第8話

カモメはいつもの日陰でお昼寝中。そして私は散策に出掛けた。

私達はいつも一緒に行動するとは限らない。プライベートを大事にってやつだ。

危ないかもしれないけど。そう遠くには行かないし、大きい動物なんて見た事ない。


動物。肉。


食べたいなぁ……


とは思いはするが、リスやウサギなんか捕まえれないし、殺すなんて出来ない。

ウサギは食べれるらしいけど、リスって食べれるのか?

鳥も全て食べれる訳ないだろうし。


私の頭は食べられる肉の事ばかり考えていた。

木の実などをむしっては口に運ぶ。

むしって…は…虫……


虫は栄養あるとは聞いた事があるけど、流石にキツイ。

捕まえやすいとはいえ、無理無理…


気が付くと、いつもの小さな滝がある場所に辿り着いてしまった。

知ってる場所なんてこの辺しかないからしょうがない。

川の近くに座り、指先で水の流れを感じると気持ちいい。たまに吹く、そよ風と川の流れる感触が癒される。

目を閉じると、時間がゆっくり過ぎていく感じもいい。

私の頭がふわふわしてくる。まるで夢の中に入ったかのように。


すると微かに指先が擽られた。

突然の出来事で私の頭は最初に恐怖を感じた。


「わひゃっ!!」


勢いよく手を引き上げて、何か変化していないか確認した。

よかった…無事だ。いつも通りの指。ちゃんと5本ある。


視線を川に戻すと、小さな影が素早く動いているのを見つけた。


「魚…?こんな小さい川にもいるんだ……ゴホッ…」





『イルカすごいじゃん!魚だよ!よく捕まえられたね!!すごぉい!!』


「くふっ」と変な声が漏れてしまう。

まだ。まだ笑っちゃダメ。捕まえなきゃ…

私はこう見えて、褒められるのが好きなんだ。



私はまず魚を探すが、さっき見た感じは小さいサイズだった為、中々見つからない。

一瞬影が見えても、すぐに見失ってしまう。その繰り返し。


石などで川を塞き止めて、浅い川に入り、追い込むが、それも上手くいかない。

両手で陸に投げ出そうとするが、ひらり、と逃げられてしまう。

試行錯誤を繰り返すが、時間と体力が過ぎていくばかりだった。





「なぁんで…全然捕まえられないよ…」


太陽はもう沈みかけ、薄暗くて魚も見つかりにくくなってきた。


……泣くな。まだやれる。よく見て。




「……いた…」

小さな魚は塞き止めている近くに止まっていた。

私はすごく、ゆっくり、近づいた。もう足も冷たくて感覚が鈍い…

これでダメなら諦めよう。また明日頑張ろう……



『イルカ。ありがとう!すっごいおいしいよ!』



……今日じゃなきゃ…いやだ…

すると雨のように水しぶきが上がる。


……派手に転んでしまった…



もう…疲れた。冷たい。お腹すいた。


無気力に起き上がる。全身ずぶ濡れだし、あちこち痛い。





「………何してん、だろ…コホッ、コホッ…」


視界がぼやけだす。

溢れそうになる涙を拭い、ゆっくりと立ち上がろうとすると。



「……うそ…」


川辺の草の上でピチピチと跳ねる小さな魚。

私はそっと優しく両手で拾い上げる。

両手で持つには、あまりにも大げさな、小さな魚。



「……カモメ…」



私は咄嗟に走り出す。体力なんてもうないし、足だって痛い。

でも気にならないし、気にしない。私は走るのは止めない。


両手で優しく。


落とさないように。



私はカモメの元へ走り出す。



もう日は沈み、視界は最悪。両手が塞がって走りにくい。

こんなに最悪なのに私は笑っている。

途中、石か何かで躓いて転んでしまっても、この両手だけは決して開かなかった。


もう少し…


待ってて…カモメ…


雑木林の隙間から光が見える。


「カモメ!!」


「うん?」



口いっぱいに頬張るカモメ。

どう見ても焼き魚だった。


「…あ、え、」


魚?焼き?え?火?


頭がくらくらする。たくさん転んだから?



「もうっイルカ~!遅いよお!見て見てコレ!すごくない!?頑張ったんだよ私!」


カモメは焚火と枝に刺さった魚を飛び切りの笑顔で指さす。

焚火はもちろんすごい。

魚も両手で持つには余るくらいの大きさだ。


本当にすごい。


これは私の本心。それとは逆に恥ずかしくなっている私もいる。

その場で立ち尽くしてしまう。


「まぁびっくりするよね~?………イルカ?」


お願い……


「怪我してるじゃん!びしょびしょだし…何かあったの!?」


来ないで……


「イルカ…?」


見ないで……


「わ、わたしも……さ、さか、な…つかまえたんだ……」


両手で持つには…あまりにも大げさな、小さな、小さな魚。

手が震える。もう小さな魚は動いてない。


上手く…笑えてるかな…バレないといいな……


この時、私は気づいていなかった。

下手な笑顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたのを。




「……イルカすごいじゃん」


そう言ってカモメは優しく、でも力強く抱きしめてきた。


「なに…やめ、てよ…」


暗い…


「やだ。やめない」


見えない…


「……っ、うっ、くっ……」


見えないからいいよね…?


「いいよ」



カモメの優しい声で私の涙は、たくさん零れだす。

私はたくさん愚痴った。今日の事をカモメの胸の中で。


「…いだがった………がんば、った…!!」


カモメはただただ静かに「うん」「そうだね」って優しい声で応えてくれる。


「…なでるな……」


「撫でてない。褒めてるだけだよ」



私が落ち着くまでカモメはずっと撫でてくれた。

泣き止むと次第に恥ずかしくなってきた…


「もう、へいき…」


「服、乾かそっか」


手を繋いで焚火の方へ歩く。

すごく温かくて、ほっとする。

プルプルと震えながらゆっくりと、両手を開ける。

その動かなくなった小さな魚を見ると、また涙が込み上げてくる。

すると横から魚を摘み取られる。

その先に視線を向けると、その小さな生魚はカモメの口の中へと消えていく。


カモメの口はもぐもぐと動いてから喉を鳴らす。


「おいしい!イルカの味がするよぉ!ありがとうっイルカ!!」


大げさな笑顔。

大げさな感想。


「ばか…お腹壊しても知らないよ……」


「平気平気。はいこれ。イルカの分ね!食べ掛けでごめんね?」


枝に刺さった焼き魚。二口ほど食べた後があるが、まだまだ身はある。

コレを食べたら、どう考えても私の方が食べた事になる。


「ちゃんと半分こしようよ…」


「いいの。私はお腹いっぱいだから。たくさん頑張ってお腹空いてるでしょ?気にしないで?」



確かに空腹にこの匂いは耐えられない。

恐る恐る一口かぶりつく。

二口。三口。あまりの美味しさにまた涙が出る。


「カモメ…すごくおい、し…」




「はぁ…はぁ…間接キス…だね…?」



食べる私を見て息を荒げるカモメは高揚した顔で満足そうだった。


そんな私は一瞬固まる。けど…







「…カモメの味がして、おいしいよ?」



自然と笑顔が出た。



















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