血:定め、記憶ー前編ー

「ここや、ここに鎌上サンがおるで」

 兎狩さんの先導でたどり着いたのは漸諫教が保有している自然公園の中の施設であった。見た目はなんの変哲もない2階建ての施設に見える。

「これは…何ですか?…観測所?」

 まさか車で向かうとは思わなかった(なぜか兎狩さんが側に停めていたものに乗ることになった。黒のクラウン、いい趣味だ)僕は目の前の思いもよらない光景に少し戸惑う。

「いやいや、もちろんちゃうで」兎狩さんはそういうと扉を開け、室内へずかずかと歩いていく。その後を追うと、エレベーターの前で足を止めていた彼に追いつく。

「まぁまぁ、入ってみ?」扉が開くとともに促されたため、言われるがままに入る。中に入ってが、やはりどこにでもある何の変哲もないエレベーターに見える。2階しかないためボタンが2つしかないのが何となく寂しい。

「でな、ここやねん」兎狩さんは開閉ボタンの下をコツコツと叩く。よく見ると、そこは何数ミリほどの空間ができているのがわかる。

「それをこうして、こう!」そういうと、兎狩さんは胸元からカードキーのようなものを取り出すと、その空間に挿入する。そしてしばらく待つと、1階と2階の間の空間がスライドし、新しいボタンがせり出てきた。兎狩さんがそのボタンを押すとゴウゥゥンという音と共に下に降りていく。

「漸諫教の幹部しか入れない秘密の研究室。そこに鎌上サンがおるってわけや」兎狩さんが自慢げにいう

「漸諫教は僕の知らないことだらけですね」という僕に対し

「そらそうやろ、そもそも菱也君はこれまで漸諫教を避けてきたわけやし」兎狩さんは言う。

「そうですね…僕は父のことも、何も知ろうとはしていませんでした」

「責めるつもりはないねんで、君と僕は違うんやし。それに、今の君はもう自分が何をすべきか分かっとるようやしな」

「えぇ…そうですね」仇を取る。それからが僕の人生たたかいの始まりだ。

 そんなことを考えている間にエレベーターが停止する。

「ほな、俺はここで待つことにするわ。正直見たい気もするけど、俺にはその資格はなさそうやからな」

「えぇ、あなたはそこで僕が来るのを待っていてください」

 僕はそういうとエレベーターから降り、通路のさきに1つだけ設置された扉へと向かう。

「菱也くん、頑張りやー!――も待ってるからなー」ぶんぶんと手を振る兎狩さんに背を向ける。最期の言葉が少し気になったが、それについて考える前に扉についてしまったのでそのままドアノブを捻って中に入る。

「君は…まさかここに辿り着くとはね…」

 そこは開けた場所だった。僕の視線の先の扉は開いており、そこから出てきた影が僕を見て驚いたような声を上げる。

「ちょっと用があるって兎狩さんにお願いしたら、快くここまで案内してもらえまして。ちょっと今お時間いいですか?」

 僕は努めて平静を保ち、の下へ歩み寄る。も軽く頷くとこちらへ歩みだし、僕らは3メートルほどの間隔まで近づいたところで足を止めた。

「それで、菱也くん。私に何の用なんだい?」

 彼の問いかけに僕はわざとらしく肩をすくめる。

「いえね、僕、誰が父を殺害したのかわかっちゃったんですよ」

「ほう、それは私が殺したあの鬼の仕業ということで片が付いたのではないか?」

「いや、それがね、どうやら違うみたいなんです。どうやら犯人は父を殺した際に父の依代を持ち去ったらしいんです。あなたは何か知ってたりしますか?」

「見たことはあるかもしれないな…確か刀だったような…?」

「ですね。それがどうやらここにあるらしいという噂を耳にしまして、こうして確認しに来たというわけです」

 張り詰める雰囲気。鎌上の顔は変わらないが、纏う雰囲気が感じたものと同質に変化していく。望むところだ。徐々に体の熱が高まっていくのを感じながら僕は何事もなかったように続ける。

「それで、私を怪しんでいる、というわけかい?」

「いやいや、まさか鎌上さんがそんなことをするとは思ってませんよ。でも、噂であれば早めに払拭しておいた方がいいじゃないですか?」



 僕がそう言った途端、鎌上の姿が一瞬消える。咄嗟に横に飛び退るとその場所が大きく凹んだ。

「おやおや、君がどいてどうするんだい?」

 いつの間にか元の位置に戻っていた鎌上が嘲笑わらう。その手には刀が握られていた。

「君が欲しかったのはだろう?」僕の目線の先にある刀をひゅんひゅんと振り回しながら鎌上が言う。その刃は紙のように薄く、軽々振り回す鎌上の様子も相まって、まるで重さを感じられない。緩やかに反った刀身は電灯の光を反射して白く輝いている。

「どうしてそれをお前が持ってるんだろうなぁ?」僕はゆっくりと立ち上がると右手から金棒を出し、構える。

「お前を地べたに這いつくばらせた後、ゆっくりと話を聞かせてもらおう。お前が生きてたらなぁ!」

「君も学習しないなぁ。やみくもに獲物を振り回すだけで勝てると思ってるのかい?」

 金棒を握りしめ、一直線に走り出す僕に対し、鎌上はため息と共に刀を鞘に納めると腰をかがめ、目を瞑った。その姿に背筋に冷たいものが走る。

「―――うぉおおお!!」

 金属質の音が鳴り響くと同時、咄嗟に目の前に構えた金棒に重い衝撃が走る。衝撃を殺しきれず、勢いよく背後まで転がってしまう。

「あれを受け止めるとは、人間にしてはよくやったな」

 無機質な声で賞賛する鎌上。その位置は先ほどから全く動いてはいなかった。

「それ、やっぱり依代かぁ…」ゆっくりと立ち上がる。大丈夫だ、手も足も動く。

「あぁ、君の父上はこれを使う前にやられてしまったがね。しかし、全く…」僕の適当に零した言葉に律儀に付き合ってくれる鎌上。そんな鎌上に向かい、今度はゆっくりと歩き出す。

「兎狩のやつ…これを予期していたのか。全く、煩わしい…」

「え、何か言いました?」

「いや、何でもないさ。…おや、それは?」

 小さく呟く鎌上の言葉をよそに、僕は頭の中で念じる。すると、金棒が風を纏い、大きく渦を巻き出す。

「今度はこいつはどうですか、っと!」勢いよく金棒を振り下ろす。すると金棒を纏う渦が一直線に鎌上の下へと向かう――!

 迫りくる渦を前に、鎌上は先ほどと同じく静かに腰を落とし、目を瞑る。そして数瞬の後、

「…ぐうっ!」

 、僕の右腕に鋭い痛みが走る。どうやら傷が浅いようだが、ぱっくりと傷が割れ、徐々に血がにじんでいる。

「あきらめろ、君では私に届かない」刀を鞘へ納めた鎌上はつまらなさそうに呟く。

「それ、渦まで切り裂けるのかよ…」てっきり衝撃のようなものを飛ばす能力だと思っていた僕は思わず口走る。

「君の父上、漸諫教トップの依代なんだから、強力な力を持つ依代なのは当然だろう」冷たい目でこちらを見つめる鎌上。

 近距離、遠距離共に隙が無い礼装だ。どうやって攻めるか簡単には思いつかない。

「どうした?もう手詰まりか?そちらが来ないならこちらから行かせてもらおう」

 僕がどうするか迷っている間に鎌上がゆらりとこちらに向かってくる。既に勝つことを確信しているのか、その足取りは遅い。急いで立ち上がり、金棒を構える僕。

「教えてやろう。攻撃とはな、こうするんだ!」

 構える僕の金棒に鎌上の一刀が振り下ろされる。


「ぐぅぅぅっぅぅぅううう!!!」


 最初に金棒で受け止めた時とは比べ物にならない程大きな衝撃が僕を襲う。とてもあの薄い刃から生み出されたとは思えないその威力は僕の足を地面にめり込ませ、手に持った金棒を取り落としてしまうほどであった。

 息を吐く間もなく丸腰の僕の腹部に鎌上の足が重く突き刺さる。その衝撃に再び吹き飛ばされ、地面を転がる僕。

「こんなものか!お前は鬼麟と父親の仇をとるのではなかったのか?」

「だまり、やがれ…!」肺の空気を全て吐き出してしまった僕はろくに体を動かすこともできない。そんな僕の目の前に鎌上の靴が見えた、と同時に再び体に衝撃を受け、地面を転がる。避けることもできず、僕はしばらくの間鎌上に蹴られ、サッカーボールのように転がり続けた。

「君には本当に失望したよ」傷だらけの僕を見下しながら鎌上が呟く。

「私に勝てないのはわかっていたはずだ。君との格付けはあの夜既に済んでいるのに、一時の感情に突き動かされるだけで勝てる程度の相手だとでも思ったか!」

 痛みに身もだえする僕は答えることもできず、あらぬ方向を見て荒い呼吸をするばかり。鎌上の言葉もほぼ頭の中に入ってこなかった。

「君を殺せば、私は正式に漸諫教教主の座と安定した研究場所が手に入る。残念だが、になってもらうよ」そういうとすらりと刀を抜き、僕に突きつける。僕は目の前の透き通った刃に向かい、ゆっくりと右手を伸ばす。

「何をしているんだ?最後の抵抗のつもりなのか?」鎌上は鼻で笑い、それを無視して刀を振り上げる。その瞬間


「っく…!うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 甲高い風切り音と共に、鎌上の体がぐらりと傾く。その脇腹は赤く染められている。

「どう、したよ……えぇ…鎌上さんよぉ…」

 を支えにゆっくりと立ち上がりながら僕は言う。

「どうせ、致命傷は、避けたんだろう…?」ようやく立ち上がった僕は、起き上がろうとしない鎌上に向けて必死に言葉を絞り出す。最後の策として先ほど取り落とした金棒を手元に引き寄せ、僕の目の前にいる鎌上に一太刀見舞おうというこの作戦、意表を突くことには成功したようだが、あと少しというところで逃げられてしまった。

「菱也…なるほどな、ネズミの一噛み程度の知恵はあるということか」鎌上はそんなことを言いながら起き上がる。左脇腹に血がにじんではいるものの、体の動きには支障がないようだ。

「だがそれがなんだというのだ。所詮それは初見でしか通用しない技、貴様に打つ手がないのは変わらない!」

「そんなことはないさ」怒りに燃える鎌上の声を受け流し、僕は小さく呟く。

「お前にとってはネズミの一噛みかもしれないが、僕にとっては天啓だった」金棒が僕の手から離れふわりと浮き上がる。そして切っ先がびしりと鎌上を指すと停止した。

「貴様、まさか…!?」鎌上の聞いた事がない声色に口元を緩ませながら、

「さぁ、踊ってみせろ!鎌上ぃ!」そう叫ぶ僕の声に呼応し、

 金棒の突撃をかわす鎌上。油断なく僕を見据える奴の背後から避けたはずの金棒が横なぎで襲い掛かる。

「…追尾してくるのか…これは、なかなか、うっとおしい…な!」

 襲い掛かる金棒を交わし、ときにはいなしていく鎌上。僕は口の中の血がにじんだ唾を吐き出すも、その場から動かなかった。

「…?」

 鎌上がそんな僕の様子を見つめ、眉を顰める。と

「…くっ!?」

 勢いよく彼の顔めがけて迫る僕の金棒。それを何とかかわすも鎌上の顔には一筋の線と共に血液が流れだす。

「こ、これは…!?」

 驚く鎌上。その四肢に少しずつ増えていく裂傷。

「どうだ…お前が殺した…鬼麟の形見は…!…」

 息も絶え絶えになる僕を睨むように見据える鎌上。その視線が僕の右腕に移った瞬間、

…ガキが…!!」

 目を見開き、先ほどまでの丁寧な口調をかなぐり捨てた鎌上。僕は飄々としたふりをしながら、かすれた声で呟く。

「お前が死ぬか、僕が死ぬか…どっちだろうな?」

 僕の右腕には先ほど鎌上に切られた傷がある。まだ新しいその傷からは僕の血が流れていた。しかし、その血は地面に落ちるのではなく、、宙に漂い、鎌上を突け狙う僕の武器へと吸い込まれている。

 徐々に早くなる金棒。鎌上に傷が徐々に増えていく。しかし、

「…」

 鎌上の顔に焦りはない。乱打にさらされ傷こそ増えていくものの、当たると危険な個所を避けることは集中した様子の彼はまだまだ倒れそうにない。

「……」

 それに引き換え僕は目の前が少しずつ暗くなってきた。四肢も徐々に力が入らなくなりつつある。血液を引き渡している分、消耗は僕の方が早いようだ。

 長期戦では僕が持たない。何かもう一つ決め手が必要だ。霞みゆく頭でそれを考える。

「う、うぅ…」

 僕の意識が薄れゆくにつれ、次第に金棒の速度が緩やかになっていく。鎌上は向かってくるそれを他愛もなく弾き飛ばしながら地面に倒れ伏す僕の下にゆっくりと近づいてくる。

「残念ながら燃料切れのようだね。」僕の頭上から鎌上が呟く。必死で顔を上げようとするも四肢にうまく力がこもらず、のろのろと蠢くのがやっとだ。

「ちょっと焦るところもあったが、君の方が耐えきれなかったようだね」

そういうと僕をひっくり返し、顔を覗き込んできた。

は君にはもったいない」そういいながら親指で自身の背後の金棒を指し、

「私にくれないか?そうしたら君の命は救ってやるよ」

にこやかにそう問いかけてきた。

僕は震える手を奴の前まで上げる。そして


「…ふふ、そうか。それが君の選択というわけだね」


 僕に笑顔を深め、鎌上は手に持った刀を振り上げた。

「ではここでお別れだ。あの世で感動の再会でもしてくるんだな」

そういうと、迷いなく刀を振り下ろす。

 僕は笑顔のまま、自分の目前に迫る刀を見つめる。最期の景色となるはずだったそれは、

「なんだ…?どういうことだ…?」

 戸惑ったような鎌上の声。その手に持った刀で命を断つはずの僕の眼前、皮膚一枚のところで静止しているこの光景は奴にとっても思いもよらないことであるらしい。力を込めて押し引きしても全く動かないようで、どうにかしようとしている鎌上の顔に次第に焦りの色が浮かぶ。

 僕は文字通り全てを振り絞り、目の前の刀を無視して鎌上に中指を突きつけながら言い放つ。


「くたばれ…クソ野郎……!!」


 僕の残り全てを乗せた金棒は鎌上の横腹をフルスイングする。

「ぐ、ぐうぉぉぉぉぉ!!!」

 避けることもできず、強かにその一撃を食らった鎌上は弾丸のような速度で吹き飛ばされ、その勢いのまま壁に突き刺さる。轟音が鳴り響いたのち、一転して静寂がこの場を支配する。土煙以外に蠢く気配は何も感じられなかった。


「やったぜ…鬼麟…父さん…」

 指一本も動かせず、仰向きのまま僕は呟く。相打ちの形にはなってしまったものの、何とか鎌上を倒すことができた。これで鬼麟達も浮かばれるだろう。朋美さんには申し訳ないことをしたな、でも彼女はこれで救われるのかもしれない。気が緩んだのかそんな気持ちが次々と浮かんでくるとともに疲労が一気に襲い掛かってきた。それに抗うことなく、意識を手放そうとしたその瞬間、


「お前、は、なんなんだ…!!」


僕の視界の隅、先ほどの衝突で破壊された壁の中から、鎌上がのそりとはい出てくるのが見えた。








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