第3話

 玄関の引き戸を開ければ庭では蝶が舞い、季節の花々が温かな春の日差しを浴びながら揺れている。まさに春うららその言葉が相応しい光景になずなは眉一つ動かすことなく、道に沿って庭を歩いていく。


そんななずなとは対照的に天空は蝶の舞いを、花の色を、春の日差しを、吹き抜ける穏やかな風を一つ一つを楽しむようにゆったりとその横を歩く。


「今日は本当にいい日だ」


目を細め、春の日を思わせる温かな声でそうなずなには問う。

なずなはその言葉に庭を一瞥した。


「そうですね」


抑揚のない平坦な声音は会話することを拒むように冷たい。

だが天空はそんなことお構いなしに口を開く。


「だけど制服よく似合ってるな、」


「中学ではセーラ服だったが、高校はブレザーなのか、雰囲気が変わりとてもいい」


「そういえば、入学する高校に知り合いはいるのか?」


「はい、一人だけ」


制服に関する感想は聞こえていないかのような顔をして黙っていたなずなだけど、質問されたことまで無視をする気はなかった。


天空は代々自分を祀ってきた神元家に、そしてなずな自身に横柄な態度をとることもない。常に穏やかで気さくに接し、くだらないことも大切なこともよく話す。


その気さくさが元々口数の少ないなずなにとって煩わしく感じることもあれば、家やなずなの悪霊退治について物申される時はつい嫌味な口調になってしまう、が、決して天空自身を嫌っているわけではない。


「中学からの友達か?」


「いえ、父が決めた婚約者です。」


その返答に天空はぴしりと固まった。

天空となずなはここ2週間で互いのことがなんとなくわかりつつある。

この手の話題をこれ以上膨らませれば間違いなくなずなは気をよくしないだろう。


一言二言言いたい気持ちを飲み込んで、天空は「あっ」と高いところを指差して見せる。


「見て、桜だ。入学式に間に合わないかと心配していたが杞憂だったな。」


指の先には満開の桜が弾けんばかりに咲いている。風が吹けばその花を揺らし、ゆらりと花びらを踊らせる。

昨日の晩も桜は見たが、青空の下で見る桜もまた違った良さがある。


綺麗だな、綺麗だな


何度も何度も口に出して桜を褒める天空は先程の話題をごまかすためだったが、その繰り返される言葉はなずなの心の中で一度だけ呟かれた。


今この時までなずなは桜について何かを思うことはなかった。咲いている時はいいが散って、地面に落ちれば数も多く、片付けも厄介なただのゴミだが、隣で綺麗だ綺麗だと騒ぎ立てるのを見ていると釣られてなんだかそれ以上の感想が出てくるような気がする。


「早く行かないと遅刻します。」


「そうだったな、」


再び歩き出した二人は庭を出て歩道に沿って歩いていく。


二人並んで歩く歩道には影が一つだけ歩いていた。



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