第23話 ユメ バイト

「カミさん、ここって……」


「私のバイト先。今日は遅刻の大義名分があるから重役出勤が出来るぜ」


 人員不足の店に新しいバイトを紹介するのが遅刻していい理由になるのかは分からないけど、それはそれだ。


 何せもう入りの時間は過ぎているのだから。


「行こうか。さすがに連絡きてるのを無視し続けるのもまずいし」


 さっきから私のスマホは鳴り続けている。


 だけどこれは私が無断で遅刻したから連絡をされてる訳ではない。


 いくらなんとなくでやっているバイトだとはいえ、無断で遅刻や休むことなんてしない。


 事前に「バイトしたいって子がいるんですけど、連れてって平気ですか?」と店長に伝えたら「大歓迎。遅れてもいいから連れてきて」とすぐに返ってきたので、今日は急がずゆっくりと来た。


「なんか友達の女の子を紹介される男子高校生みたいなのばっか飛んでくるな」


 店に入る前に店長からのメッセージを見ると「どんな子?」「可愛い?」「どういう系?」みたいなのが数十件きていた。


「なんかユメを会わせたくなくなってきた。一緒に逃避行する?」


「……あ、はい?」


「心ここに在らずってるな。一緒に別のバイト先探す? っていう高度なボケが」


 全然高度でもなんでもないのだけど。


 それよりもユメの反応が想像通りで可愛い。


「そんなに気になる?」


「えと、失礼かもなんですけど……」


「私っぽくないって?」


「……はい」


 それは確かにその通りだ。


 私だってたまたまこの店の前を通りかかって、店長にナンパまがいのお願いをされなければ興味を持ってすらいない。


「別にバイトがしたかった訳でもないし、やるんだとしてもなんでも良かったから」


「だとしても大胆ですよね?」


「まぁね。私もまさかメイド喫茶で働くとは思わなかった」


 そう、私のバイト先はメイド喫茶だ。


 風奏が私のバイト先の予想として挙げていたが、実は正解だった。


 絶対に教えることはないけど。


「住めば都って言うじゃん? 私みたいな事なかれ主義タイプな人間は、始めちゃえば大抵続けられるんだよ」


 始めるまでが人より遅いだけで、やることさえ決めてしまえばやりきるまで辞めることはない。


「でもユメが無理だって思ったらやめといた方がいいよ。この店は客に媚びる必要なくて、変にキャラ作りとかも必要ない、比較的に楽なとこではあると思うけど」


 行ったことはないけど、普通のメイド喫茶は常に客には笑顔を向けて、あざとい接客を求められるイメージだけど、この店は素が許される。


 たとえ客に塩対応をしても、客にキレても、まとも話せなくても。その全てが『属性』として見られて逆に喜ばれる。


 それでもその対応が気に食わないとか言うクソ客がいるから人員不足が問題になっている。


「ちなみにクソな客がユメにちょっかい出そうとしたら私が全部対処するから」


「何をするか聞いても?」


「それはもちろん、ツンデレメイドのフリして客の顔に出来たての料理をぶっかける」


 ツンデレの子から何かぶっかけられるのはご褒美と何かで見た。


 だから料理の代金と迷惑料もちゃんと請求させてもらう。


「カミさんならほんとにやりそうなのが怖いです」


「ほんとにやるよ? 実際やった事あるし」


 前に後輩(歳は私よりも上)の大人しめの人が「何を言ってるのか分からねぇ」と怒鳴られていた。


 うざかったので店長に確認を取ってから作り間違えの料理を持ってそのテーブルに向かい、パイ投げのように顔面にぶん投げた。


 とてつもなくもったいなかったけど、ゴミ箱に行くかクソ客の顔面に行くかの違いだったので、後者に使った。


 その客はもちろん激怒したけど、私が真顔で睨んでいたら大人しくなった。


 どうやらそういう性癖の人だったらしい。


「ドジっ子メイドみたいにやるのもいいけど、それで許してくれるタイプはそもそもメイドに怒らないからね」


「あ、カミさんって女の子が好きだからメイドさんにも詳しいんですか?」


「漫画を読むのが趣味の者にとって、メイドの知識を軽く入れとくのは常識だよ?」


「その常識は分かりませんけど、その後輩さんはどうなったんですか?」


「今も働いてるよ。会うと毎回感謝されるからちょっと苦手」


 決して嫌いとは言わないけど、会う度に「あの時は……」と感謝されるのはとても困る。


 感謝されたくてやった訳ではない。私はただ客を神だと思ってる奴が気に食わないだけなのだから。


「可愛い方なんですか?」


「なぜそこ? んー、ユメ達と比べると可哀想になる?」


「じゃあ私達と会う前なら?」


「まぁ可愛いと思う。一応この店って店長が顔と直感で選んだ可愛い子しかいないからね」


 そう言うと私を可愛いと言ってるように聞こえるけど、店長が自分で言っていただけだ。


 とりあえず顔が可愛いのは当然として、直感で大丈夫な子と大丈夫でない子を分けるらしい。


 その境は店長のみぞ知るだ。


「あ、別に可愛いから助けたとかないからね? 本当に迷惑でうざかったから私の自己満でやっただけ」


「カミさんらしいです。それよりなんですけど……」


「無視していいよ。ただのかまってちゃんだから」


 私はユメの視線先に居る変態に目を向けずにそう言う。


「女子高生二人を舐るように見つめてくる大人って通報されてもいいと思う」


 私はそう言ってスマホで110番を打ち込む。


「ちょっと待ってって! ライちゃんならほんとにやりかねない、ってかやるでしょ! いや、既に『110』打ち込み終わってるし」


 私が『110』を打ち込んで発信ボタンを押そうとしたら、変態もとい、(顔は)イケメンと言われている店長が私の腕を掴んで止める。


「女子高生の柔肌に無断で触れた罪も追加します?」


「そっちもシャレにならないからやめて。い、いいのか? この店が潰れて困るのは私だけじゃなくて、今働いてるバイトの子全員もなんだから……な」


 私が表情一つ変えずに店長を見ていたら、ことは 言葉がどんどんとしりすぼみになっていった。


「何言ってるんですか? 店長の責任で店が潰れるなら、次のバイト先を見つけるのが店長の仕事ですよね?」


「甘いぞライちゃん。そんなホワイトな仕事はもうこの世に存在しない!」


「胸を張って現実的で汚いところを次の世代の私達に聞かせないでくださいよ。まぁそんなのは小学生でも知ってることですけど」


 実際全ての仕事を見た訳ではないから断言は出来ないけど、上に立つ者が部下を蔑ろにするのはよく聞く話だ。


 逆に下の者が上司を舐め腐ってまともに仕事をしなかったり、サボりまくるなんてのもよく聞く。


 今のご時世、真面目な者程馬鹿を見るように出来ているのだ。


「そんなクソみたいなことを当たり前に言う店長がいる店なんか辞めようかな」


「すいませんでした。ライちゃんに辞められるとうちのバイトの子のほとんどが辞めるからそれだけはご勘弁を」


 店長が土下座する勢いで頭を下げる。


「私がいなくなった方がいいって人のが多いですよね?」


「ライちゃんは気にしないだろうから言っちゃうけど、いない訳じゃないよ。だけどね、冗談とかじゃなくて、ほんとに残りの子はみんなライちゃんが辞めたら一緒に辞める可能性が高いんだよ」


「それは別に『私が』じゃなくて『誰かが』じゃないですか?」


「ううん、ライちゃんはみんなの心の支えなんだよ。クソうざい客が来た時とかも、困ってるとライちゃんは何気ないように助けるでしょ?」


「そういうのは店長の仕事だと思うんですけどね」


「面目ない……」


 その店長が行く前に私が行ってしまうのだから責められはしないのだけど。


「それより、この可愛い天使がこのブラックな店で働くかを悩んでる子です。やっぱり現実見せて私と一緒に別のバイト探した方がいいですよね? 分かりました、今日までありがとうございました」


 私はそう言ってユメの手を取って来た道を戻ろうと足を踏み出した。


 だけど逆の手を店長に掴まれた。


「え、ほとんに警察行きます?」


「その脅しはほんとにやめよ? ていうか同性なんだから許してよ……」


「え? あ……」


 ユメがとても驚いた反応をした。


 気持ちは分かる。


「この人見た目男だもんね」


「す、すいません」


「いいよいいよ。男に見えるようにしてるんだし」


 店長は女しかいない空間が危険だからと、自分は男装して防犯としている。


 その割には外に出てこないから意味がるのかは分からないけど。


「わざわざ髪も切って、執事服を普段着にしてるんですもんね?」


「普段着にはしてないから。店では執事服なだけ」


「店長」


「着ないから」


 このように、多分店長はメイド服を着たくないのだろう。


 だから合法的に着なくて済む男装をしている。


「男がメイド服を着ちゃいけないなんて法律はないですよ」


「なくても色々とアウトでしょ」


「中身は女の子ですよ」


「言葉通り過ぎて何も言えない」


 歳は知らないけど、成人して女の子扱いをスルーするのはいいのかと思ったり思わなかったりするけど、それは個人の主観なので何も言わない。


「店長のメイド服姿はいつか見せてもらうとして、ユメはどうする? メイド喫茶が嫌なら私も辞めて一緒に別のとこ行くけど?」


「あ、大丈夫です。カミさんに迷惑をかけたくないのもありますけど、なんとなく楽しくやっていけそうな気がするので」


「そう? うちの店唯一の男にセクハラされそうになったら言ってね。通報する前にユメに手を出したことを後悔させるから」


 私は拳を固めて店長を見る。


「ははっ、私も死にたくはないからね。クレーマー(一般男性)を一撃で気絶させたライちゃんに喧嘩を売ろうなんて思わないよ」


 店長は声は笑ってるけど、目が全然笑っていない。


「当たり所が良かっただけですって。それよりユメは働きたいってことですけど、どうします?」


「普通に採用。断ったらライちゃんが辞めるだろうとかは無しにしても、可愛いから採用以外ないね」


 分かってはいたけど判定が緩い。


 私の知る限り、店長がバイトを断ったことはない。


 育成を入って半年の私に一任してるのは意味が分からないけど、結果的に困ってないから別にいい。


 おそらくユメの教育係も私になるのだろうから手取り足取り丁寧に教えてあげなくてはいけない。


 そう思って、実際そうなったのだけど、まさか採用したその数分後に働き始めるとは思ってなかった。

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