決:朋美の戦いー後編ー

 小次郎の号令で一斉に襲い掛かる生徒たち。朋美も必死に1階で男子相手に見せたような投げ飛ばしで必死に食い下がろうとするが、物量の差はどうしようもなく、徐々に追い詰められていく。

「ちょっと…離しなさいって…!」

 生徒たちに地面に引きずり倒される朋美。つかつかと歩み寄る小次郎の顔に嘲笑が浮かぶ。

「僕の言ったとおりだったろう?菱也様のクラスに飛び込んできた時点で君は詰んでいたんだ」そういうと朋美の頭を掴み、無理やり顔を持ち上げる。

「だが安心するがいい、僕は菱也様をどうこうするつもりはない。元々少しここで眠ってもらうだけの予定だったからな」

「何を…」苦し気に顔をゆがめながらも小次郎を睨みつける朋美。

「わからないのか?菱也様は元々だったということさ」

 ガスマスク越しに朋美の瞳が驚きに見開かれる。その様子を見た小次郎は満足げに朋美の頭を掴んでいた手を離した。朋美の頭は重力に従って力なくうなだれる。

「菱也様を餌として使うようで僕も心苦しかったよ?だけど君は来てくれた。これでに逆らうことなく、菱也様の牙を抜くことができる!」

 勝ち誇った様子の小次郎は2.3歩歩くと朋美の方に勢いよく振り返る。

「あとは君のそのマスクを外すだけだ。最後の言葉はなんだ?」


「…ふ、ふふ…あんた、…」


 わざとらしく耳を澄ます動作をした小次郎の耳に届いたのは、彼の思いもよらない言葉であった。

「ん?なんだ?そんなんが最後の言葉でいいのか?」

「あたしを押さえれば菱也様が大人しくなる?そんなわけないじゃない…」

 わざとらしく聞き返した小次郎だが、朋美の次の言葉に無表情で黙り込む。


「今の菱也様はね…あたしなんかよりももっと大事な目的のために命捨てようとしてんのよ!」


 顔を上げる朋美。小次郎へ叫び続けるその声は勝ち誇るようなものではなく、どこ無力さを感じさせた。

に会って、菱也様は変わったの!あたしやあんたができないことを成し遂げた、そんなのかたき討ちだっていったあの人の顔、あたしは見たことがない顔だった!」

「今のあの人にはもうあたしは映ってないの!だから」


「あんたのやったことは無駄なのよ!!バーーーカ!」

 全力で朋美は叫ぶ


「…うるさい」

「菱也様は止まらないわよ!必ず鎌上を倒す!精々待ってなさい!」

「うるさい!!」

 小次郎が喚く。その声は先ほどとは違い、余裕などみじんもなく、その声は怒りに溢れていた。

「菱也様はもうすでに僕の手中なんだ!このまま眠らせておけばいいだけの話だ!計画は揺るがない!」

「…!」

「貴様もここで終わらせる!菱也様を救えなかった、その絶望を抱きながら消えていけ!」

 そういうと朋美のガスマスクを外す。すると朋美の瞳がゆっくりと閉じられ、その体も力が抜けたように教室の床にしなだれ込む。

 小次郎の瞳が嗜虐的にゆがみ、彼女を取り囲んでいた生徒たちがゆっくりと離れていく。小次郎の「立て」という声に、朋美は静かに立ち上がった。

「ふん、やかましい口も閉じたか。お前はもう、僕の言うことだけ聞いていればいいんだ。」黙り込む朋美を鼻を鳴らしてみつめたのち、小次郎は菱也の下へ歩み寄る。

 その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。

「そうだ!おいお前!」小次郎は朋美を呼び寄せると、菱也を抱え上げさせた。

「僕が菱也さまを洗脳するところ、その特等席をお前に見せてやる」

 そう言う小次郎の背後からゆっくりと煙が立ち上り、菱也の方へとゆっくりとすり寄っていくその触手が菱也の顔を覆うその時。


「っぐぅぅぅぅ!!」


 小次郎は口からそんな声を上げながら吹き飛んだ。その勢いはすさまじく、吹き飛んだ先の机や椅子をなぎ倒しながらようやく止まるも、痛みに身をよじり、体を起こすのにも苦労している。

「な、なにが…?」混乱した様子の小次郎。そんな彼に向けて、


「菱也様は、あんたなんかにやるもんですか!」


 朋美が怒鳴ると菱也を抱え、よろよろと歩き出す。

「まさか、あいつ…逃がすな!捕まえろ!」

 狼狽した様子の小次郎。彼の命令を受け、生徒たちが一斉に襲い掛かる。朋美は彼らを避けるようにのろのろと廊下と教室をつなぐ扉の反対側へ進む。

「なぜ僕の能力から逃れたのかは知らないが、わざわざ追い詰められてくれるとは、結局そのあがきも無駄になったというわけだ」朋美を端へと追い込んだことで安心したのか、小次郎の口調も落ち着きを取り戻している。そのままじりじりと方位の輪を狭めていく彼らに対し、


「あんたがそう来るのはわかってた。だから、ここからはあたしの!」朋美はそういうと菱也を抱きかかえ、思い切り飛び込む。へと。


 ガシャァァァン!という音が教室内に響き渡る。

「馬鹿な、そんなことしたらお前も無事では――!」

 慌てて割れた窓から外を覗き込む小次郎。その眼下の光景を見た彼は、


「は、ははははは…」思わず力が抜けたような笑い声を漏らした。

 彼の目には姿が映っていた。

「変わらない、君は外に出ただけ、だが一歩も歩けない。菱也様は未だ目覚めない!君の最後の行動はどうやら無駄に終わったようだ!」瞳に涙を浮かべ、心底愉快といった様子で笑う小次郎をよそに、朋美はずり、ずりと残りの力全てを使い、菱也に近づいていく。

「ひし、や、さま…」ほうほうのていで菱也の下までたどり着いた朋美はその頬を撫でると、

「もう、しわけ、ございません…」自分の唇をそっと菱也の唇に押し当てた。

「どうか、ど、うか…」唇を離した後もうわごとのように呟く彼女。そんな彼女を2階から見下ろしていた小次郎の瞳が今度は驚愕に彩られる。

 朋美は安心したように瞳を閉じる。小次郎は気を失った彼女を見る余裕もなく、地上のある一点を見つめている。その顔は徐々に青ざめ、唇は小刻みに震えだした。

「馬鹿な…なぜ…どうして…???」彼はぶつぶつと呟いているが、その言葉は彼の心理をそのまま表わしていた。

「彼女をこうしたのは君だな。僕は――容赦しないぞ?」

 小次郎を見上げ、


    **


 菱也の復活。その情報をまだ受け止め切れていないのか、小次郎は驚愕の表情を浮かべたまま、固まってしまっている。

 そんな小次郎を見つめる菱也の右手に突如金棒が出現した。金棒は渦を巻くと彼の体はふわりと浮かび上がり、2階の小次郎との目線と同じ高さまで上昇した。そのままふわりと菱也は教室に入る。そこでやっと気づいたのか、小次郎が慌てて

「お。お前らっ!いけっ、菱也様を捕まえるんだ!」

 そういうと、彼らはゆっくりと菱也に向かって動き出す。

「お、大人しくしていてくださいね菱也様!」

 小次郎に話しかけられ、無言で菱也は彼を見つめる。

「この学校は私の依代の支配下にあります。私はあなたを傷つけるつもりはないのです」

 小次郎は菱也に話しかけ続ける。その背後からは継続して煙が噴出している。

「あなたもクラスメイトを傷つけるのは本意ではないでしょう?ここは大人しく、私に従っていただけないでしょうか?」

 煙の噴出は止まらず、もはや菱也を覆い隠すほどになっていた。

「君の依代っていうのはこれかい?」煙の奥から菱也が聞く。

「えぇ、えぇ。そうです!この煙を吸えば、たちまち私の意のまま。菱也様にはしばらくお眠りいただければと思います。」


「うん、それは無理だね」


 小次郎のお願いを拒絶する菱也。それに対し小次郎は

「で、ではしょうがありません。にお相手していただくことになります!」というと、菱也のクラスメイト達を煙の周りに囲ませた。

「どうか、どうかお許しを!」鬼気迫る表情で小次郎が彼らに命令を下そうとした刹那。


「僕の、いや、をなめるなよ。」


 菱也の怒気を孕んだ一声。すると彼を取り巻いていた煙が吹き飛ばされる。あまりの風の強さに目を開けられなくなった小次郎の耳に、何か多くの者が倒れるような声が聞こえる。

 風も次第に弱まり、小次郎が薄目を開くと、教室中を覆っていた煙は綺麗に晴れ、菱也がこちらを睨みつけていた。彼の右手の金棒は風を纏っており、先ほど朋美が割った窓に向けてその渦が。驚きで腰を抜かした小次郎に向かい、菱也が一歩歩み寄る。

「君は僕をハメようとしただけでなく、朋美さんを傷つけた。だが、あることを教えればその罪を許してやる」

 金棒を小次郎の目の前に突きつけ、

「教えろ、誰に命令された」

 と静かに問うた。

 小次郎は泣き笑いのような表情になりながら、

「ま、参りました…さすがは漸諫教の初代教主の御子息だ…私などでは遠く及ばなくて当然でした…」といいながら何度も拝んでいる。

「おい、聞いているのか?僕の質問に答えるんだ」菱也は何度も聞くが小次郎は拝むことを辞めようとしない。

 ドゴン!

 苛立った菱也が金棒で床を突くと、大きな音が響く。その音で我に返ったように動きを止めた小次郎に向け、

「答えろ、誰が君に命令したんだ」ともう一度問いかける。すると小次郎は

「鎌上代理です!鎌上代理に菱也様の動きを止めるよう依頼されたのです!」と簡単に口を割った。

「なるほど。やはり鎌上あいつが…」そう呟く菱也に向かい、

「お願いします!私はどんな罰を受けても構いません。私の家族だけは、どうか、どうかお見捨てにならないようお願いします…」と土下座する小次郎。

「鎌上代理が『菱也君は教主の器に相応しくない』などといっていのですが、とんでもない。あなたと戦ってみて分かりました。次期教主は菱也様しかいらっしゃらない。あなた様こそ教主に相応しい方だ…」そういう彼に向かい、

「じゃあ君は今すぐ救急車を呼んで朋美さんを助けてあげてくれ、それで許すよ。」と告げた。後半の言葉の意味が分からないのか、顔に「?」を浮かべる小次郎に向かい、

「朋美さんの分は僕の感知するところじゃない。精々彼女が君を許すまで絶対服従しておくんだね」菱也は努めて無感情で伝えた。

 苦虫を嚙み潰したようにしながらも、菱也の言葉に逆らえないのだろう、渋々「分かりました」というと、彼はスマートフォンを取り出し、電話を始めた。小次郎は依代の能力を解除したので、そろそろ各教室が騒ぎ出すころだろうと見越した菱也は金棒から風邪を噴出し、朋美の下へ向かう。

 朋美の横に止まると、菱也はぽつぽつと話し始める。

「朋美さん。さっきは助けてくれて本当にありがとう。君がいなかったら、僕は今も小次郎君の依代に捕らわれたままだったろう。君はいつも僕を助けてくれるね」

 朋美の瞳は開かない。菱也の独白は続く。

「君のおかげで倒した小次郎君曰く、今回の件は鎌上が裏で糸を引いているらしい。僕は今から奴を問い詰めに行こうと思う」

 朋美は動かない。

「君は僕が無理すると怒るから、きっと今元気だったら僕を止めたんだろうね。君が動けない時に行く、こんな僕をどうか許してほしい」


「必ず帰ってくるから、その時に沢山怒ってくれ」


 菱也は校門に向けて一歩踏み出そうとした。


「ひし、や、さま…」


 朋美が手を伸ばし、菱也のズボンの裾を掴んでいる。

「鎌上は…恐らく……にも…関わって…います…」必死に言葉を絞り出す朋美。

「彼の…部屋の…中に…お父様の…刀が…」

「そ、れは…本当?」菱也の問いに頷く朋美。

「お…気を…つけて…」そこまで言うと菱也のズボンの裾を掴んでいた手が力なく地につく。どうやら意識を失ったようだ。

「朋美さん…君には助けられてばっかりだね…」

 朋美を見つめる菱也。その耳にサイレンが届く。どうやら小次郎の呼んだ救急車がこちらへ向かっているようだ。

「じゃあ、僕は行くよ。から」

 菱也は今度こそ走り出し、学校を後にした。


    **


 ちょうど菱也が校門から出ようとした、その時

「いやー助かってよかったわー…ん?朋美ちゃんは?」

 軽薄な関西弁に対し、菱也は声の聞こえてきた方角を見ようともしない。

「僕を助けるために怪我をしてしまって、今は学校で救急車が来るのを待っています。」

「ふーん、さよか」

 菱也の返答をどうでもよさそうに受け流すと、関西弁の声の主―兎狩は菱也に続く。

「それで?朋美ちゃんを置いて、菱也君はどこ行くんや?」

「決まってるでしょ。鎌上に会いに行くんです」

「ふーん…で、どこに行けば会えるか知ってるんか?」痛いところを突かれたのか、一瞬菱屋の動きが止まる

「…兎狩さんはどうなんですか?」

「俺?もちろん知ってるに決まってるやん」でなければ君の後について来ようとせーへんがな、と続ける兎狩。菱也の足がぴたりと止まると、兎狩の方に向き直った。

「…じゃあ教えてくださいよ」

「別にええで!」サムズアップする兎狩。そんな兎狩に菱也の目は険しくなる。

「…それはありがたいんですが…あなた、鎌上の味方じゃないんですか?」

「まぁ、大人の世界は敵だとか味方だとかそんな単純に割り切れるもんやないんやで~」へらへらと笑う兎狩。

「俺と鎌上サンは一時期同盟を組んでいただけで、今は赤の他人、むしろ鎌上サンの敵よりかな?」

「それを信用しろ、と?」

「信用しろも何も、菱也君には選ぶ余地ないやろ?今鎌上サンの居場所知ってるのは俺だけやし」ぐっと詰まる菱也によるとなれなれしく肩を叩く兎狩。

「安心せい、今は君と目的は同じや。、な」

 なおも信じられない様子の菱也の背中に回ると、兎狩は楽し気に

「ほな、君の復讐の決着をつけにいこか~」といいながら菱也の肩を押し、どこかへと歩いていくのであった。

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