第8話 紙に書いてわからなければ、ドン引きだよ?

 「猫田さんの犯行の目的の一つに自分がヒーローになりたい、注目されたいと言うのがあるの。だから、とにかく犯人の行動を肯定して欲しいの。出来るかな?」

 「わ、わかりました。私もプロですから、捜査に協力します」

 特別に手配したラジオ放送直前、くるみは「春男じゃ駄目だから、私が直接説明するよ」と言い、俺から電話を強奪。DJと入念に打ち合わせをしていた。


 そして、放送が始まる。

 くるみは椅子の背もたれに寄っかかり、コーラを飲みながら――俺はミネラルウォーターを飲みながら、固唾を呑んでラジオを聞いていた。

 【皆様こんばんは。今日は特別な日です。現在◯◯銀行◯◯支店で、ある男性の勇気ある行動を実況します! 日本中は今、この男性の行動に注目しています。羨ましいですね! 私にはとても男性の様な勇気はない。まさにヒーローの成せる技!】

 「くるみ……ちょっとわざとらしくないか?」

 「そうかな? 春男の交渉よりはマシだと思うよ」

 ウインクはやめてくれないか?

 俺はこの事件の総指揮官だぞ?

 【――と、言う訳でこの男性は果たして勝利する事が出来るか? この番組内で皆様と一緒に見守りましょう! まずはこの男性がリクエストしてくれた、こちらの曲からスタート!】

 ニヤッとする、くるみ。

 曲が終わり、再びDJが猫田の行動を不自然と自然のギリギリラインで賞賛し始める。

 ジリリリ……

 電話がなった。 

 『もしもし、猫田さん? どしたの?』

 『……ラジオを聞いてるか?』

 『うん。もちろん、聞いてるよ』

 『くるみ……奴は俺を格好いいと言ってたな?』

 『そだね。私も猫田さんは凄いと思うよ』

 『でたらめだ……ちっとも格好よくなんかない……惨めなだけだと思わないか?』

 『惨め? どして? 勇気ある行動だって言ってたじゃん。人質だって一人解放してくれたし、ラジオ放送も実現した――私と猫田さんはうまくやってるじゃん。なんにも問題なくない?』

 『ああ……だが、奴じゃ駄目だ。放送は終わりにしろ! 俺が自分でニュース番組に出演して言いたい事を言う。だから――くるみ、その手配をしてくれ!』

 『うん、わかった。努力するね――番組に出てスタジオで話す? 銀行前でインタビュー形式にする? でも、ごめんね。その手配をする為には、人質の解放が条件になるよ?』

 『…………考えさせてくれ』


 『うん、わかった。じゃあ、連絡待ってるね』



 共感性の効果

 これは、相手中心の話をするのではなく、自分の立場を説明する事で、相手の共感を誘い責任感を感じさせる。

 電話を切った後、くるみは俺に問い掛けた。 

 「もし春男が、隣の家のピアノの音に迷惑して眠れないとするね。どうせ春男はブチギレて頭ごなしにこう言うでしょ?『あなたの出すピアノの音がうるさくてね――やめてもらえませんか?』って」

 「そ、そうだな。だが、普通じゃないか?」

 「駄目だよ。それじゃあ相手は自分の悪い点だけ言われて不快に感じるだけじゃん。不満だけが残って、最悪トラブルになると思わない?」

 「……そうかもしれん……」

 「こう言うのはどうかな? 『私はピアノの音がうるさくて、眠れなくて困ってるんです。夜の演奏はやめてもらえませんか?』って言えば、相手に罪悪感が生まれて、申し訳ないと言う気持ちになって、トラブルにはならないで解決出来る可能性が高くなるよ」

 「なるほど。まずは自分の立場をさり気なく説明する事で、こちらのペースに持っていくのか……」

 「春男が本当にわかってるか不安だから、改めて説明するね。あ、めんどくさいけど紙に書いてあげるね」

 「…………」


 ◯相手中心の話にした場合(駄目駄目な春男の場合)

 「そんな要求をして、君がこれ以上長引かせても何の利益もない。人質を解放したらどうか?」

 →これだと犯人を追い詰めるだけ。


 ◯共感性の効果を使った場合(ちょびっとだけ成長した春男の場合)

 「僕が要求に応えるのには、人質の解放が条件だ」

 →自分の立場を説明して、相手に事態の収束を考えさせる。


 「…………」

 (さっきのはちょびっとだけ成長した俺になりきったのか……)

 「春男、わかった? これでわからなければ、ドン引きだよ?」

 「ああ、もちろんだ。十二分に理解したし、今後の仕事にも活かそう」

 くるみはすでに猫田からの信頼をある程度得ている。だから、この効果がより高く発揮された。

 「春男、ここからは交渉の最終段階に入るけど、何が起こるかわからないから、色々な事を想定しておいてね。頼むね」

 「わかった……」

 くるみの顔が真顔に変化し、緊張が走っていた。

 「あ、でも狙撃班はこの捜査本部に撤収させておいてね」

 不思議だ。

 俺は、くるみのウインクに不快感を感じなくなっていた。

 

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