顛:離別、惜別、聖別―間章3―

 菱也の家から退出した鎌上は一人、研究所へ向けて車を走らせていた。

「兎狩は…どうやら中立の立場に回るらしいな」昨日の別れ以降、兎狩との会話は一言もなかった。先ほどの屋敷でのひと悶着でも何事もなかったように酒を飲んでいた彼はどちらかに肩入れしようとする意図はなさそうに思えた。

「私が勝つことは決まっているというのに…愚かな奴め」

 鼻を鳴らす鎌上。たった二週間程度では優位な状態がひっくり返るとは思えず、川那の提案は鎌上にとっては反鎌上派の人間を洗い出し、処分するいい機会程度の認識しかなかった。

「しかし、菱也君が、ね…」

 そんなことよりも鎌上にとっては菱也のあの態度の方が意外だった。鬼麟を倒した自分とわずかであるが拳を交わした彼が、まさか反抗してくるとは思ってもみなかった。

「私に敵わないことは知っているだろうに…まだまだ彼も若いということなのか…」

 邪魔をしないつもりなら放っておくつもりだったが、立ちふさがるのであればそれ相応の対応をしなければならない。前教主の息子といっても、ここで甘やかしてしまうと、自分の配下にも示しがつかない。最悪、彼らには漸諫教から離れた生活をしてもらうことになるかもしれない

「…さて、どうしたものか…」鎌上は選挙に勝った後、菱也達の処遇をどうするか考えていた。その時、


 


「…」

 無言で車のスピードを上げる。ルームミラー、サイドミラーを確認するが、車の中も外も怪しい影は見られなかった。首筋をチリチリと視線が突き刺さるのを感じる

「…」

 続いて後ろを見るふりをして後部座席を確認する。視線の方向にさりげなく目を走らせるが、そこには何もない空間が広がるだけであった。

「…なるほどな。次はこちらも観察するとしよう…」

 何か納得した様子で前を向き、運転に集中する鎌上。その口にはうっすらと笑みが浮かんでいた。そのまま無言でいると、視線をいきなり感じなくなった。

「今のところはといったところか…」

 この力を持つものと直接出会った覚えはなく、研究所で保存していたどの依代とも違う感覚であったので、幹部の者たちが持つものでないことは見当がついた。

「そういえば、菱也くんのボディーガードのあの女…」自分たちが探しあぐねていた鬼麟と菱也の居場所を見つけたと報告しに来た、と兎狩が嬉しそうにしていたことを思い出す。この能力はおそらく彼女のものなのではないだろうか。

「…ふふっ。面白いな、は…」

 嬉しそうに笑う鎌上。

「わかった、存分にやりあおうじゃないか」

 先ほどのこちらの動きを見てくる能力、どうやら相当厄介な能力のようだ。直接被害を及ぼしてくる力はないものの、ようで、こちらの動向は筒抜けになってしまっている。視線を感じるのが唯一の救いではあるものの、能力のON/OFFも任意のタイミングでできるとすると、や相手側に有利な情報を持ち出される可能性が出てくる。

「だが私にも打つ手がないわけではない」

 そういうと、どこかに電話をかける。

「あぁ…私だ。以前お話しした件だがね…そうだ、そろそろ動いてくれたまえ…ターゲットは菱也君とそのボディーガードの女だ…あぁ、順番は君に任せよう…いや、そんなことはしなくていい、君には君にしかできないことがあるのだから、それを遂行してくれればいいのだ。期待しているよ…あぁ、あぁ…それでいい。私は罠を貼るとしよう」

 その後、2,3言会話したのち、鎌上は電話を切った。

「さて、菱也君。戦いはなにも相手を倒せばいいというわけではない。それを教えてあげよう」

ハンドルを握り直しながら呟く。


「私と戦う資格があるのか、試させてもらうよ」


 鎌上の電話相手は電話が切れたことを確認すると、静かにスマートフォンを置いた。そしてゆっくりとあるものを手に持った。

「…」

 無言のまま、しばらくそれを眺めた後、学校の鞄の中に入れる。そして、が壁に吊るされていることを確認し、静かに電気を消した。


 翌日、菱也の高校は大混乱に陥ることになる。それは朋美の孤独な戦いの始まりでもあった。


 



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