生:敵襲―間章―

「はい、これで終了です。お疲れさまでした。」

「…どうも」

 ペコリと頭を下げながら、駒野は目の前の男―確か兎狩と呼ばれていたか―を下から盗み見る。同じ能力者を見つけ、喜び勇んで戦いを挑んだはいいものの、菱也と呼ばれていた少年に返り討ちになった後に連れてこられたのは何ということはない、人気のない小さな病院であった。何人かは途中で帰ったものの、初対面の大人2人に囲まれ、病院に足を踏み入れた際は何が待っているのかと内心かなり焦っていたが、目の前の男から2,3質問に答えたところですぐに診察?が終了した。

「どうやら依代を失ったことによる精神的な影響は特にないようです。体調が悪ければここでしばらく休んでいてもらって構いませんが、もう帰っていただいても大丈夫です。」

 どうやらこの男は既にここで済ませるべき用事を全て終わらせたようだ。彼を引き留めた駒野はどうしても聞きたかったことを聞くことにした。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「…どうぞ」

「私の能力、もう使えなくなってしまったんでしょうか…?取り戻す方法はないのでしょうか?」

「えぇ、もう使うことはできません」

 あっさりと、兎狩という男は断じた。

「あなたの能力は依代と呼ばれる物を身に着けることで解放されるのです。聞いたところによると、あなたを菱也様に依代を破壊されたそうですね。、これはこの能力の持つ絶対的なルールですので」

「そ、そうですか…」

 ショックを受けたような顔で駒野は病室を後にし、重たい足取りで病院の出口をくぐった。

「でもおかしいなぁ…最後の瞬間、確かにカッターの刃は体に当たったように見えたし、実際に服の一部が切れていた。

 それなのに彼には

 …あたしの気のせいだったのかな…」

 誰に届けるわけでもない呟きを零しながら彼女は自宅日常へと帰還していくのであった。


    **


「こいつが菱也様のおっしゃっていた、鬼麟ですか…」

「おう、あたしは鬼麟ってんだ。見ての通り、鬼やってる」

 ここは聖霊山、いつものベッド岩だ。朋美さんたっての希望だったので鬼麟と引き合わせて見たが、二人とも仲良くなれるだろうか。

「しっかしお前、菱也のこと覗きすぎだろ、一日に何度見れば気が済むんだよ」

「な、何を急に言い出すの!?菱也様、こいつの言うことに耳を貸さないでくださいね!」

「あんな時やこんな時も覗いてさぁ、あたしが邪魔してやらなかったらどこまで見られてたことか…菱也、あたしに感謝しろよ?」

「う、嘘ですよ!鬼麟は噓をついてます!私はそんなことしてませんからね!あくまで菱也様の身の安全の確保!菱也様の安全の確保のためですからね!」

「朋美さん、夜は能力禁止で」

「菱也様!?」

 そんないきなり爆弾を投下する鬼麟に朋美さんが大いに慌てる一幕があったり、

「しっかしお前、身長でかいな」

「まぁ、そうですね。私はあなたのように小柄な方がかわいらしくて好きですが」

「そうかー?でもはあたしの方が大きいな、なぁー菱也?」

「な、なんで僕に振るんだよ!お、お前、そのニヤつき、わかっててやって」

「菱也様?何を慌てているんですか?」

「ナンデモアリマセン」

「菱也様?まだ鬼麟の質問に答えていませんよ?私と鬼麟、どちらのが好みなんですか?」

「ど、どうだろうね…僕なんかに甲乙つけがたいよ」

「菱也様?私はと聞いているんですよ?質問には正しい形式で答えましょうね?」

「あーはっはっはっは!」

 今度は僕に爆弾を落とした後、僕と朋美さんを見て鬼麟が大笑いする一幕があったりした。

 引き合わせるよう言われたときは二人の性格が違いすぎるので一抹の不安があったのだが、どうやら朋美さんと鬼麟はなんだかんだ仲良くやっていけそうだ。

 そんな中

「そうだ、菱也」

「ん?どうした鬼麟」

「あの金棒な、あれあんまり出しすぎないようにしろよ?」

「え、なんで?」

「なんでって…お前また?」

「「…は!?」」

 全く思いもよらない言葉に僕と朋美さんは思わず声が重なる。

「死ぬって…なんでだよ!?」

「そ、そんな…どうにかならないんですか!?」

 詰めよる僕と朋美さんに鬼麟は

「だってお前、あの金棒を体に埋め込んだおかげで今生きてられるんだぞ?その金棒を長時間出してたら体の方がどうなるか、なんてわかりきってるだろうが」

 と至極当たり前のように告げた。

 あまりのことに言葉も出ない僕に代わり、

「!?先ほどの戦闘の後からお体に変化はないですか!?」

 朋美さんが慌てて僕の体を診ようとする。

「あー、さっきはあたしも冷や冷やしてな、あの後すぐこいつの体を確認したが大丈夫みたいだったぞ」

 鬼麟のその言葉に僕と朋美さんは力が抜けたように座り込む。

「そういうのは早く言ってくれよ…」

「あの時は話してる暇もなかっただろう?」

 ぐぅの音も出ないでいる僕に向けて

「それに、たとえあの時、お前に言ったとして、お前はこの女を見捨てられたのか?」

「…」

「な?だったら、これからのことを考えようぜ。お前は今、生きてんだからさ」

 鬼麟の言葉になんとなく胸のつかえがとれた気がする僕の腕を引き、朋美さんが僕に向きなおる。

「で、ですが…どうかこれだけにして下さい。菱也様のお体が心配ですので…」

「朋美さん…」

「こいつら、あたし関係なしに隙あらばイチャつこうとしやがる…」

 何故か鬼麟は「鬼のあたしを引かせるなんて大したもんだぜ…」と恐れおののいていた。


    **


「…んでまぁ、危ないかなーと思って助けに入ろうとした瞬間、菱也様が手に金棒みたいなもんを出してな、それでお相手さん何もできずに依代も壊れてもーたんや」

「…そうか」

 漸諫教の所長室、ここで兎狩から白衣の男―鎌上―が先ほどの戦闘の報告を受けていた。

「いやー隠れてみて正解やった。まさか菱也様があんなもんを隠し持っとるとは」

「金棒…と…いったな…それは…もしや…?」

「あぁ、もしかしたらあの鬼の姫さんのかもなぁ。俺が彼女と一度戦った時に感じた、纏う雰囲気が同じやった気がするわ」

「なるほど…つまり…菱也様には…」

「あぁ、姫様とっちゅうことやね」

「お前は…何か…知らないのか…」

「さぁ、それについては依然調査中や。それより…」と兎狩は話を逸らすと鎌上を

「鎌上さん、随分とまぁ、イカツくなったなぁ、もう天井まで届くんちゃうか?」

 その視線の向き先である鎌上は元々180センチと兎狩と目線が変わらないほどの大きさの男であったが、現在は見る影もない。その体躯は優に2メートルを超え、兎狩の頭を1つ分は余裕で上回っている。その体格に関しても、元の細身を白衣で包み込んでいた時とは似ても似つかないものになっていた。腕の盛り上がりは今にも白衣が引きちぎれそうなくらいだし、足もかつての面影は見る影もなく、丸太というのもおこがましい程大きく膨れ上がっていた。

「あぁ…人に遭わない…ようにするのに…苦労するよ…だが10倍も体に馴染んできた…もうすぐ…原液がいけそうだ…」

 以前と変わらぬ理知的な眼差しを備えてはいるものの、体が急激な変化についていけないのか、言葉を紡ぐのに若干の苦戦が見受けられる。

「そうなんか。もう普通の憑き者相手なら依代なしでいけそうやねぇ」

「当然だ…だが、油断してはいけない…相手はあの…鬼なのだから…」

「まぁ、あの姫さま相手なら準備してしすぎるということはないと思うんやけど…」

「あぁ、まだ…この体を慣らすのには…時間がかかる…特に…濃い血を入れる毎に…より時間が必要になるな…」

「しっかし今回見て分かったが、成りたての憑き者に菱也様を襲わせて、時間を稼がせるのはあまり有効とは言えへんで。よほど強くないとサクッと倒されてまう」

「確かに…そうだな…だが、そちらに…関しては…仕方がない…次に行う予定だった行動を前倒しさせよう…」

「へー、すごい自信やな。つーことはもう一波乱起こすための策が何かあるんかいな?」

「あぁ、我々に…目が向かないほどの…混沌を…引き起こそう…手伝って…もらうぞ…兎狩よ…」

 鎌上と兎狩の密談はこの後、夜通し行われることとなった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る