第3話 

あれから毎日カモメも日陰で過ごすようになった。必要な時以外は動かない。


小さな滝があるのは幸いだった。シャワーの代わりにはならないが、ないよりはずっといい。

汚れた服や体を洗えるのはありがたい。


動物の気配は感じる。糞や足跡から、リスなどの小動物がいることがわかる。


捕まえて食べられたらいいのだが、そう簡単にはいかない。

知識も道具もない。可愛い小動物を想像すると、罪悪感が湧く。


でもお腹は空く。それは次第にステーキや焼き肉へと連想させてしまう。

最近日陰でジッとしていると、私の頭の中は肉の事ばかり。



「お肉食べたい!」


まるで心を読んだかのように肉の話をしてくるカモメ。


「確かにずっと木の実や果物じゃ栄養が偏っちゃうね。でも仮に動物を捕まえたとしても、刃物もないし知識もないから無理…」



膝を抱えたカモメがむぅっとした顔で、私の腕に噛みついてきた。



私はノーリアクション。

別に嫌って訳じゃない、無駄に反応してはカモメが喜ぶだけと思って、私は黙ってカモメに噛ませ続ける。



「…ひょっはい…」



「っ!…噛みすぎ。後、、舐め、ないで」



舐められたら流石に恥ずかしい。私はカモメから腕を引っ込めた。上目遣いで見てくるカモメ。

私は暑さではない別の何かで顔を紅くしてしまった。


「は?かわいいかよ」



私はゆっくりと目を大きく開いては、そしてすぐにいつもより細く、カモメを睨んだ。



攻守交代。


「痛い痛いっい”だぃ!!ごめんてば!!」


ガジガジと噛みつく私。引き離そうとするカモメ。

遭難してから初めて無駄に動いた日だった。



「歯形がすごいぃ…嚙みちぎられるかと思ったよー」


カモメは腕に刻まれた歯形を見つめていた。

紫に染まった傷口から血がにじんでいる。私に噛まれた痕だ。さすがにやり過ぎたと思い、申し訳なさそうに言う。



「…ごめん……私ちょっと犬歯がすごくて…」



そう言って私は見えやすい様に少し上を向いて、口を大きく開け、指を使って犬歯を見せる。


当たり前だが、唾液で濡れた口腔内が丸見え。歯も舌も喉奥も。


ふと気づく。口を開ける必要はないんじゃないかな?と、無言のまま口内を観察していたカモメを見るとすごい恥ずかしくなった。



「ほぉいい?(もういい?)」


口から涎が垂れてきた。恥ずかしさのあまり私は口を閉じようとする。


するとカモメはそれを許さなかった。顎をぐいっと掴まれる。もう片方の手を伸ばして、私の尖った犬歯に触れた。

指でなぞるように、強く押し付けるように。

犬歯の形を指先で覚えるように、何度も何度も。


少し怖くなった私は目を強く閉じた。自然と触られる感触だけに意識が向いてしまう。

段々と息を荒くし、涎は止まらない。


ゆっくり目を開けると、私より息が荒く、高揚した頬。つまり発情してる顔だった。



私は一瞬変な事を考えてしまったが、ふと正気に戻ると同時に口を閉じた。



「いったあ”あ”ぁ”!!!」



カモメは人差し指に痛みを感じていた。もちろんカモメの指を犬歯で噛んでしまったからだ。

私は慌てて謝ろうとしたが、言葉が出なかった。


しばらくの沈黙の後、カモメは私の唾液が付いた指をじっと見つめた。


そして、ゆっくりと口に運んだ。


私は驚いて「あ」「え」と声を上げた。どうしてそんなことをするのか、理解できなかった。

カモメの不可解な行動に私の頭は混乱した。



「ごめん。どんな味なのかなぁって」


「…カモメ」


私は顔を紅くして照れているーーーわけがなく



照れながら謝るカモメに対して、私は引きつった顔で後ろに下がる。





「さすがにキモイよ…」

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