死神と三十秒の命

@xsukurix

死神と三十秒の命

 残業、残業残業残業残業残業残業残業残業残業残業。

 ふとデスクの脇にある置き時計を見る。気付けば深夜四時。マズいな。このままだと泊まり込みになってしまう。

 残りのエナジードリンクを飲み干し、荷物をまとめることなく席を立ち上がる。

 どうせ明日も朝六時に出社だ。何か持って帰る物もない。強いて言えば家の鍵くらいだ。そう言えば一度鍵を忘れて家の玄関前で寝落ちしたな。あの時は出社時間に遅れて大変だった。

 そんなあまり楽しくない過去の思い出に浸りながら会社を出る。誰もいない道をふらふらと歩き、自宅に向かう。幸い、俺の家は会社の近くにあった。徒歩十分程度。そのおかげで会社に泊まり込みをしないで住んでいる。以前は同僚や後輩がうちに来てたっけ。もう皆俺の家に来る気力もないのかもしれない。

 約十五分後、ようやく家にたどり着く。だいぶ疲れが溜まっているからか、いつもより帰るのに時間がかかってしまった。

 家はぼろいアパートの二階。俺は玄関の扉に鍵を差し込み、カチャッという音と共に鍵を開け、扉を引く。

 誰もいないであろう部屋に向けて「ただいま」と言う。当然返事は返ってこないーーと思っていた。

「お帰り」

 玄関に立っていたのは、ワイシャツとスカート、まるで制服のような服を着た見知らぬ少女。人形のように整った顔立ち。真っ白な雪景色を連想させる銀色の長髪。モデルでもやっているんじゃないかと言わんばかりの美しすぎる体つき。

 一瞬で俺は魅了された。何故俺の家に人がいるのか。そんな疑問は一瞬で俺の頭から離れていった。俺は口を開き、第一声。

「君は何者なんだ?」

 少女は顔色を変えずに答える。

「……私は何者なんだろう?」

 この子、自分のことが分からないのか? 記憶喪失とかそういう類いか? 僕は少女が怯えないように笑いかける。

「一旦落ち着こう。何が起こったか思い出せるか?」

「ふふ、酷い顔」

 少女が口角を上げ、俺は自分の顔を触る。そんなに酷い顔をしていたか? まあでも、ここ二年はは残業続きの毎日だ。今を生きていることすら不思議に思うレベルの人間に今更人並みの笑顔なんて出来ないか。

 すると少女はとんでもないことを口にする。

「私、人の寿命が見えるの」

 この子は急に何を言っているんだ? 分からない。でも、少女の顔が嘘を言っているようには思えない。少女は言葉を続ける。

「それで今まで色んな人が死ぬのを見てきた」

「それは大変だったな。ここでゆっくり休むといい」

「……あなたはもうすぐ死ぬ。多分、私はそれを看取りに来た」

「…………え?」

 少女の口から発せられる衝撃の事実。しかし、こればかりは俺も信じられない。俺は疑念の目を少女に向ける。

「突然何を言っている? 俺がもうすぐ死ぬってどういう意味だ?」

「どうもなにも、そのままの意味」

「いやいや、分かんないって。寿命が見える能力で俺の寿命を見たのか?」

「簡単に言えばそう」

「じゃあ俺はいつ死ぬんだ?」

「…………見せてあげる」

 少女がそう言うと、突然少女の後ろに大きな30という数字が出現する。


 30

 呆然と数字を眺める。


 29

 え……どういうこと?


 28

 カウントダウン? まさか、あの数字が俺の寿命?


 27

 嘘、もう死ぬのか?


 26

 俺の顔から血が引いていき、全身がガタガタと震え出す。


 25

 少女が膝を突き、突然両手を広げる。

「おいで」


 24

 俺はゆっくりと少女のそばに寄る。


 23

 少女の前で俺も膝を突き、少女の腰に手を回す。


 22

 少女も優しく俺の腰に手を回し、ぎゅっと俺を抱きしめる。


 21

 女性特有の体の柔らかさや匂いを感じ、気恥ずかしさと多幸感で顔に熱が溜まっていくのを感じる。


 20

 次第に俺の心が落ち着いてくる。


 19

 人肌の暖かさを実感し、妙な安心感を感じる。ずっとこうしていたい。俺から離れないで欲しい。


 18

 俺は少女を抱き寄せたまま口を開く。

「名前は?」


 17

 少女がゆっくり答える。

「真実の真に白で、真白ましろ


 16

「とても言い名前だ」


 15

「あなたは?」


 14

 俺は端的に答える。

「一誠だ」


 13

 少女は微笑みを俺に向ける。

「素敵な名前」


 12

 心がポワポワするような、妙な暖かさを感じながら言う。

「ありがとう」


 11

 心に未だに残っているモヤモヤした何かを感じ取る。


 10

 残り十秒を切った。俺はじっと真白を見つめると、真白も何かを察したかのように見つめ返して口を開く。

「言いたいこと、全部言っていいよ」


 9

 残り僅かの人生。妙に時間がゆっくりに感じる。僕は唇を震わせ、心のモヤモヤを吐き出す。

「ずっと、辛かった」


 8

 真白は俺の頭を撫でる。

「うんうん、それで?」


 7

 もう終わる人生だ。全部言ってすっきりしてしまおう。

「ずっとずっと辛くて、嫌なことばっかだった」


 6

 俺の耳に直接伝わる、優し包み込むような甘美な声。

「うんうん、凄く分かる」


 5

「でも、この生活ももう終わるんだよな? もういいんだよな?」

 目尻から熱いものがこみ上げ来る。気付けば俺は大量の涙を流し、真白の服を汚していた。


 4

 真白は俺の涙を気にすることなく、ずっと俺を抱きしめてくれる。妙に涙が止まらない。涙を流すの、いつぶりだっけ? 会社で働いていた頃は涙なんて出なかった気がする。


 3

「もう、辛いことはないんだよな? そうなんだよな?」

 ズズズと鼻水をすすりながら言う。顔は酷い有様だろう。


 2

「大丈夫だよ。大変だったね。ゆっくり休んで、一誠」

 1

 真白の言葉が心にすんなり入ってくる。今までのことを全て忘れて、今この瞬間だけを感じ取る。

  

       

                                                   …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………もう死んでもいいや。





 0

 最後の数字を見て、俺はゆっくりと目を閉ざす。

 真白の体温を感じる…………そして俺は、永遠の眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神と三十秒の命 @xsukurix

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る