第22話 ユメ 紹介を

「さて、いつも通り脱線したけど、そろそろ本題に入ろう」


「そうでした。カミさんがあまりにも可愛くて忘れてました」


 無意識なのだろうけど、ユメが私の精神を削ってくる。


 なので意味もなくユメの頬をつねる。


「にゃんれふは?」


「可愛いとかバカにしてくるから、ユメの方が可愛いってことを教えてあげようかと」


「おはえひれふ」


 ユメはそう言って私の頬をつねる。


「……」


「あ、いらはっはれふは?」


 ちょっと仕返しが可愛くて絶句していたら、痛いのを心配したユメがすぐに手を離した。


「なんか和む空間でした」


 私は大変満足したのでユメの柔らかい頬から手を離した。


「何言ってるんですか?」


「ユメが私の心をどんどんえぐってくる。だんだん癖になってきた」


「……、ちょっとすいません」


 ユメが何かを思いついたような顔になり、私に近づいてきた。


 そして耳元に顔を近づけ……。


「私に酷いこと言われるのが好きなの?」


 いつもの優しい声とは違う、艶かしい、いやらしい声でユメが私に囁く


「そういうのってマゾって言うんでしょ? 変態」


「……」


「あ、えと、これは違くてですね。あ……、カミさん?」


 押し倒したい気持ちや、めちゃくちゃにしたい気持ちを全て堪えて、ユメを強く抱きしめるに留めた。


 いきなりのことで頭が回っていないが、一つだけ言えるのは……。


「もっとちょうだい……」


「想像以上の反応だ……」


 ユメが引いているけど関係ない。


 私をこうした責任を取ってもらわないといけない。


「じゃあ私のお願いを叶えてくれたらもう一回やります」


「任せて、今日中に済ましてユメにいじめてもらう」


「意外な一面ってやつですね。でもこんなにいい反応をしてくれると、私も……」


 ユメが目を細めて、舐るように私を見つめる。


「って駄目です。私はカミさんにお願いをしに来たんですから」


「早く叶えさせて。ユメと人には言えないことを沢山したい」


「しませんよ! いやでも、今やってたことは人には言えないですけど……」


「早く!」


「あ、ごめんなさい。えっとですね、私が幽霊になった理由なんですけど、普通の学園生活を送りたかったからなんです」


 それは知っている。


 ユメの生前がどうだったのかは知らないけど、理由が理由なので、ハードな人生だったのは容易に想像出来る。


「今じゃ足りないってこと?」


「いえ、カミさんが居て、リアさんとチカさん、それに風奏さんが居る今の生活はとっても楽しいです。なので学校での生活には満足してるんです」


「つまりユメの本当の思い残しって『普通の女子高生をする』ってこと?」


「あ、それです。自分でもなんかしっくりきてなかったんですけど、それでしっくりきました」


 つまりは、学校内で友達とおしゃべりしたり、体育祭なんかのイベントを楽しんだりだけでなく、放課後に寄り道したり、バイトをしたりなどの『女子高生』をやりたいのがユメの思い残し。


 ちなみに私はユメ達と出会う前は、バイト以外まともにやったことがないから普通ではないことになる。


「それで放課後デートがしたいとかそういうお願い?」


 それならユメとデートが出来るうえにユメにいじめてもらえて一石二鳥だ。


「それもあるんですけど、私もアルバイトをしてみたいんです」


「勤勉な」


 ユメは幽霊だからお金を必要としないはずだ。


 食事を必要としないし、交通機関の利用だってすべて無賃乗車が出来る。


 私達とどこかに遊びに行くのに必要なら、私が全て奢るから本当に必要ない。


「何か欲しいものとかあるなら私が買うよ? 私って暇つぶしでバイトしてるだけだからお金余ってるし」


 私の唯一の趣味が漫画を読むことだ。


 逆に言えばそれしかないからお金の使い道がない。


 漫画だって月に数十冊とか買う訳でもないから、お金は貯まる一方だ。


「お友達からお金を借りるのは駄目です。それにクローゼットを借りる宿賃でもあるので、カミさんから貰っても意味がないですし」


「宿賃とかいらないし、クローゼットを貸す気はないから」


「あ、すいません。勝手にお泊まりするつもりでしたけど、私は出て行くべきですよね……」


「あんな危険は場所には寝させないって言ってるの。泊まるなら私のベッドを使いなさい」


 しゅんとしていたユメが不思議そうな顔になる。


 私はそんなに変なことを言っただろうか。


「あ、もちろん一緒に寝るのが嫌なら私は床で寝るから」


「なんでそうなるんですか! 勝手に住み着いたのは私なんですから、ベッドはカミさんが使うべきです」


「私はユメをベッドで寝かせるつもりしかないから、私がベッドを使うってことはそういうことだからね?」


「えと……。カミさんとなら、いいよ?」


(なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)


 不意打ちの耳打ちに私は死んだ。


 一体誰なのか、ユメにこんなけしからんことを教えたのは。


 私の暗殺を狙っているのならおそらく明日には成功している。


「カミさん?」


「そのさ、上目遣いとか、トロン顔とかって誰に仕込まれたの?」


「耳打ちとかのですか? 風奏さんです」


「あいつか……」


 ユメに変なことを吹き込んだのは許せないけど、喜んでいる自分がいるから責めることが出来ない。


「嫌でしたか……?」


「ううん、最高。だけど軽く死ねるから連発はやめて欲しい」


 慣れるだろうって? 無理だ、可愛すぎて慣れる頃には死んでいる。


「少しずつ変えるとマンネリ化防止になるって言われてたんですけど」


「ほんとに困る。ユメが可愛いのは分かったから本題に戻ろう。要は私のバイト先を紹介して欲しいってことだよね?」


「はい」


「うちは常に人員不足だから即採用だろうけど、ちょっと内容はキツイかもよ?」


 私のバイト先は普通とは少し異なる。


 そう言うと同じバイト先の高校生が全員普通でないことになるけど、多分普通ではないから別にいい。


 何せ普通な女子高生はさっさと辞めていくのだから。


「そもそもカミさんがどんなところで働いてるか知らないです」


「それでよく紹介を望んだよ」


「他に当てがなかったので」


 それもそうだろう。ユメが自分でバイトを探そうにも、高校生バイトには保護者の同意やその他もろもろの最低条件が必要だ。


 幽霊のユメにはそこら辺の全てがない。


「そこら辺はどうお考えで?」


「えっと、保護者の同意とかの法的なことですか?」


「そう」


「大丈夫ですよ。そこら辺は


 ユメが笑顔でそう言う。


 その笑顔は「これ以上は教えない」とでも言いたそうに見える。


 リアとチカはともかくとして、ユメはそもそもどうやって学校に通えているのかも謎だ。


 親も戸籍もないだろうし、あるのはその身だけ。


 だけど教師含めて誰もそのことを気にしてる様子がない。


「読んでもいいんですよ?」


「無駄な気がするからいい」


 なんとなくだけど、ユメには『読心術』が効かないような気がした。


 私の『読心術』はあくまで相手の言葉の本心を見るだけ。


 嘘は見破れるけど、それを嘘と思っていなかったり、別の考えで蓋をされていたら何も分からない。


「ミステリアスガールってことで納得する」


「ありがとうございます」


「感謝ってことは言えない系か」


「そういう読み方はするんですね」


「読んでいいって言ったから」


 まぁ今のは読むまでもなかったことだけど。


「なんとかなるなら今から行く?」


「いいんですか?」


「いいけど、即採用されてすぐに働くことになるかもってことだけは頭に入れといて」


「そんなに人手がないなら面接とかする時間ないんじゃないですか?」


「店長は暇なのよ」


 ユメが不思議そうな顔をするが、実際そうなのだから仕方ない。


「それでどういうお店なんですか?」


「飲食店」


「……」


「あ、それだけだと不満か」


「不満と言いますか、続きがあるものだと」


「反応が見たいから教えない」


 きっといい反応をしてくれる。


「分かりました。ではお願いします」


「ん、じゃあ遅刻しそうだから準備するね」


「ご、ごめんなさい!」


「いいのいいの。最近はいつもだから」


 なんだかんだでまだ遅刻はないけど、学校もバイトもギリギリになっている。


 元からギリギリを狙うタイプではあったからユメ達のせいにはしないけど、ギリギリの理由は変わった。


 今まではどうせ早く行っても無駄だからギリギリに出るようにしてたけど、今は喋りすぎでギリギリになってしまう。


 これがいいのか悪いのかは分からないけど、JKっぽくはあるのかもしれない。


 そんなことを考えながらバイトの準備をした。

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