生:敵襲―鬼と依代―

「…ふぅ」

 ショートホームルームを終えて、一息つく。

 鬼麟は自分で言った通り、あの後一度も話しかけてこなかった。そのおかげで授業には集中できたが、何となく彼女の最後の言葉が気になっていた。なんとかそれを頭から追い払い、もうすぐ期末テストも控えているので朋美さんと一緒に勉強しようと思っていると、スマートフォンに連絡がきた。朋美さんからのようだ。

 ―校門でお待ちしております―

 帰り支度を済ませ、下駄箱を出る。すると校門で人だかりができており、その中から声が聞こえてきた。

「お前、若様に近づきすぎだ!若様は漸諫教の教主になられるお方だぞ!お前みたいなのが近づいていい方じゃないんだ!」

「だ~か~ら~、あんたには関係ないでしょ!あたしは菱也を待ってるだけ!」

 どうやら朋美さんと小次郎君たちが言い争っているらしい。

「お前に若様はふさわしくない!とっとと帰れ!」

「はぁ!あんたは何にもわかってない!菱也が若様なんて言われて喜んでると思ってるの!?」

「なんだと―!」

「やぁ、朋美、お待たせ」

 二人の間に強引に割って入る。そんな僕に2人がすり寄ってくる。

「若様!いい加減こいつと会うのやめましょう!」

「菱也!こいつに何か言われても気にしないで!帰るわよ!」

「朋美、ちょっと待ってて?」

「「…え?」」

 引き留めようとする小次郎くんに対し、僕の手を引き校舎から出ようとする朋美さん。僕はそんな朋美さんに一声かけるとその二人の困惑の声が重なった。

「…菱也?」

「あ、あの…若様…」

 どこかおびえたような小次郎くんに向きなおり、自分の気持ちを伝える。

「小次郎くん、朋美は僕の大切な友達なんだ。もしこれ以上彼女にひどいことを言うのなら、それは僕への言葉だと受け取らせてもらう」

 それだけ言うと、蒼白な顔の小次郎くんを置いて、朋美さんと校門へと向かう。僕たちの勢いに押され、

「私、どうしても許せなかったんです」

 帰り路、無言の時間が続く中、ポツリと朋美さんが呟く。

「あいつら、口では若様なんて言っているくせに、菱也様のことは誰も見ようとしていなかった。菱也様がその言葉をどれだけ嫌っているか知ろうともしないで…!!」

 肩は震え、今にもしゃくりあげそうだ。

「別に僕のことを知ってる人全員にわかってもらおうとは思ってないよ。わかってくれる人が一人でもいてくれれば僕は十分なんだからさ。だから、僕のために傷つかないでくれよ」

「菱也様…」

 自然、僕と朋美さんは見つめあう。

「ちょっとごめんなさい。あたし、人を探していまして」

 僕たちの間を突然そんな声が遮った。

「「!」」

「私と同じ高校に通う、高身長で、右手にピンクのシュシュをした人…あら、のようね」

 その人は朋美さんと同じ制服を身に着け、学生鞄を肩からぶら下げている。身長は小柄で少し気弱そうな雰囲気を纏い、肩の鞄から指揮棒タクトがはみ出しているのが唯一の特徴と言えば特徴な、どこにでもいそうな女子高生だった。

「あたし、駒野眞子こまのまこっていうの。今朝見かけたんだけど、あなた、を持っているみたいね、できればあたしにそれを見せてくれるとありがたいなーって思うんだけど?」

「!?」

 その言葉に視線を鋭くし、僕を後ろにかばう朋美さんを他所に、駒野と名乗った少女は鞄から指揮棒を取り出し、左手でどこから取り出したのか、小ぶりの石を朋美さんに向かって投げつけた。

「!くっ!」

 朋美さんは咄嗟に真横に僕を突き飛ばし、その反動で自分は反対方向に飛び退った。

「甘い甘い♪」

「な、何で…ッ!」

 誰もいない方向に飛んで行った小石は、しかし、

 衝撃を殺しきれず、朋美さんが地面に転がる。その様子を見た少女は

「あれ、君、弱くない?それともあたしが強すぎるのかな?」なんてふざけたことを言っている。

 所々痛むようで顔をしかめながら立ち上がった朋美さんは、依然駒野という少女へと注意を向けながら背中越しに僕に話しかける。

「ひ、菱也様…ここはお逃げください」

「な、何だあれ…」

「私にもわかりません…まずはこの場を切り抜けることが先だと思います」

 訳が分からずうろたえる僕を尻目に

「ほらほら、次はもっと痛いのいくよー♪」

 鞄の中から釘をひとつかみ取り出すと、パラパラと地面に落とす駒野。

「踊りなー♪」

 そういいながらタクトを振り上げると、釘の塊が一体となり、とまるで蛇のような群れとなると、一直線に朋美さんへと向かう。

「…!!」

 対する朋美さんは鞄を前に突き出し、防御の構えをとる。

「危ない!」

 思わず声が出る。

 しかし、

 ガガガガガガガガガ!というすさまじい音の後、

「その鞄、鉄板でも入ってんのー?」

 多少驚きの声を上げる駒野を無言で睨みつける朋美さん。どうやらさっきの釘の群れは無事に防げたようだ。

「でもキミ、忘れてないかなー?あたしの能力をっ!」

 タクトを振り下ろす駒野。

「朋美さん、上だっ!」

 僕の声に咄嗟に反応し、その場を飛び退る朋美さんの眼前に釘の雨が降り注ぐ。

「おぉ、よく避けたねー♪でもこれはどうかなっ、と!」

「なんなんだよ…あれは…!!」

 ―おお、騒がしいから来てみたら、面白いことになってんじゃん―

 駒野が振りかぶるタクトに合わせ、釘が暴れ狂う。その群れを朋美さんが必死で避けている姿を見ながら自分の無力さに奥歯を噛み締めていると、頭の中から鬼麟の声が聞こえた。

「なんだよ!今朋美さんが危ないんだ!」

 ―あれ、だな。理性が飛んでやがる―

 苛立つ僕の心が鬼麟の声でスッと冷える。

「鬼麟、あれを知ってるのか?」

 ―知ってるも何も、だからな―

 お前もあたしが戦ってるところを見ただろうがとあきれた声で続ける鬼麟。

 そうか、鬼麟の力を借りれば―!

「なぁ、鬼麟、教えてくれ!どうすればを止められる!?」

 ―一発殴ってやれば目を覚ますだろう。あれはいわばいきなり強い力を手に入れて浮かれてるだけだからな。もっと強い力でわからせてやればいい―

「んなこと言ったって朋美さんは―!」

 ―あぁ、。一人で勝つのは難しいだろう―

 なんだ、鬼麟の言い方だと、まるでような―

「じゃあどうすればいい!?」

 ―あの女ができないんじゃ決まってんだろ―


 ―


「…は?」

 いつものように、簡単に言い放った鬼麟の言葉に、僕の頭は真っ白になった。

 ―聞こえなかったか?お前がやるんだ―

「そ、そんなこといっても僕はあんな能力を持っていない。」

 ―心配すんな。お前は既にあたしからもらっている―

 そういうと、僕の体が輝き、いつの間にか右手に金棒が握られていた。その形状は、鬼麟が持っていたものと全く同じであったが、その重厚な見た目からは思いもよらず軽く、片手で振り回すことも容易な重さだった。。

「こ、これは…」

 ―だ。今はお前のだがな―

「な、なんでこれが僕の体の中に…」

 ―考えるのも結構だが、あの女はいいのか?―

「!」

 そうだった、急がないと―!

 僕は朋美さんを救い出すため、足を踏み出す。

 その場は

「…くっ!」

「アハハ!ホラホラァ!」

 一方的に朋美さんが攻め立てられていた。

 上下左右から襲い掛かる釘の群れに朋美さんが避けるので精いっぱいだ。何度か避け損ねたのか、その白く伸びた足や腕に切り傷が無数に走り、血の赤色がより際立って見えた。

「やっぱり君よりもあたしの方が強いみたいだね」

「この力!このタクトがあたしに力を与えてくれる!これがあれば、あたしは誰だって思いのままだ!」

「君はあたしの踏み台として、しばらく眠ってろ!」

 疲れ果てて動けなくなった朋美さんに、釘の群れが襲い掛かる。

「やめろぉー!」

 夢中で朋美さんの前に走り出し、手に持った金棒を横にして受け止める―!

 手に絶え間なく衝撃が降り注ぎ、一部が頬や腕を斬るが、何とかこらえることができた。

「ひ、菱也様…」

「朋美さん、しばらく休んでて…」

 そういうと駒野に向きなおる。

「へぇー、君も能力者だったんだ…じゃあ、二人であたしの踏み台になってもらおうかな!」

 そういうとにこやかにタクトを振り上げ、こちらに振り下ろした。釘の群れが一目散に僕に向かって襲い掛かる―!急いで金棒を構える僕に

 ―慌てんな、が格上だ。なんせあたしの依代なんだからな―

 僕の頭に鬼麟の声が聞こえる。瞬間

「―!?なんなの、それは―!?」

 遠くから駒野の焦ったような声が聞こえる。しかし今の僕は目の前の出来事を理解するので精いっぱいだった。

―!?」

 僕の握っている金棒が風の渦を巻き、こちらに向かって勢いよく飛んできた釘の群れをその渦で絡めとっていた。焦る駒野がタクトを振るが、釘は全く反応せず、僕の金棒が伴う大きな渦に巻かれたままだ。

「ま、まさかそんな…こうなったら――!」

 釘がタクトで操れなくなってしまったことに気づいた駒野は焦ったように鞄を探り、カッターを取り出すと、芯を順番に折っていく。

「これはとっておきだったんだけど…くらえっ!」

 その声と共に細かく折れたカッターの鋭利な刃が僕に向かって飛んでくる。

 ―無駄なことを。もう

 どこか憐れんでいるような鬼麟の声、そしてその声の通り

「な、なんで!なんでよ!!」

 慌てた駒野の声、そして僕は無言で駒野の前まで歩み寄ると、金棒を向けた。

「諦めろ、

「や、やめ、やめてーーー!」

 彼女に向かって振り上げた右手を思い切り振り下ろす僕、目を瞑って防御姿勢をとる駒野。一瞬の静寂ののち、

 ベギィッ!

 という大きな音が聞こえた。

「…??」

 自分の体に痛みがなかったことを不思議に思った駒野が恐る恐る目を開ける。

 そんな彼女を尻目に、僕は指揮棒タクトに向けて振り下ろした金棒から静かにカッターの刃と釘が落ちるのを見て踵を返し、急いで朋美さんのもとへ向かった。

「朋美さん、大丈夫?」

「え、えぇ…ありがとうございます。」

 立ち上がろうとしてふらつく朋美さんの体を支え、力なくへたり込む駒野のもとへ向かう。

「さて、説明してもらおうか。どうしていきなり襲い掛かってきたのか」

「う、うぅ…」

 下を向いて何事か呟いている駒野。どうやら心ここにあらずのようだ。

「菱也様、失礼します」

 

 朋美さんがそんな声と共に一人で立ち上がると、思い切り駒野の頬を張る。そのまま、自分の赤く染まった頬を押さえ、驚きに目を見開く駒野の胸倉を掴み、前後に揺さぶる。

「なぜ私たちを狙った。菱也様を狙うよう誰かに言われたのか?答えろ…答えろォ!」

「ひ、菱也?知らない、あたしそんな人知らないよぉ!」

「とぼけるな!」

 朋美さんの剣幕に圧され、泣き叫ぶ駒野、その様子を見るにどうやら本当に何も知らないらしい。どうやら朋美さんもそれを理解したようで、揺さぶる手が止まる。

「じゃあどうして僕たちを狙ったの?」

「さ、さっきも言ったじゃん!その女があたしと同じような能力を使ってるのを見たから、嬉しくなって話しかけようとしたの!」

「…」

 思わず朋美さんの方を見つめると、駒野の言葉に思い当たる節があったのか、気まずそうに顔を背けられた。

「そ、それで、あたしの能力を見せようとしてタクトを握ったら、急に意識がぼやけて、君たちを倒さなきゃいけない気がし出して…」

 駒野の独白は続く。

 そういえば鬼麟も憑かれたてだとか何とか言っていたな…

「だ、だから、さっきは急に襲い掛かっちゃったけど、そんなつもりはなくて…ただ仲良くなりたかったの!」

「お前のその言葉をそのまま信じろと?」

 朋美さんの声は冷たい。確かに、鞄の中から釘やカッターを取り出していたことを考えると、危害を加えようとする意図がなかったかはどうかは怪しいところだろう?

「でも、攻撃するつもりがなかったのであれば、なんで釘とかカッターナイフを持ち歩いてたんだい?」

「あの釘はタクトで操作するときにわかりやすいかなと思って…カッターは護身用よ」

 ―暴走はともかく、そんなもんを普段持ち歩いてるなんて怪しいやつだな―

 鬼麟の言葉に思わず頷く。とりあえず無力化に成功したが、彼女をどうしたらよいかは決めかねていた。

 朋美さんと目くばせし、彼女をどうするか相談しようとしたところで背後からこちらに駆けてくる足音が聞こえた。

「菱也様、朋美さん、ご無事でしたか」

 聞き覚えのある声に振り向くと、いつものスーツ姿で兎狩さんが立っていた。背後に同じくスーツ姿の男女が控えていた。

「「う、兎狩さん(様)!」」思わず僕たちの声が重なる。

「未確認の憑き物の反応が発生したので駆けつけましたが…お二人ともお怪我はないでしょうか?」

「はい、菱也様に怪我はありません。先ほど私と菱也様が急に襲われまして、菱也様のおかげで撃退に成功したところです」

「それでこの者が…」

 駒野に近づき、上から下まで目を光らせる兎狩さん、駒野は突然現れた年上の男性におびえている。

「どうやら依代を持っていないようですが…」

「はい、菱也様がその武器で既に破壊してしまいました」

 そういいながら僕の右手の金棒を指し示す朋美さんに遅れて僕の武器を目にした兎狩さんの瞳に軽い驚きが見られた。

「これが菱也様の…」

 それも一瞬、すぐに問題が解決済みであることを理解した兎狩さんは

「どうやら依代は消滅済みのようだ。あとは憑き者に何か異常が起きていないか調査する」と部下に言うと、

「申し訳ないのですが、我々と一緒に来ていただけますか?」と駒野に話しかけた。

「…え?」と混乱する駒野に

「あなたが使っていたものは依代といい、宿主に取り憑くことでその力を発揮します。その依代があなたの精神に悪影響を及ぼす可能性があるので、検査をしていただきたいのです」というと、突然の申し出に困惑している駒野に向かい、

「1時間もあれば終わりますので、ご協力お願いします」

 頭を下げながら、そうお願いした。

 自身の身に何か良からぬことが起こっている可能性があると知った駒野は渋々ながらその申し出を受け、兎狩さんの背後のスーツたちと共にどこかへ向かった。

「あ、兎狩さん!ちょっと待ってもらってもいい?」

 僕の言葉に頷く兎狩さん、そして駒野達の姿が完全に見えなくなった後、ずっと気になっていた質問を切り出した。

「憑き者とか依代って何のこと?朋美さんと何か関係があるの?」

 僕の言葉に音もなく体を縮こまらせる朋美さんを他所に兎狩さんは言う。

「詳細は不明ですが、依代とは憑き者と呼ばれる宿主に取りついて生気を吸い取る代わりに異能の力を与えるもの、ということだけはわかっています。漸諫教は国から憑き者の暴走を鎮圧し、依代を秘密裏に管理するよう命じられている組織の1つなのです。」

「そんな、急にスケールが飛んだ話をされても…」

「ですがそれが事実なのです。あなたも先ほどそれを目のあたりにしたはずです。」

 駒野のタクトを振る動きに合わせ、物理法則すら無視する勢いで襲い掛かってきた釘の群れ…

「通常、しばらく依代を身に着けた後、その持ち主が依代との相性が良い場合にのみその人間の精神の一部が依代と結びついて憑き者となります。その時、まれにですが一部は彼女のように暴走してしまうことがあるのです。」

 呆然として言葉が出ない僕に対し、冷静に話を進める兎狩さん。

「そういったものが周囲に被害を及ぼす前に直ちに鎮圧するのが、我々の仕事なのです」

「じゃ、じゃあ、兎狩さんも…」

「えぇ、私も依代を所有しています。そして、

 僕の問いかけにこともなく答える兎狩さん。

「と、朋美さんが…」

 慌てて朋美さんを見ると、

「はい…」とだけ返事をして申し訳なさそうに俯いてしまった。

「それでは、もうよろしいでしょうか?」

 この場を立ち去ろうとする兎狩さんに慌てて最後の質問をする。

「…その、依代?を壊された憑き者はどうなるんですか?」

「彼女のように、憑かれてすぐであれば大きな問題はありません。念のため、心がダメージを負っていないか検査する必要はありますが」

「それなら、もし長い間憑かれていた人の依代なら?」

「…先ほども申し上げましたが、依代は憑き者の心に寄生しております。長年憑かれていたのであれば、その結びつきは強固なものとなっており、いきなり依代を失うことは憑き者の心に大きなダメージが発生します」

「というと…」

「最悪、精神が崩壊したり、感情を全て失ってしまうことも可能性としてはありえるかと」

 そんな…

「また、依代を多用するということは、その分依代に心を明け渡すということになります。あまり使いすぎないよう、くれぐれもご注意ください」

 そういうと、今度こそ兎狩さんは去っていった。

 ―間違いない、あいつだ―

 ―畜生、変なぶりっ子しやがって!―

 ―おい、菱也、あいつを追いかけろ!―

 兎狩さんがいなくなった途端、鬼麟の声が騒がしく頭の中に響く。どうやら興奮しているようで、捲し立てる言葉は断片的で全容を理解することはできなかった。

「落ち着けって、いきなりどうしたんだよ」

 ―だからあいつだよあいつ!あいつがくっそー、関西弁じゃなかったから気づくのに時間かかっちまったよ!―

「え?何?兎狩さんが?お前をやっつけたやつだっていうのか?」

 ―あぁそうだよ!くっそ、気配を見失った!ぜってー今度お礼参りしてやるからな!―

「菱也、さま…?」

 脳内で気炎を吐く鬼麟に思わず苦笑していると、こちらを呆然と見つめる朋美さんと目が合った。

「…っ!」しまった!人の目があることをすっかり忘れていた!

「…どうやら、お互いに隠し事があるみたいですね」

「いや、これは…!」

 言い逃れのできない場面を見られてしまい、慌てる僕。

「菱也様、お互いに正直になりませんか?」

「う、うん…」

 どうやら僕も立ち向かわなければいけないらしい。


    **


 場所を変えることにした僕らはその後、一度帰宅することにした。僕の安全を考慮して朋美さんが呼びつけた車に乗り、無言のまま屋敷に戻った。

「では、お互いに聞きたいことを質問していくことにしましょう」

 そしてここは僕の部屋、制服から着替えた朋美さんと向き合っている。

「まずは私から。先ほどは誰と会話していたのでしょうか?あなたが先ほど出した棒のようなものと何か関係があるのですか?」

 早速確信をつく質問をしてくる朋美さんにどうこたえるか悩んだ結果、一応確認をとることにした。

「君のことを話さないといけないかもしれないんだが、どこまで話していいんだ?」

 ―お前の好きなようにしろ。あたしはさっきの男に仕返しができればそれでいいんだ―

 鬼麟から許可をもらった僕は、彼女との出会い、そして自分の身に何が起こったかを朋美さんに話した。最初は信じられてはいないようだったが、鬼麟が山の中にいたこと、ストラップから僕と通信していたことを話した時に、「だからあの時は…」と何か納得したようだった。

「それで、お体に異常はないのですか…?」

 話し終えた後の朋美さんの第一声がそれであった。あまり気にしないようにしていたが、金棒を自由自在に出せるようになったこと以外は特に異常はないことを教えると、安心した様子で大きく息を吐いた。その後、

「よかった。それはさておき、今度その鬼麟という鬼を紹介していただきますね?」

 とにこやかなながらもどこか寒気のする笑顔でお願いし、なぜか爆笑している鬼麟がOKの返事を出したところで朋美さんの質問は終わった。

「それでは、菱也様の方から私にお聞きしたいことはありますでしょうか?」

 と申し出る朋美さんに僕は質問をぶつけた。

「じゃあまず、朋美さん、君は憑き者なの?」

 辛そうに頷く。

「依代は?」

「これです」と右手首を示す朋美さん。

「え、ブレスレットが依代なの?」

「い、いえ、そちらではなく、このシュシュです!」

 慌てる朋美さんがピンクのシュシュを指し示す。

「よ、よかった…」思わず胸を撫でおろす僕に恐縮する朋美さん。

「そ、それで次の質問なんだけど、どんな能力なの?」

「そ、それは…」言いよどむ朋美さん。

「む、無理に言う必要はないからね!」

「い、いえ…菱也様は話したのです。私も話します…」

 一呼吸置き、

「私の能力は”視点の操作”です」

 朋美さんは静かに告げた。

「物や人のを起点に、その上下左右どこでも視点を設定し、そこからの景色を視界として見ることができるのです。」

「…」驚きで声も出ない僕を置き、どこか思いつめた様子の朋美さんは言葉を続ける。

「私はこの能力で菱也様をお守りしてきました。ですが、この能力は人の見たくないところや見て欲しくないところも見えてしまう。もし、この…」

 少し言いよどんだのち。

「この能力を持つ私にそばにいて欲しくない、ということであれば、私はあなたをお守りする仕事を、辞めようと思います。」

 一筋の涙と共に朋美さんは静かに心の叫びを吐露する。

「私の家族はこの能力を持った私を使い、各々のコミュニティで優位に立ちまわっていましたが、心の底では私を恐れていました。弱みを握り、脅迫するのにこの能力はうってつけです。家では奴隷のように扱われていた私ですが、反面彼らはその牙がいつ自分に向くのか、常に恐れ、おびえていました…」

「そして結局、私は保護を名目に久祈様に買われ、ここに来ました。初めてあなたと会った時もどうせ私の能力が目的なのだろうと思っていました…」


「ですが、そんなことはなかった。当然です。あなたは知らなかったのですから。」


 涙でゆがむ頬を無理やり微笑みの形に変えて、朋美さんは訥々と続ける。

「あなたのためにこの力を使う、それは私にとって初めての”相手を救うための”力の行使でした。人を陥れず、笑顔にする、あなたが私にこの力の正しい使い方を教えてくれたのです!」

「そんなあなたを困らせるようなことはしたくない。ですから、もし嫌なら嫌とはっきり言ってください」

 そういうと頭を下げ、動かなくなった。

 ―菱也、さっさと返事をしてやれよ―

 頭の中を鬼麟の声が響くが、そんなこと、言われるまでもない―!



「朋美さん、


 恐る恐る顔を上げ、僕の顔を見た朋美さんは、最高の笑顔でこう答えたのであった。


「…はい!」


 …

「一つだけお願いがあるんだけど、僕がこの屋敷の中にいるときはその力をあまり使わないでいてくれるとありがたいかな?」

「…善処します」

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