生:再会ー浸食する日々ー
ここ最近、僕の頭は2つの悩み事でいっぱいだった。
1つ目は朋美さんである。
僕が熱中症で倒れた後、ますます朋美さんは僕のそばを離れなくなってしまった。放課後、いつもの自習室で時間をつぶそうとすると朋美さんから連絡が来るようになり、そして玄関に向かうと朋美さんが待っていることが増えてきた。
「菱也に会いたかったのよ」
部活動へ向かう生徒や帰宅しようとする生徒がいる真っ只中で猫を被った朋美さんが微笑みかけてくる、それを見た周囲の人間の鋭く冷たい視線が僕に突き刺さる。おかげで僕が他校の女子生徒と付き合っているという噂は全校規模で広がり、もはや鎮火は絶望的であった。
そんな朋美さんに脅威を感じたのか、小次郎くんたちは昼休みに話しかけに僕のクラスに押しかけるようになった。隣りのクラスの小次郎くんに至っては授業の合間の休憩時間の度に僕のもとに来るため、その積極的な姿勢にクラス内に僕に対する同情の空気が漂っている時すらあった。(目を輝かせ、こちらに話しかけてくる小次郎君は子犬のようであまり無碍にはできず、つい話を聞いてしまう僕も僕だが)
話を朋美さんに戻そう。彼女の猛攻は屋敷に帰っても続き、トレーニングや勉強といった時以外にもなるべく僕と一緒にいたがるようになった。
彼女曰く、「菱也様は熱中症から回復されたばかりなので心配なのです」ということだったが、その対応はちょっと度が過ぎている気がするレベルで、どこまでも僕についていこうとするほどであった。ちなみにトイレから出たときに入口で棒立ちしていた時もあり、その時は思わず声が出そうになるほど驚いた。
「トイレくらい一人で行けるよ…」何度かそういったのだが、「いけません」の一点張りで、彼女にしては珍しくかなり強情であった。
彼女の方がトレーニングなどで僕と分かれることは何度かあるのだが、その際に僕がその場から移動していても彼女はすぐさま僕を見つけてしまう。
「菱也様のことは何でもお見通しですので」、誇りと照れが入り混じる笑みを浮かべながらそういい放つ朋美さんに僕は何も言えなかった。
2つ目の悩み事はそんな朋美さんが僕を聖霊山から遠ざけようとすることである。
鬼と名乗る彼女、僕という人間を殺す価値がないと断じた彼女、そんな彼女に僕はなぜかもう一度会いたくなっていた。会ってどうなる、殺されるかもしれない、それでも彼女に会いたくなった、会って、話をすれば、僕の中の何かがどうにかなる気がしたのだ。そこで、朋美さんのいない隙を狙って山へ行こうとするのだが、これが非常に困難なのである。
朋美さんは僕が体調を崩した原因が聖霊山にあると考えているようで、決して僕を聖霊山に近づけようとしなかった。僕の居場所を手に取るように把握している彼女に対し、僕は何とか山へ行く隙を見つけようとするのだが、彼女の方が1枚も2枚も上手だった。結果、僕は日々自室から山を見ることが精々だった。
「うーん」
「どうしたのですか菱也様?」
夕食中、悩んでいる声がつい漏れてしまったのか、香奈さんに気づかれてしまった。
「最近朋美さんがなるべく僕と一緒に居ようとしてくれてるのですが、ちょっと度が過ぎてはいないかな、と思っちゃいまして…」
「そうねぇ」と自分も思い当たる節があったのか腕を組み唸る香奈さん。
「菱也様がいいならと思ってたけど、確かにあれはちょっとやりすぎですよねぇ…」
どうやら部外者の目から見ても最近の朋美さんはおかしいと思うらしい。
「菱也様を心配してのことです」
ボディーガードとして当然とばかりに僕の隣で食事進めていた朋美さんが会話に割り込む。
「でもねぇ、ラブラブカップルでもあんなにいつも一緒にいないわよ?」
「カ、カップル…」
「菱也様だってたまには一人で居たいときはあるわよねぇ?」
「そ、そうなのですか…!」
「うん、たまにはね…」
頬を赤らめたかと思ったらショックを受けたような顔でこちらを見る朋美さんには申し訳ないが、苦笑いを浮かべながら軽く頷く。
「で、ですが私は菱也様の身を守るために…」
「それは分かってるわよ?でもね、毎日一緒にいると付き合う前にマンネリ化しちゃうんじゃない?」
「ま、マンネリ…!?」
どうやら香奈さんの言葉は的確に朋美さんをえぐっているようで、端から見てもかなり興味を引いていることがわかる。
「だからね、少し一緒にいない時間を設けた方がお互いに新鮮味が生まれていいと思うの」
「な、なるほど…」
「よし、ということで今日は私もここに泊まります!」
香奈さんは急にそういうと
「朋美ちゃん、菱也様とのこと、たっっっぷりと聞かせてもらうわよ!」
「あ、ちょっと待っ…!菱也さまぁ~~…」
食事をしている朋美さんの首根っこを掴み食堂を後にした。
香奈さんはここには住んではいないものの、たまに食事の用意などで泊まり込みになることがあり、そのために泊まる用の衣服や道具を常にこの屋敷に置いているので心配はないが、1対1で根掘り葉掘り聞かれるであろう朋美さんがちょっと不憫だった。
「…とはいえ香奈さんに後でお礼を言っておかないとな」
その時のことを考えると少し憂鬱になるが、今は彼女が用意してくれたこの時間に感謝しよう。そう思いながら残された部屋で僕は1人食事を続けた。
**
食事を終え、朋美さんの分も含めて後片付けをした僕は自室に戻り、いつものように窓を開け、外の空気を吸う。もう夏が近づいているのもあり、かなり緑の匂いがした。そして山を見ると
「…?」
どこか違和感があった。しばらく目を凝らし、異変に気付く。
「あれ、何だろう…」
この前僕と彼女があったベッド岩、そのあたりから赤い光が小さく瞬いているのが見える。その様子に奇妙な胸騒ぎを覚えた僕は自室から飛び出て一階へ向かう。
広間から出口へ向かう際は朋美さんに見つかるのではないかと内心冷や冷やしたが、どうやら香奈さんが朋美さんをうまく足止めしているようで、一階は静まり返っていた。これ幸いと僕は忍び足で屋敷から脱出し、聖霊山への道を急ぎ足で向かった。
**
―間違いなく何かが起こっている―
聖霊山へ近づくごとに僕の中の疑念は確認へ変わっていき、早まる鼓動を必死に抑える。
先ほど僕の自室から見えたあの赤い光は徐々に輝きが弱まっていき、僕が山道に足を踏み入れた時にはほとんど見えなくなってしまっていた。木々のさやめきすらわずかにしか聞こえない静寂の森の中、僕はこの前鬼の彼女と会った場所に急ぐ。すると、何かを叫んでいるような声が次第に大きくなっていく。
「…!」
そうしてその場に着いたとき
「――おう、お前か。何でここにいるんだ?」
「ウガァァァァ!」
月明りの中、まるで熊のように大きな何かと対峙している少女が気だるそうに話しかけてきた。以前あった時には気が付かなかったが、まるで小さな角がぴょこんと生えており、その背にはこの前僕に振り下ろされた金棒が背負われている。
「いや、ちょっと山の中に赤い光が見えたから――」
「あぁ、それ、こいつだ。さっきいきなりここに来て光り出して、暴れ出してんだよ」
依然出会った時と同じピーターパンカラーのワンピースを身に着け、世間話のように僕の問いに答える彼女に向け、大きな影が走り出した。その動きは見た目からは思いもよらず俊敏で、いつの間にか彼女の目の前で大きな手を振りかぶっていた。
「ギィィィィィィ!」
「おお、早い早い」
彼女の上半身を削り取らんとする勢いで振り回された獣の腕が彼女に激突するも、弾き飛んだのは獣の方であった。
命を狩りとったという確信から弾き飛ばされたという予想外の結果に対し、距離をとりながら木の陰に隠れようとする獣に対し、
「スカッとしねぇな。まるで弱い自分とぶつかっているような感じがしやがる。」
そういいながら彼女は背中から金棒を引っこ抜き、獣に向きなおる。
「どこからでもかかってこい。一直線にぶっ飛ばしてやる」
という。途端、彼女の姿が消えた。そして響き渡る獣の悲鳴。
慌てて獣の方を向くと、頭を押さえ、徐々に動きが鈍くなっていく獣と、
「まぁ、畜生ではこんなもんか」
手をパンパンと会わせると、何事もなかったかのようにこちらに向きなおる少女がいた。
「お前、この前殺されそうになったのによくここまで来たな」
その声にはあきれ半分、嬉しさ半分という感じだった。
「ちょうど君と会ったところが赤く光ってたから、もしかして何かあったのかと思って」
「ふーん」
そんな一瞬の隙を突き、
「グォォォォ!」
倒れたはずの獣が起き上がり、僕をその太い腕で押さえ込んだ。
メキメキと嫌な音が響き、激痛が走る。
痛みで喋ることもできない僕に向かい、獣がその大きな口を開けた。
「グゥゥゥゥゥゥ!」
口を僕の首筋に近づける。
まさか、また、僕は―――!!
――ぶちぃ!――
どこか他人事のように聞こえるその音の後、僕の体の中の熱が噴出していくのを感じた。体の端から徐々に猛烈な寒さが全身を覆いこみ、力が全く入らなくなってしまった僕の体はまるで紙を折るかのようにパタパタと簡単に地面に倒れこんでしまう。何故かあふれる涙と共に最後の力を振り絞り、手を伸ばす。ごめん、ごめんと誰に向けているかもわからない呟きがもはや声すら出なくなった喉を震わせる。最期に霞む視界の中、差し出した手の先にいた少女が笑った気がした。
**
鬼麟は湧き出る熱に身が焦がれそうだった。
返り血を顔に浴びるほど近くで首を嚙み千切られた少年を見て、義憤に駆られたわけではない。
「へぇ…そんな顔もできるのか」
少し前、自分が殺そうとしたとき、この世のすべてをあきらめた顔で殺されようとしていた彼が、何もできやしないのに「死ぬるべくして死ぬるだけだ」と嘯いていた彼が、まさか、こんな表情を見せるとは。
「おい」
彼の血潮を必死に飲みあさっている獣に向けて彼女は言う、ぺろり、と唇についた菱也の血をなめとりながら。
「気が変わった。こいつは俺の獲物だ。お前にはやらん」
ごぉん!!
大きな音が響くと、その後森は静寂を取り戻した。
頭をつぶされ、ピクリとも動かなくなった獣、その獣の姿が徐々に縮み始めた。
「ん?なんだ、こいつは?」
獣の成れの果て、それは人の姿をしていた。
もし菱也が目覚めていれば、その見覚えのある服装はその人がカフェテリアでひと悶着あった人物であることに気づいたであろう。
「まぁ、考えるのは後でいいや」
しかし、その正体を知る由もなかった鬼麟は骸を一瞥するのみで、すたすたと菱也の方へ歩み出した。
「喜べ。お前は運がいい」
血だまりに足を踏み入れながら鬼麟は言う。その言葉の先にあるかつて菱也だったものの目は涙の筋を残すのみで既に光を失っており、先ほど怪物に叩きつけられたのか、おかしな方向に折れ曲がる手足に力が入る予兆は一切感じられない。
彼女は自身の服が返り血に汚れることも厭わず、菱也の遺体まで歩みを進めると、跪いた。パチン、と静かに指を鳴らすと、空気が渦を巻き、血だまりを巻き上げ彼女の口へと運んだ。
「これで一宿一飯の恩義ってやつだ」
血だまりがきれいに消え去った後、彼女はそういうと、自身の背中から金棒を抜き、何事か呟きだした。すると、彼女の全身が淡い光を纏い、彼女が持っていた金棒がひとりでに浮き、菱也の体に沈み込んでいく。完全に金棒が見えなくなったころ、菱也の顔はいつの間にか血色を取り戻し、静かに肩が上下していた。
「ふぅ」
菱也が呼吸を取り戻したことを確認すると、鬼麟は一息つき、菱也の体を足でつつく。菱也が中々起きないことに業を煮やしたのか、次第に足の力は増していき、菱也が痛みで目を覚ました時には衝撃で1メートルほど転がってしまうほどであった。
「よぉ、おそようさん」
「ぐっ、
目を覚ました菱也が自身をいぶかし気に見ていることに疑問に思った鬼麟。自身の体を見回し、菱也がなぜそんな視線を向けるのか理解した。
「あぁ、見違えたか?」
小ぶりながらもふくらみを主張している胸を張り、そういう彼女の姿は先ほどの子供と見間違うかのような小柄な姿から菱也より菱也と同年代と思しき姿まで成長を遂げていた。菱也の腰ほどの大きさであった身長は菱也の頭1つ分低いほどの高さまで成長し、意識を失うまでの姿とは異なり、体が女性らしい膨らみを帯びていた。
「その声、もしかして君は…?」
声と彼女の頭を見て誰か思い当たったのか、菱也の瞳が驚愕に見開かれる。
「おう、あたしは鬼麟ってんだ。この角の通り、鬼やってるぜ」
そういいながら、菱也に向かってかがみこみ、
「んで、お前は何て名前なんだ?―人間?」
そう、告げたのであった。
**
その後目を覚ました僕は鬼麟と名乗る少女と語り合った。
鬼を自称する彼女に向け、僕は頭の中の?をぶつけようとする(なにせ死んだはずの自分が生き返っているのだ。聞きたいことはたくさんあった)、しかしそんな僕の問いを彼女は一切無視し、
「お前、さっきなんで泣いてたんだ?」
「さっきの死ぬ間際、誰のことを考えていたんだ?」
と、逆に質問を畳みかけてきた。
だが、何しろ無我夢中のことだったためか、全く覚えていなかったことを僕が正直に答えると、露骨に興味を失った彼女は高くそびえ立つベッド岩の頂上に腰かけた。
「それで、さっき僕を襲った化け物はなんだったの?」
そんな彼女を見上げながら僕は聞く。首の骨が痛くなりそうな高さにいる彼女は腰かけている岩に足をぶらぶらさせながら、
「あいつからはあたしと同じ匂いがした。おそらくあたしの血か何かを無理やりぶち込まれた人間だろう」
そこに倒れてるぞ、という彼女の指し示す方を見ても、そこには何かが置かれていたかのような草の凹みはあるものの、人の姿はどこにも見当たらなかった。
「あれー?確かに倒したんだけどなー?」首をひねる彼女はそのまま、
「ま、いっか。そいつにお前が殺されて、心優しいあたしがそれを蘇らせたってわけだ。よかったな、第2の人生ってやつだ」ととんでもない爆弾を投下してきた。
「は?死んだ?生き返った?僕が」
「そうだ」
「なんで?どうやって?」
「あたしのミラクルパワーでちょちょいのちょいってな。まぁ、おかげで相棒はなくなっちまったが」
訳が分からない回答が返ってきて、ますます混乱する僕に、
「まぁ、つまりだ」
そういうと岩の頂上からジャンプ、綺麗に着地し、こちらに向きなおると、
「あたしのおかげでお前は助かった。ということはお前は命の恩人であるあたしにどんな無茶なお願いでも必死で応える必要がある、ってことだ。」
すごく楽しそうな笑みと共に、そんなことを言い放つ鬼麟。
「それで、僕は何をすればいいの?」
おそらく彼女が意図した通り、力なくそう応じる僕に、
「なーに、簡単なことだ」
「これから、あたしに定期的に血をくれ」
「そして、あたしを襲った犯人を捜す手伝いをしろ」
そういい放ったのだった。
**
「まさか、ぼっちゃんと姫様が既に知り合いだったなんてなー」
聖霊山から出て、白衣の男のいる研究所へ足を速めながら、兎狩は呟いた。その背には先ほど鬼麟に叩きのめされた男、山口昇一であった。すでに事切れているようだがそれを背負う兎狩はみじんも重さを感じさせない。
「しっかも姫様、あれ着々と力取り戻しつつあるんちゃうか?」
菱也の血を飲んだ鬼麟の力が大きく増し、自分の気配にも気づかれそうだと感じた兎狩は、どさくさで回収した昇一を背負い、逃げだしてきたのであった。
「百倍程度じゃまだまだ姫様には遠く及ばないってことやね。しかも早めに叩かないとドンドン力を取り戻していくときた。こりゃー早く鎌上サンに報告しないとアカンな。」
誰に聞かせるでもないつぶやきを残し、兎狩は夜の闇に消えていった。
**
「うーん、今朝は大変だったね…」
「ほ、本当に申し訳ございませんでした!香奈さんには私の方からしっかりと怒っておきますので!!」
「いや、朋美さんを責めるつもりはなかったんだけど…じゃあお言葉に甘えて、香奈さんのことはよろしくね」
僕と朋美さんは学校へ向かう道の途中、朝の爽やかさには似つかわしくない疲れ切った表情で会話を交わしていた。
昨日の鬼麟との邂逅の後、僕は細心の注意を払い、自分の部屋まで戻った。誰にも見つからなかったことに一安心し、ベッドに潜り込むと、さすがに疲れていたのかすぐに眠り込んでしまった。
翌朝、朋美さんのノックの音で目を覚ますと、自分が襲われたままのボロボロの服装であることに気づき、どう処理するか考えながら慌てて着替えて部屋をでる。もしかすると昨日の一件が朋美さんにバレているのではないかと不安だったが、どうやら気づかれていないようだった。僕を迎えに来た朋美さんは昨日はあまり眠れなかったのか、その顔はいつもの無表情ながらもどこか疲労の色が見える。
朋美さんと挨拶をしながら階段を下り、食堂に入ると既に香奈さんがいた。鼻歌を歌い、弾むような足どりで食卓へ手に持った料理を並べていくところを見ると大層機嫌がいいようだ。彼女を見た途端、なぜか隣で体が固まる朋美さん。
と、香奈さんがそんな僕たちに気づき、その口の笑みをさらに深めると
「いやー、二人で一緒に食べに来るなんて、おアツいですねぇ~」
というと、僕たちに座るように促す。
今日の食卓は卵焼きに焼いたウィンナーと千切りキャベツがプレートで盛られており、その脇におにぎりという純和風のメニューであった。いただきます、と挨拶をしてから卵焼きを口に運ぶ。噛むと口の中に卵のとろみと程よい甘さが広がり、それを味わいながらお握りに手を伸ばそうとすると、
「へ~、ほ~、ふ~ん…」と香奈さんがこちらをニヤニヤしながら見つめているのに気が付いた。
「…?なんですか?」
「いえ、別に~。」
「ち、ちょっと香奈さん…!!」
とぼける香奈さん、それをみてなぜか慌てている朋美さん。昨日何かあったのだろうか、といぶかしげな僕を他所に
「いや~それにしても朋美ちゃんがあんなに乙女だったとはね~」
「か、香奈さん…!ちょっと黙って…!」
「菱也様、朋美ちゃんってほんとに一途ないい子ですよ~!付き合うなら、絶対!こういう子にした方がいいです!」
「もう、香奈さん!」
流石に耐えかねたのか、朋美さんが香奈さんに飛び掛かる。それをひらりと交わす香奈さんは、さらに僕に向かって
「朋美ちゃん、この前菱也様からいただいたブレスレット、いつも肌身離さず身につけているんですって♪」
そういうと、その声が聞こえたのか、朋美さんはぴたりと動きを止め、徐々に顔全体が赤くなっていく。そこから視線をそらした僕がその細い腕を見ると、確かに金色の輝きが右手のシュシュのところから見え隠れしていた。
「香・奈・さ・ん~…?」
地響きのような低い声がした瞬間、弾けるように朋美さんが跳躍し、香奈さんに覆いかぶさった。
「ちょ、ちょっと、ごめんって、あはははははははははは!」
朋美さんの下から笑い声が聞こえるところをみると、どうやら香奈さんはくすぐられているようだ。もつれあい、二人の服のすそがふわりと上がったり、めくれたりしているその光景から自然と目を逸らし、「僕は先に言って待ってるね」と告げ、学校の準備をする。
「ひ、菱也様!お待たせして申し訳ございません!」
屋敷の外で待つこと数分、朋美さんが玄関まで駆けてきた。急いで身なりを整えてきたようで、まだところどころ服が乱れている。
「いや、まだ余裕があるから大丈夫だよ」
そして現在に至るというわけだ。
「でも、朋美さんは最初に会った時より随分表情豊かになったよね」
「そ、そうでしょうか?」
「うん、特に最近明るくなったなって思うよ」
「…はい、ありがとうございます。」
うつむく朋美さん、その表情はうかがい知れないが、その嚙み締めるような声は僕の耳に優しく響いた。
「…?菱也様、これ、イタチのストラップですか?」
視線の先に何かを見つけたのか、朋美さんは僕のスマートフォンについたストラップに気づく。それは白いイタチを模した、小型のストラップだった。
「う、うん、まあね。ちょっといいなと思ってさ」
「とてもお似合いですよ」
にっこり笑う朋美さん、すると、僕の学校の校門が近づいてきた。
「では菱也様、これで、また放課後にお迎えに上がります」
そういい、ぺこりと頭を下げると自分の学校に向かって歩き出す朋美さん。それに手を振ってから校舎に入ると、
―なるほど、あれがお前のお気に入りというわけだな―
「そんなんじゃないよ。彼女は、なんていうか、その…友達だよ」
―ふーん、お前がそう思っているならそういうことにしてやる―
先ほどのイタチのストラップが動くと同時に僕の頭の中に鬼麟の声が響く。
昨日、鬼麟との別れ際、彼女が僕に手を差し伸べたかと思うとその手の中にはこのイタチのストラップが握られていた。
「こいつを通じてお前の頭の中にあたしの声を届かせる。これであたしはお前の目を使って探し物ができるってわけだ」
だからずっと身に着けておけ、と念押ししていた彼女の言葉は俄かに信じがたかったが、こうして実際に声が聞こえることを考えると、どうやら彼女は魔法のような力を持っているらしい。
―あいつ、どこかで見た気が…あぁ、そういうことか―
「何だよ、言っとくけどこれから授業が終わるまでは話しかけてこないでくれよ。独り言を話している変な奴だと思われたくないんだ」
―了解了解、ん?この感覚は…?―
「若様!」
「あぁ、小次郎くん、おはよう」
「おはようございます!本日も聡明なお姿、お会いできて光栄です!」
同じタイミングで登校したのか、小次郎君が話しかけてくる。校舎に入り、下駄箱で靴を履き替えようとすると、ふと、嗅いだことのない匂いが鼻をついた。
「なんかいい匂いがするね」
「は、はい!実は昨日、いつの間にか僕の机の上にアロマディフューザーが置いてありまして、恐らく姉がいらないものを押し付けてきたんだと思いますが、試しに使ってみたんですよ。そうしたらすごく気分が落ち着きまして、おかげで昨日はすごくよく眠れたんですよ!」
多分その匂いが服についていたのかもしれません!という小次郎君。彼のいう通り、その匂いを嗅いでいると心が落ち着き、どことなく眠たくなってきた。
「授業中寝ないように気を付けないとだね」
「は、はい!死んでも眠りません!若様との約束ですから」
「いや、そこまでは言ってないよ…」
そんな意気込む小次郎君と別れ、自分の教室に入る。始業前に雑談をしているクラスメイトの脇を抜け、自分の席に着いたところで、
―菱也、あの女と言い、さっきの男と言い、お前の周りにはあんな奴らがいっぱいいるのか?―
「もうすぐ授業だからさ、その後にしてくれよ」
と小声でいうと、
―いや、お前の周りは面白いなぁと思っただけだ。じゃああたしは引っ込むよ―
と言ったきり、声が聞こえなくなってしまった。
「…?」
その態度に少し違和感を覚えるも、直後に担任の教師が入ってきてしまったため、そのことを頭から追い出し、授業の準備を始めたのだった。
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