第25話 ユメ 小悪魔

「……」


 ユメが多分会ってはいけないであろう父親と会って、しかもその場所がメイド喫茶でどう反応したらいいのか困惑しているような顔をしている。


 ユメの父親はユメと私が仲睦まじく「あーん」なんてしてたものだから、それはそれでどう反応したらいいのか困っている。


 ちなみに今はさっきのご主人様をユメの父親を案内してたメイドと代わってもらって、ユメの父親と向かい合って座っている。


 あのまま接客が出来る状態ではなかったので、ちゃんと話をするか裏に引っ込むか、ユメに聞いたら後者を選んだ。


 私はただの付き添いだ。


「色んな意味で気まずいのは分かるけど、ユメはお仕事中だからね?」


「す、すいません。お父さんと会うってだけで驚きなのに、場所が……」


「それは、うん。私も驚いているけど、先に言わせて欲しいんだけど、通ってる訳じゃないからな?」


 確かに少なくとも私はこの人を見た事はない。


 ユメにもそれを頷いて教える。


「じゃあなんで今日は来たの?」


「それは……」


 ユメのお父さんがユメにちらっと視線を向ける。


「外で店長と話してるのを見たからですか?」


「店長さんだったのか。でもそうだね。死んだはずの娘にそっくりな子が居て、その子がこの店に入るのが見えたものだから」


 人の気配は感じなかったけど、まさか見られていたとは思わなかった。


 別に誰に見られても良かったのだけど、唯一見られてはいけない相手に見られてしまったのだと思う。


「つまりユメが『お父さん』って言わないで反応しなかったら確信にはならなかったと?」


「そうですね。生きてた時のゆめとは全然違いますから」


 確かにユメも死んだら今のギャルの姿になったと言っていた。


 ユメの性格から、前はもっと大人しい感じの見た目だったのだろう。


 勝手な想像だけど。


「そのユメも見たいな」


「嫌です」


 ユメが刺すような勢いで言う。


「あ、すいません。でも、昔の私をカミさんには見られたくないんです」


「別に見せろなんて言わないよ。ただ、昔のユメも可愛かったんだろうなってだけ」


 俯いてしまったユメの頭を優しく撫でながらそう告げる。


 ユメが嫌なら無理に見たいとは思わない。


 だけど今で可愛すぎるのだから、見た目と性格が合っているであろう昔の姿は更に可愛い気がする。


 今が合ってないとは言わないけど。


「それで、その……。ほんとに夢なのか?」


「……」


 ユメが口を開いて閉じるを繰り返す。


 当たり前と言えば当たり前だ。


 死んだはずの娘が幽霊になっているなんて、普通に話しても信じられることではない。


 たとえ信じてもらえたとしても、受け入れられるかはまた別の話だ。


「ユメ、私って邪魔?」


 私には聞かれたくない話もあるだろうし、席を離れようかと思ったが、ユメが私のメイド服の袖をつまんで首を振る。


 場違いにも可愛いと思ってしまう自分が嫌になる。


「じゃあちょっと嫌なこと言うね。ユメが話すって言ったからこの場を作ったんだよ? やっぱり話せないって言うならちゃんと口に出そ。言わなきゃ分からないことだってあるんだから」


 私だって相手の考えが全て分かる訳じゃない。


 ユメの今の考えだって、ぐちゃぐちゃで上手く分からない。


 お父さんの方はなんか気持ち悪くてあまり読みたくない。


「……カミさん」


「なに?」


「勇気をください」


 ユメが袖をぎゅっと握って今にも泣き出しそうな顔で上目遣いをしながらそう言う。


「おけ、じゃあお父さんは少し待ってていただいてもいいですか?」


「私が邪魔者だったか」


「私もいきなり父親が自分の働くメイド喫茶に来たら動揺しますよ」


「それは……、いや、その通りか」


 確かに外で見たとは聞いたけど、それがほんとかどうかなんて分からない。


 それになんとなくだけど、ユメは私に聞いて欲しいことがあるように見える。


「お詫びに何か奢りますよ」


「さすがに高校生から奢られるのは、ね」


 お父さんはそう言うと、メニューを開いてカフェラテを頼んだ。


 それを運んで私とユメは休憩室に向かった。


「それで、ほんとに父親がメイド喫茶に来てて呆れたとかじゃないんでしょ?」


「……は、い」


 ユメがその場にへたり込んだ。


「ユメ!」


「大丈夫です。確かにお父さんがメイド喫茶に来てるのには驚きましたけど、それ以上にお父さんと出会ってしまったことに思うところがありまして……」


 とりあえずユメを支えて椅子に座らせる。


「ありがとうございます」


「それで、何かされたの?」


 ユメの反応からなんとなく察していたけど、あの父親がユメに何かしたのは確かだ。


 表面上は普通だったけど、あの人はどこか気持ち悪い。


「怒らないでください。別に酷いことをされたとかではないんです。むしろ何もしなかったと言いますか……」


「問題は他にあるパターン?」


「さすがですね。私、生まれてからずっと病院で過ごしていたんです」


 ユメが自分の指をいじりながら言う。


「意識はあったんですけど、まともに体は動かせなくて、ほとんどの時間をベッドの上で過ごしていました」


「もしかしてユメがベッドじゃなくてクローゼットで寝てたのも?」


「あ、それはカミさんに悪いと思ったからです」


「そっか、話の腰を折ってごめん」


 ユメが少し笑いながら首を振る。


「それで、そんな私ですから、学校には通ったことがなかったんです」


「だから幽霊になって動けるようになったから学校に通ってるってことね」


「はい。憧れだったんです、普通に学校に通って、お友達とお話して、恋愛は……」


 ユメが私をちらっと見て顔を赤くした。


「アルバイトもその一つなんです。何も出来なかった私の夢」


「まだまだあるでしょ?」


「え? はい」


「全部私が叶えてあげる。私の一生を使って」


 幽霊というものがどういう存在なのかまだよく分からないけど、よくあるのが『やりたいことが全て叶ったら成仏する』ということだ。


 私はそんなの認めない。


「ユメはその姿のまま変わらないのかもしれないけど、私がおばあちゃんになってもずっと叶え続けるから」


「……ほんとに優しいんですから」


 ユメが私の手を握る。


「今決めました。私の一番の夢はカミさんと一緒に居ること。えっと、死が二人を分かつまで?」


 ユメはそう言うと「私は死んでますけど」と可愛らしく舌をちろっと出した。


「もう好き。大好き。一生幸せにする」


 抑えきれなくなった私はユメを抱きしめる。


「……ユメ、私の愛しいユメを傷つけたあの人はどうすればいい?」


 あの人とはユメの父親のことだ。


 ここまで聞けばあの人がユメにどんな仕打ちをしたのか想像がつく。


「読みました?」


「読まなくてもなんとなく分かるよ。読んでもいいなら読むけど?」


「多分合ってるので大丈夫です。カミさんから見てお父さんってどんな人でした?」


「気持ち悪い。なんでかは分からなかったけど、ユメの話を聞いて分かった。あの人偽善者なんだ」


 自分は正しいことをしてると一切疑いなく思っている。


 だから嘘偽りを本気で信じているから、あの人の心は嘘で塗り固められている。


 それがとても気持ち悪い。


「そうですね。私も変わってなくて驚きました。多分なんですけど、お父さんが今日ここに来たのは私を見たからじゃないです」


「だろうね、常連って訳でもなさそうだから、普通に興味があって入ってみた感じ?」


「はい。私のせいで夫婦仲は悪かったので」


「ユメのせいね。歩み寄らなかっただけでしょ」


「そうとも言えるかもですけど……。でも確かにお父さんがこうしてメイド喫茶に来てるのはそういうことなんですかね……」


 ユメが呆れたような顔になる。


 気持ちは分かるなんて言えないけど、私の父が同じようなことをしてたら軽く引く。


「それでユメはどうしたい?」


「正直お父さんとお母さんとは二度と会う気はなかったので、今まで通りでいいんですけど……」


「幽霊のことを隠すとお父さんは粘着しそうだよね」


「しますね。隠さなくても絶対に諦めません」


 やっぱりユメの最初の反応が悪かったと思ってしまう。


「私が悪いですよね……」


「ユメは何にも、一ミリたりとも悪くない」


 ユメが悪いなんてことはない。


 悪いのはユメに病気を与えた神だ。


「じゃあ私が話そうか?」


「カミさんにご迷惑はかけられませんよ」


「ちゃんと見返りを求めるよ」


「なんですか?」


「今日一緒に寝て」


 ユメがポカンとした顔になる。


 私は本気だ。


 一度でいいからユメを抱き枕にしたいと思っていた。


「だめ?」


「そんな可愛い顔で頼まれたら断れないじゃないですか……」


「そ、そんな顔してないし!」


「赤くなった。カミさんってほんとに可愛いですよね」


 ユメはそう言うと私の頬に手を添える。


「キスしたくなる」


「また神井さんの入れ知恵か!」


「私の気持ち」


 ユメはそう言って私の頬にキスをした。


 おそらく私は耳まで真っ赤になっている。


「かわい」


 ユメが舌で自分の唇を可愛らしく舐める。


 その仕草に色々と興奮しそうになるが、それ以上になんとも言えない恥ずかしさがくる。


「ユメの小悪魔!」


「いつものお返しです。もっとします?」


「……帰ったらいい?」


「お仕事中耐えられますかね? 私が」


 ユメはそう言うとまた頬にキスをしてきた。


 その日の夜は大変お楽しみの時間だった。


 ちなみにユメの父親にはユメのことを「ユメという名前の記憶喪失少女」と説明した。


 だから父親かどうかはあやふやで、思わず反応してしまっただけだと。


 父親の方も、さすがに死んだ娘が生きてる訳はないと納得してくれた。


 その後は普通にメイド喫茶を楽しんでいた。


 私から見たら、娘相手に何してんだってことを沢山していたけど、それは私とユメのみぞ知るだ。

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