第5話

受付で伝えられた教室に向かえばこれから一年同じクラスで過ごすクラスメイトたちが思い思いに次の指示を待っていた。


近くの席の子に声をかける人もいれば、スマホをいじっている人もいる。ピンと背筋を伸ばし緊張した面持ちで黒板を見つめる人もいれば、中には余裕たっぷり読書にふける人もいる。


なずなは座席表を見ようと前の黒板に近づく。

座席は名前順となっており神元の苗字から席は廊下から2列目の前から3番目。


「なずな!ここだ!」


そうなずなを呼ぶのは天空だった。

天空はすでになずなの席を見つけたらしくその席の周りをうろちょろと落ち着かなく歩き回り、なずなの席の近くにに座る生徒の顔を一人一人覗き込んで、「コイツいい顔してるぞ」だとか「コイツの待受の犬かわいいぞ」など好き勝手に感想を述べていた。


なずなは天空の声など全く聞こえないとでもいうような顔をしてその横を通り、静かに席に着いた。


席につけば天空により「待受の犬が可愛い」と評されていた女の子がなずなを見て控えめに笑った。


「私鈴川優美ゆうみ。よろしくね」


セミロングの髪にくっきりとした二重、前髪は最近よく見かけるアイドルやモデルと同じセットがされている。

よく見れば制服の着こなし方も自分なりにだけど周りとは違いすぎない絶妙なラインをつく計算され尽くした着こなしだ。


清楚だな、優等生ぽいなという印象を持つがガリ勉という感じではなく、先生に頼まれて学級委員とかやりそうなタイプというのがなずなのもった印象だった。


なずなは一つ頷いて「よろしくね」とだけ返した。

そのよく言えば淡々とした、悪く言えば無愛想な態度に優美と名乗った少女は鳩が豆鉄砲を食ったようなキョトンとした表情を浮かべた。

そしてその後ろでは天空が「何やってるんだ!握手の一つもできないのか!」なんて初対面のクラスメイトにするには少しずれた挨拶の仕方を身振り手振りで説明している。

そして挙句には一人二役の一人芝居まで初めて、なずなの視線はついその姿に釘付けとなった。


だけど天空の姿が見えない優美からしてみれば自分の頭上を黙って見つめるなずなの姿にゴミでもついているのかと顔を赤くしてポケットの中から手鏡を取り出した。


取り出された手鏡も控えめに花の装飾があしらわれている可愛らしいもとだ。


「な、なにかゴミでもついてるかな?」


少し上擦った声には


初日なのに、最初が肝心なのに


とでも続きそうだ。


顔を赤くして慌てる姿になずなは控えめに首を振った。


「なにもついてないよ」


頭についたゴミはどこだと鏡片手に慌ただしく自身の頭を触っていた優美は、またキョトンとして、じゃあ、なずなはなにを見ていたんだと怪しむような表情に変わる。


後ろを振り返っても優美の目には何もおかしなものは映らない。


なずなの目には天空が「誤解させたことをとりあえず謝罪だ!」と誰の目にも見えないことをいいことに大声で指示を出している。


高校も今まで通り静かに過ごすことさえできれば良いと考えていたなずなは、友達を作ろうなんて気はなかった。

だから誤解させたことを謝るなんて考えもしなかった。


だけど天空がこうも一生懸命にしているのを見ると、無理やり我を通そうとは思えなかった。


「誤解させてごめんね」


その声のトーンは一定で、人によっては言わされているとも取れるだろうし、運が良ければ緊張しているとも取ってもらえるだろう。


さて、この少女はこの言葉をどう受け取るのか。


特にどう思われても気にしないとでもいうようななずなの表情に、天空はどうか少しでも前向きな捉え方を!!そしてもっというのならなずなの友人に!!と祈ることしかできなかった。

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