顛:離別、惜別、聖別―間章1―

「朋美ちゃん、大丈夫?ちょっと休まないと体に悪いわよ」

「香奈さん、ありがとうございます。でも私なら大丈夫ですから…菱也様を見つけないと…!!」

 菱也が鬼麟に連れられ、屋敷の中から居なくなってから数日、朋美はひたすらシュシュを握り、目を閉じていた。

 菱也がこの屋敷から鬼麟と共に消えてしまった翌日、菱也の父である久祈の死亡の知らせが屋敷中を駆け巡った。幹部の話を盗み聞いたところ、どうやら鬼によって殺されたそうだ。朋美にとってもにわかに信じがたいことであったが、あの鬼であれば得体の知れない力を使って遠くからでも手を下すことなど造作もないであろう。

「菱也様が危ない…!!」

 菱也と鬼麟の仲は悪くはないように見えたが、いつ彼女の気が変わり、菱也に襲い掛かるかもしれない。朋美は気が気ではなかった。慌てて菱也と連絡を取ろうとするものの、スマートフォンを無視しているのか、メッセージや電話は何度しても繋がらなかった。

 そこで何度も菱也のことを千里眼で見ようとしたが、どうやらこちらは鬼麟によって妨害されているようで、飛ばした視界は常に暗闇に覆われ、菱也がどこにいるのか、何をしているのか、何も検知することはできなかった。

 彼女は学校を休み、部屋の中で何度も試してみたものの、結果は変わらなかった。そうして部屋に引きこもる朋美を心配し、香奈は何度か食事を差し入れをするも、あまり手を付けられた様子がなく、今朝、とうとう心配して朋美の部屋に食事と共に見舞いに来たのだった。

「息抜きしないと壊れちゃううわよ。ちょっとおしゃべりしましょう?」

「いえ、こうしている間にも菱也様が―!」

「だから、ちょっと落ち着いて。何度やっても見つけられないなら、別の方法でアプローチしていかなければいけないってことよ。どうやって探していくか、考えるためにも一度冷静になる時間が必要だと思うの」

「…」

 確かに香奈の言うことにも一理ある、と判断した朋美は千里眼を使うのをやめ、香奈が持ってきた食事を摂ることにした。

「…それにしても、このお屋敷も私たちだけになっちゃったわね。なんだか広く感じるわ」

 香奈がポツリと呟く。その目は悲しみに沈んでいた。

 香奈自身も久祈の訃報を聞き、しばらくは仕事も手につかないほど落ち込んでいたが、そんな自分以上に朋美が危うく見えたのか、彼女を支えようと何とか平静を取り戻したようだ。

「そう、ですね…」

「全く、菱也様ったらこんな時に!早く呼び戻してうんと怒ってあげないとね?」

「えぇ…」

 香奈は噛み締めるように答える朋美が簡単な食事を終わらせたことを確認し、

「さ、じゃあそんな菱也様をどうやって探すか考えましょ?」と微笑みかける。

「菱也様本人はどうやら鬼麟によってガードされているようで、私の千里眼では全く見ることはできないようです」

 朋美の報告を聞き、香奈が考え込む

「…となると、取れそうな手は残り2つね。鬼麟が気づかない手段で菱也様を見るか、菱也様本人以外の情報から居場所を推測するか、ってこと」

「なるほど…その2つの手段であれば菱也様の居場所を推測することは可能そうですね」

「朋美ちゃんの千里眼って縮尺は変えられたわよね?」

「え、えぇ…」

「であれば、菱也様の真上から、縮尺は菱也様が見えないくらいにまで変更することはできるの?」

「たぶんできると思いますが……あっ!」

 気づいた様子の朋美に向かい、

「そう、つまりこれと同じことをするってわけ」

 香奈は笑いながら自分のスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動した。

「……香奈さん!どうやら菱也様のことが見えなくなるくらいの縮尺であれば、鬼麟の妨害もなく、見ることができます!」

 急いで目をつむり、集中していた朋美からの報告を受け、顔がほころぶ香奈。

 その後、朋美が見た情報と香奈の手元の地図アプリを照らし合わせ、菱也の居場所を特定することに成功した香奈と朋美は、次にどうやって連れ戻すかを話し合うことにした。

「…悔しいですが、私たちだけでは鬼麟が拒否した場合、連れて帰る力はありません。それは事実です」

「つまり、誰かの協力が必要ってことね」

「そうです。そして私が思うに、今の私たちと利害が一致しているのは、漸諫教の人たちだと思うのです。」

「そうね。彼らは間違いなく久祈様を殺した犯人を捜しているはず。彼らに協力を仰いで連れて行ってもらうのが一番ね」

「以前菱也様を助けていただいた兎狩さんという方に連絡してみます」

 朋美は自分の電話で兎狩と2.3やり取りをすると、許可が取れたようでうれしそうに報告してきた。

「本日の夜にでも救出しに行くそうです。それに連れてってもらえないか聞いてみたところ、戦闘には参加しないのであれば一緒に行ってもいいそうです!」

「あらそう、じゃあ朋美ちゃん、あなただけで行くといいわ」

 てっきり香奈も一緒に来ると思っていた朋美は意外そうな顔で香奈を見る。

「私は私にできることをするわ。菱也様が帰ってきたときのために腕によりをかけてご飯を用意しておくから、必ず連れて帰ってくること、いいわね?」

「わかりました!引っぱたいてでも菱也様を必ず連れて帰ってきます!」

 そういうと朋美は夜に備え準備をしたいということだったので、香奈は朋美の部屋を出ることにした。

「朋美ちゃん、あなたは今を大切にね。なのだから」

 朋美の部屋に寄りかかり、そう呟く香奈の頬に一筋、涙が伝った。



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