第24話 ユメ あーん

「お、おかえりなさいませ。ごしゅ……」


「100点」


 ユメが恥ずかしさのあまりに俯いた。


 ユメの指導を初めて早二分、クラシカルなメイド服に着替えたユメはさすがの吸収力で完璧な接客が出来ている。


 何を根拠にって? それは客、もといご主人様がいやらしい目でユメを……。


「ご主人様、あまり私の女を変な目で見るのやめてくれますか?」


「新人メイドと鬼教官メイドの百合だと……。続きはいくら出せば見れるので?」


「練習台になるって話ならメニュー全部いってみようか。そしたら必然的に私とユメの絡みが見れるよ?」


「なんという二択。新人のユメちゃんのたどたどしい接客や、たまに失敗してそれをライちゃんが怒るんだけど、でも最後には慰めて関係が深くなっていくのを見るか、破産か。究極すぎる……」


 ガチで悩んでいるご主人様に呆れたような視線を送る。


 ライちゃんとは私のこと。


 この店では名前を自分で付けることが出来る。私は考えるのがめんどくさかったから本名の雷莉らいりの最初の二文字を取って『ライ』にした。


 ユメはそのまま『ユメ』にするようだ。


「別に、他にもご主人様は居るんで、無理にとは言いませんよ? 他の人に頼むんで」


「……分かった。ユメちゃんの為だ」


「自分の為でしょ。まぁいいや、ご主人様の太っ腹に甘えますね。帰る頃にはその身まで太っ腹になってそうですけど」


「当分は水だけで生活しようかな……」


 思い詰めるご主人様を無視して席に案内する。


「カミ、じゃなくて、ライさん、いいんですか?」


 案内していると、ユメがメイド服の袖を引っ張っりながら私に言う。


「何が?」


「お客さ、じゃなくてご主人様への対応とか、お金を使わせるみたいなやり方とかです」


「対応は普通の店ならアウトなんだろうけど、この店はさっきも言ったようになんでもいいんだよ。メイド喫茶に来る人達って基本的にオタクじゃん? つまりはさ、普通の対応なんて求めてないんだよ」


 オタクというのは偶像を愛する。


 ただの営業スマイルを貰うより、蔑んでもらった方が喜ぶ人が多いのだ。


 だからこの店にはマニュアルというものが存在しなくて、最低限のルールだけを守ればどんな対応をしてもいいとのこと。


「さすがにキレキャラとか言って殴り掛かるのとかは駄目だよ? でもそういう当たり前なことさえ守れば好きなように接客していいの」


「好きなようですか……」


「難しく考えないでいいよ。私みたいに素でやるんでもいいんだから」


「怒られたりしないんですか?」


「そりゃ接客業だからクレーマーはいるよ? でもここではそういう人達がおかしいだけだから別に気にはならないかな」


 まぁそれは私が特殊なのもあるのだろうけど、いちいちきにしていたらキリが無くなる。


 私に非があってのクレームなら改善しなければいけないけど、あいにくと私の接客は何故か人気があるらしい。


 だから私はそのクレームがあった後に常連のご主人様のテーブルで言われた通りに接客をしたら、何かあったか心配された。


 理由を話したら、集まったら最強のオタクパワーでいつの間にかクレーマーが撃退されていた。


 そして私は今の接客を続けている。


「いやでも、あの時のクソクレーマーが今では常連だからね」


「あの時はほんとに失礼しました……」


 今テーブルに案内している三十代前半ぐらいのご主人様がそのクレーマーだ。


 どうやら他の常連から延々と私の良さ? を語られ、新しい扉を開いたそうだ。


「クレーマーをも虜にするライさん、かっこいいです」


「そんなキラキラした瞳で見ないでよ。ユメはなんでそんなにかっこよさにこだわるの?」


 かっこよさとは違うのかもしれないけど、ユメと初めて出会った日も、私が風奏にデコピンをした時もキラキラした瞳を向けてきていた。


「えっと……」


「秘密ならいいよ。それより、ここに座れやぁ」


「その適当な感じがライちゃんだよね」


 私は微笑んでいるご主人を席につかせると、置いてあったメニュー表を片付ける。


「とりあえず端からでいいですよね?」


「あ、やっぱり全メニューですか」


「別に好きなのだけでもいいですけど、全メニューを頼んでくれると、特別に私達の仲睦まじいところを見れますよ? ってだけなので」


「ライさん、そういうの大丈夫なんですか?」


 ユメが耳打ちでそう聞いてくる。


「さっきも聞いてきてたけど、私はあくまで勧めてるだけ。嫌なら嫌で別にいいし。それだと私とユメのサービスショットは二度と見れないだけだし」


「ライちゃんって結構がめついよね。わざと聞こえるように言うんだもんなぁ……」


 ご主人が財布を開いて中身を確認しだした。


「電子マネーもカードも使えないから、そこそこの現金は持ってきてるけど、足りないんだよね」


「じゃあ残念ですね。私とユメは他の金づ、じゃなくて、ご主人様のところに行ってきますね」


 思わず金づるなんて言いそうになったけど、きっとバレてない。


 ユメからは心配そうな顔を向けられて、ご主人からは乾いた笑いをもらった。


「全部は無理だけど、少し多めに頼むから」


「まぁお金落としてくれるなら」


「言い方よ。でもそこがライちゃんのいいところだもんね」


「そういうのいいんで注文どうぞ」


 無駄に褒められて? 気恥ずかしくなってきたので、さっさと注文を取って逃げたい気持ちになる。


 それを察せられたのか、ご主人様とユメに小さく笑われた。


 そしていつもより二品多く頼んでくれたご主人の席から厨房に向かう。


「なんだかすごいですね」


「なにが?」


「結果的に、いつもより沢山注文を取ってることです」


「別にすごくないよ。ここに来る人って、財布の紐が緩いから、サービスとか言えば大抵注文増やすから」


「そうだとしても、最初にメニュー全てって言ったのって、結果的には増えてることに違和感を持たせない為ですよね?」


「それは結果論。本気で全メニュー頼ませるつもりでやってるから」


 さすがに頼んだ人はいないけど、いつも私は全メニューを頼めば何かしらの特典があるようなことを言ってる。


 ただの実験みたいなものだから期待はしてないけど。


「ただ店長からは私が入ってから売り上げが伸びたとは言われたけど」


「さすがです」


 ユメがキラキラした瞳を向けるが、私の場合は相手の考えを読んで、どう言えばどんな反応が返ってくるのかなんとなく分かる。


 だから言ってしまえば決まった結果に進んでいるだけ。


 さっきの元クレーマーだって、わざとクレームを言わせて、それをどうにか出来る人にチクってなんとかしてもらった。


 結果的にだれも損はしてないからいいけど、なんだかズルしてる気持ちにはなっている。


「ユメはユメらしくやればいいからね? 何かあっても私が全部フォローするから」


「ライさんにおんぶにだっこは駄目です」


「新人卒業まではおんぶにだっこでいいの。それから先はユメ次第」


 失敗を糧にしたいのなら私はその場では何もしないで、終わった後に慰めるだけに済ますし、その場でメンタルがやられそうになるなら、ユメになんと言われようとも全てフォローする。


「頑張ります」


「うん、じゃあ最初の関門だね」


「はい?」


 今はマンツーマンで対応出来る程度にしかご主人様が来ていないので、私達は料理を持ってさっきのご主人様のところに戻って来た。


「お待たせしゃーした。ウーロンとアブノーマルパンケーキとノーマルナポリとそれでも人間か! ハンバーグと……オムライスです」


「即興でそこまで名前を変えられるのもすごいよね」


「だって名前が特殊しすぎて恥ずかしいんですよ?」


 ウーロン茶とナポリタンは普通だからいい。


 なんだ『ふわふわ気分のパンケーキ』に『クマさん印のハンバーグ』ってを


『気分』と『印』ってなんだよってなる。


 オムライスはただ私の個人的な理由で言いにくいだけだ。


「名前が特殊なやつって高いけど、ライちゃんの恥ずかしがる姿が見れるなら今度頼もうかな」


「営業妨害とセクハラで訴えるか、辞めるの二択になりますけど、どちらがお好みで?」


「調子に乗りました」


「分かればよろしい」


 私はそう言って料理を置き終えると、ご主人様の向かいの席に座る。


「ユメもおいで」


「え?」


「あ、膝の上がいい? どうぞ」


「や、違くて。そういうものなのかな?」


 ユメは不思議そうな顔で私の隣に座る。


「お絵描きは後にするとして、今日の私の朝ごはんはどれですか?」


「ほんとにがめついよね。そういうところが気に入ってるからやめられないんだけど 」


 ご主人様はそう言ってナポリタンを私達の前に差し出した。


 私はいつも沢山注文させて、サービスという建前のもと、朝ごはんを貰っている。


「ありがとうございます。じゃあ今日は特別に『あーん』にしましょうか」


「つ、ついにしてくれるの!?」


「もちろんですよ。百合がお好みなんでしょ?」


「……モテないオタクを弄んで楽しいか!」


「楽し……、嫌でした……?」


 私は心にもないがしゅんとする。


「一瞬本心が見えたけど、嫌じゃないです、ご褒美です」


「弄ばれて喜ぶ変態さんにサービスでーす」


 私がそう言うとご主人様は胸を押さえた。


 それを無視してナポリタンをフォークで絡める。


「ユメ、あーん」


「え!?」


「アレルギーとかあった?」


「な、ないですけど……」


「じゃあ、あーん」


 真っ赤なユメが口元のナポリタンと私を交互に見る。


 そして意を決したようにナポリタンを食べた。


「どう?」


「……味が分かりません」


「だよね、高いだけだもんね」


 そう言うと厨房の人に失礼だろうけど、厨房の人達も「料金とは釣り合ってないよね」と言っていた。


 決して食べれないとかではない。言ってしまえば普通の味。普通に美味しい味なのだ。


「もう一口いく?」


「つ、次はライさんの番です!」


 ユメはそう言って私からフォークを奪い去った。


 そしてナポリタンを絡めて私の口元に運ぶ。


「あ、あーんです」


「……」


「恥ずかしいですか?」


「いや、ユメのドヤ顔とか恥ずかしがりながらもあーんしてくれるのとか可愛すぎてやばいんだけど、それ以上にさ……」


 気にしたら負けなのは分かる。


 だけど意識せざるをえないじゃないか。


(でも言ったら二度と出来ないか)


 そう思って私はナポリタンを食べる。


「ど、どうですか? ってライさんはいつも食べてるのか」


「味分かんない……」


 多分顔が赤くなっている。


 だって仕方ないじゃないか、これって……。


「メイドさん同士のあーんだけじゃなく、関節キスで照れるライちゃんを見れるなんて……、次はほんとに全メニュー買うか?」


 ご主人様が馬鹿正直にそんなことを言うものだからユメのただでさえ赤かった顔が、耳まで全部真っ赤になった。


 なんだか気まずい雰囲気の中、ご主人様だけがとても楽しそうな顔をしている。


 なんだか腹が立っていると。


「夢、か?」


 ユメを呼ぶ声に反応して、ユメがそちらを向いた。


「おと、うさん?」


 こうして、多分会ってはならない二人が会ってしまった。

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