生:再会―間章―
菱也と別れた朋美は一人、自分の学校へと足を速めていた。
「昨日は本当に散々でした…」
言葉とは裏腹に口角は上がっている。
昨日、自分の部屋に寝具と共に押しかけてきた香奈は、朋美に対して最近の菱也とのことを根掘り葉掘り尋問してきた。朋美も何とか抵抗しようとするも、香奈の手練手管には及ばず、ブレスレットの件も含め、すべて香奈にバレてしまった。
「いやー本当に青春ねぇ」
頬に手を当て、身をくねらせる香奈と夜深くまで話した後、迎えた朝でも食堂で香奈から散々からかわれ、もみ合う姿を菱也に見られてしまった。
「うぅ…」その時の自分のはしたない姿を菱也に見られてしまったと思うと思わず頬が赤らんでしまう。何とか頬の熱を冷やそうとしているとその後菱也から言われたことを思い出した。
―朋美さんは最初に会った時より随分表情豊かになったよね―
「もし、そんなことがあるのであれば…」
―それは、あなたのおかげですよ―
胸にじんわりと暖かい気持ちが広がる。
と同時にその中にじっとりと不安が首をもたげ出しているのも自覚した。
―今、私には過ぎた量の幸せを受け取っていることはわかっている。でも、これだけは絶対に失うわけには…!―
どこか思いつめたような表情の朋美はふと足を止めると道路の脇に身を寄せ、右手のシュシュを左手で握りながら目を閉じた。
すると、朋美の瞼の裏に菱也が教室で座っている姿が浮かび上がった。
「…ん、これは、もや??」
無事であることを確認し、胸をなでおろすもすぐに違和感に気づく。
彼女はこの能力でこれまで何度も菱也の姿を確認してきた。おかげで誰よりも素早く、かつ正確に菱也の居場所を把握することができ、それは彼女の菱也を守りたいという意志に大いに役立つものであった。
しかし、今その能力を使ってみたところ、菱也の姿は見えるものの、これまでとは異なり全体的に霞がかかっており、視界が薄暗くなっていた。そのことを疑問に思っていると
「…??」
もやが消え、今まで通り菱也の姿がクリアに見えるようになった。
その後、何度か試したが、全て今まで通りの明瞭な姿で見ることができたため、さっきのことはたまたまであると結論づけた朋美はもうすぐ予鈴が鳴りそうな時間になっていることに気づくと学校へ急いだ。
「…あれは、まさか…」
その姿を見つめる人影に気づかないまま。
**
「…てなわけで、こいつは姫様の金棒の一振りでやられてもーた、ちゅうわけや」
「そうか」
鬼麟と実験体の対決のことの顛末を告げる兎狩に対し、白衣の男は短く答えた。
ここは漸諫教の研究所―山口昇一という男の暴走で半壊状態になっていたが、予算を多数投資し、急ピッチで復旧作業が進められている最中である―の所長室であった。白衣の男の目の前には兎狩が運んできた男が投げ出されており、その遺体を白衣の男が細かく検分している。
「ただの人間に鬼の血を入れた程度では敵わないか」
「まぁそうやろな。そもそも力の差が明確だったし、姫様の方はまだまだ全力をだしてなかったっぽいしなぁ」
「それにあの女が成長していたと」
「せや、俺と戦った時に比べたらまだちょっと幼い気がするんやが、逃げられた時に比べたら確実に成長しとったで」
「ふむ…どこかで人間の血を吸ったのか…」
兎狩の報告を受け、何事か考え込む男。ここで兎狩は意図的に菱也のことは話さなかった。特に理由はなく、なんとなく面白そうだったからであった。
「それはそうと、依代の方はどうなってるんや?あれもあんたが持ち出したんやろ?」
兎狩は話を逸らす。菱也の父である久祈から依代の捜索を依頼されていた兎狩であったが、それを持ち出したのは山口ではなくこの男であったことはなんとなくわかっていた。
「あぁ、それだがな、適当に町の中にばらまいておいた。そろそろ憑かれる者も出てくるだろうな」
「時間稼ぎとはいえめんどくさいなぁ…」
「お前なら簡単にできるだろうが」
「まぁ、そうやけど」
白衣の男は検分が終わったようで兎狩の方に向く。
「私も今はこいつと同じく、100倍の血を注入しているが、そろそろ体が慣れてきた、次は10倍だな。もう少し待てば原液を注入できる、その時まで頼むぞ」
そう答える白衣の男の腕は研究者とは思えないほど太くなっており、白衣が張り詰めているのがわかる。
「はいはい、わかってますよって」
報告を終えた兎狩がドアへ向かう。ノブをひねる直前に白衣の男の方を振りかえり、
「鎌上サン、今の気分はどうや?」と聞いた。
無言で応じる男を満足そうに見た兎狩は「ほなな」と手をひらひらさせながら所長室を後にした。
鎌上と呼ばれた白衣の男は静まり返った部屋の中、山口昇一の遺体を寝袋の中に詰めていく。そして、ポケットから古ぼけたオイルライターを取り出し、寝袋に火をつけた。メラメラと燃え上がる火を見つめながら同じライターで煙草に火をつけ一服する。何も感情を浮かべていないその目はその火が寝袋のみ跡形もなく焼き尽くすまでじっと炎の揺らめきを見つめていた。
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