鬼:Welcome to 非日常―間章―

 世間一般では、漸諫教といえばいわゆる新興宗教である。

 しかしそれは表の顔であり、実はもう一つの隠された顔があった…


「こ、これは…」

 菱也の父、久祈ひさきが絶句している。その表情は後ろに控えている漸諫教幹部達と同様に驚愕に彩られていた。

 漸魂会にて所長の報告を受けたとき、にわかには信じられなかったが、現場に急行した久祈の目前の惨状がありありとを物語っていた。

 漸諫教が運営している自然公園、その地下に密かに建設されているこの研究所は一握りの人間しか場所を知らず、徹底的に秘匿された場所であった。

 そこには謎の巨大な装置や精密機械が所狭しと並べられていたのだが、今はその全てが稼働を停止していた。

「だ、誰がこんなことを…」


 


 全ての機械に巨大な大穴が開けられており、それが機械を沈黙させた原因であることは一目瞭然であった。

 いまだ動けずにいる久祈の背後から白衣の男が1人近づいてくる。

「教主様、でございます」

 その声にようやく我に返り、振り向く久祈。その視線の先の男は眼鏡のレンズを煌めかせ、訥々と言葉を続ける。


「鬼麟と名乗る鬼の鎮圧にて獲得した血液の研究を進めておりまして、人体へ投与したところ、急に手が付けられないほど暴れ出しました。」

「しゅ、守備隊はどうした?」

「直ちに出動したのですが、残念ながら取り逃してしまいました」

 こちら、と男が手を向けた先には重装備の男たちがうめき、順番に手当を受けていた。皆体のどこかに包帯を巻かれており、中には身動きすら満足に取れないものもいる。

「被害はこれだけか?」

「依代がいくつか見当たりません、もしかしたら奪われたのかもしれません」

「な、なんだと!?」

 慌てる久祈に

「そちらについては直ちに捜索隊を編成していただきたく」

「わかった、兎狩君、よろしく頼む。は世に出る前にくれぐれも取り返してくれないと、何かあっては遅いのでね」

「教主様、かしこまりました」

 先ほど菱也を介抱していたサングラスの人物―兎狩―が返事をすると

「では、我々は今後の方針を話しましょう」

 というと研究所内に用意された会議室へと久祈含め幹部集団は移動し、その場には白衣の男と兎狩だけが残された。

「そんで所長さん、はどうやった?」

 サングラスを下ろし、と口調を変えた兎狩の問いに

「予想以上だ。」

 と白衣の男は短く答えた。

「100倍に薄めたものを投入しただけであの有様、暴力の嵐というのはまさしくああいうのをいうのだろうな」

 原液で制御できるのであれば、とんでもない武力装置となるだろうと白衣の男は続けた。

「ほぉ、そりゃあすごい」

「あとは鬼麟というその鬼とぶつけてみたい、100分の1の力を得た彼がオリジナルにどこまで肉薄するのか、興味がある」

「でもあの鬼の姫さんどこにいるか分からないんやろ?そんなの無理やないか?」

 兎狩の問いに白衣の男は即答する。

「鬼は聖霊山にいる」

「それホンマか?なんでそんなスパっとわかるんかいな?」

「どうやら鬼の血を引くものは近くにいるとお互いの存在がわかるらしい」

 そういうと白衣の前をはだけた男。その胸部を見た兎狩の動きが止まる。

 その胸には注射痕の後と不自然に隆起した筋肉が見えた。

「あんた…」

「ああ、」こともなげに白衣の男は言う。

「漸魂会の時に奴の気配を感じたよ。今にも命の灯が尽きそうな弱々しい力だったがね」

「なんともまぁ、マッドなことで」

 そういうと兎狩は何かに気づいたようで頭をかく。

「そういえば姫さんに遭った時に漸諫教って名乗った気がするわー。納得納得。それじゃあここの惨状はあんたの?」

「いや、私が試したのは1000倍に希釈したものだ、あれは別の男に試したときに起こったやつだな」

「そしたらああなった、と」

「そうだ、だから私は徐々にならしていくことにしたよ」

 ひゃー、とおどける兎狩に向け、

「お前に頼みがある」と白衣の男は告げた。

「逃げ出した実験体はおそらく鬼麟のもとへ向かうだろう。お前にはそれを監視して欲しい」

「それだけでええんか?ならやってみてもええけど、依代の方はどうするつもりや?」

「そちらは一先ず様子見でいい。憑き者になるまでは時間がかかるからな」

「了解。教主サンに怒られそうな場合はフォロー頼むで」

 話は終わり、ということで白衣の男は久祈たちが待っている会議室へと向かった。

「聖霊山?聖霊山って確か今日ぼっちゃんが…」そういうと考え込む兎狩。

「ま、偶然ってことにしとこか」

 そう言うと部屋を出て行った。


 ※※


 その日、山口昇一やまぐちしょういちは人生で最も不幸な日を2日連続で更新することになった。

 昨日、1年付き合っていた彼女に急に別れを告げられた。そして茫然自失のままその足でたまたま入ったカフェテリアで漸諫教とかいう新興宗教の教主の息子が女と何やら親しげに話しているのをみてカッとなって詰め寄ったのは覚えている。そこで口論になるも、上手く逃げられてしまい、苛つきが収まらないまま家に帰ったのも覚えている。

 しかしその後、何があったかは全く覚えておらず、気づいたら知らないベッドの上に寝かされていた。手足は何か嵌められているのか、完全に固定されており、動かすことができなかった。

「!?これは、どうなってんだ!?どこだよここは!?」

 訳が分からず身をよじる正一に白衣を着た男が近寄ってきた。

「な、なんだその注射器は!」

「何でもありませんよ。あなたは何も心配しなくていい」

 そういいながら注射器を正一の腕に突き刺し、中の液体を注入する男。

「!う、ぐぐ、ぐぎぃ!」

 途端。全身の血管に熱した鉄を流し込まれたような激痛が全身を覆い、気が付くと知らない場所を走っていた。

「ど、どうなってやがる!なんでこんなに体が熱いんだ!?しかも体の奥底から力が湧き出てきやがる!?」

 その衝動のまま、試しに跳躍してみると、家の塀ほどの高さまで跳躍することができた。全力で走ってみると空を飛んでいる鳥と同じ速度で走っている、しかもまだまだ余力があるのがわかる。

「こりゃすげぇ!今なら俺は何でもできる!確信するぜ!!」

 高揚している彼は気づかない。

 なぜ自分の足が止まらないのか、その足がどこに向かおうとしているか。

「ひゃーははは!」

 上機嫌な笑い声をあげたまま、彼は足の回転を早め、何処かへ走り去っていくのであった。

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