてもそうするつもり。じゃあ、一人で自分の刀でも磨いていればいいよ、童貞の刀哉くん」


―――――――――あとがき――――――――――

1話目なのにあとがき書くの忘れてたw 気づいたら2月23日と終盤です。まだあきらの終盤のざまぁを書いているところですが、良かったらフォロー、ご評価お願いいたします。

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