第7話 ドアの顔とドアの足

 ※あらかじめお断りしておきますが、この作品の登場人物はフィクションです。

 実際の人物とは、100%一切合切微塵も関係ありません。

 


 あなたは、お父さんにお願いごとをしています。

 「ねぇ、お父さん。イノシシ飼ってもいいかな?」

 「イノシシだと? 馬鹿言うんじゃない。駄目に決まってるじゃないか」

 「じゃあ、ぬいぐるみで我慢する。買ってよ」

 「……まあ、ぬいぐるみくらいなら構わんが……」

 「それでね、そのぬいぐるみ3000円なんだけどさ。いいよね?」

 「ああ、わかったよ」

 

 あなたは好きな人に告白しています。

 「pusugaさん、一目惚れしました。あなたが好きです。お付き合いしてくれませんか?」

 「今日知りあったばかりだから、付き合うのはちょっと……」

 「そうですよね。わかりました。それじゃあ、ご飯食べに行くだけならどうでしょうか?」

 「……はい。食事だけなら……」


 譲歩的依頼法

 心理学的にはドアインザフェイスと言う。

 相手に対して、最初無茶な要求をする。そしてすぐに、小さな要求をする。すると、一度断ったと言う負い目もあり、肯定的な返答が得られる事がある。

 くるみはこの会話テクニックを応用したのだ。

 そして食事を終えた後も、猫田と電話で話していた。

 『クラウン用意したからね』

 『わかった』

 『ラジオもあと十分くらいで始まるよ』

 『わかった』

 『ところでさあ、人質のことなんだけど、無事を確認したいから、もう一回声を聞かせてもらえないかな?』

 『……いいだろう』

 『大丈夫です!』

 電話の向こうから女性行員の声が聞こえた。

 犯人が受話器を行員に向けて話させた様だった。

 『ありがとね。あのさ、あと、女性だけでも何人か解放してくれないかな?』

 『……わかった。今話した一人だけ解放しよう』

 信じられない。


 事件発生から2時間半。

 事態は動いた。

 ざわめく捜査本部。

 銀行正面のシャッターが開き、女性行員一人が出て来た。

 歓声と共に拍手が湧いた。

 

 しかし、わからない。

 なぜ、こんなにあっけなく人質が、一人だけとは言え解放されたとは。

 

 あなたは、コンビニの前で困っている友人にバッタリ出会った。

 「どうしたの?ミイちゃん」

 「あ……財布忘れちゃって、500円貸してくれないかな?」

 「いいよ!」

 「あ……ごめんなさい。やっぱり3000円でいいかな?」

「え?……し、仕方ないな~。いいよ」


 あなたは好意を持つ男性と話をしています。

 「ねえ、丹羽君もこの映画見たいって聞いたんだけど?」

 「え? トーリちゃんも?」

 「うん! じゃあ今度の日曜日に見に行かない?」

 「日曜日? いいよ!」

 「じゃあ、ついでにどうしても見たい店が近くにあるんだけど、付き合ってくれないかな?」

 「まあ、ついでだから構わないよ」

 「あとさ、帰りに食事……どうかな?」

 「あ、うん。いいよ」

 (今更断りにくいな……まあいいか)


 こちらは前述のドアインザフェイスの対義語に近い言葉で、フットインザドアと言う。

 最初に小さな頼みごとをして、その流れで本来の大きな頼みごとを成就させる会話テクニック。

 最初に頼みごとを聞いてあげた相手は、自分ははっきり断れない性格、またはノリが良いと自己認識する。また、一度頼みごとを承認すると、その状態や関係性を維持したいと言う思いが強く働く。

 くるみはこの二つを巧みに応用したのだ。

 会話の中でくるみは、猫田からの『お前……くるみはいい度胸してるな?』との問いに、『猫田さんは極悪人じゃないよ。むしろ優しい人だと思うよ。だって、ここまで人質に危害を一切くわえてないじゃん。あと、こんな私とちゃんと話をしてくれているじゃん』と答えていた。

 恐らく猫田は、くるみが認識してるイメージを壊したくないと言う、心理状態が働き、一人だけと言う譲歩で人質の解放を許可したと思われる。

 それはもちろん、この短時間で築きあげた猫田との人間関係がある程度構築されている証明でもあった。

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