第21話 ユメ 抱きしめる
「カミさんにお願いがあるんですけどいいですか?」
「これはデジャブと言うべきか、既視感と言うべきか。いや、まぁ来るとは思ってたよ」
もはや何も感じなくなったが、当たり前のように私の部屋の床にちょこんと可愛く女の子座りしているユメが居る。
もちろん私は部屋に入れてないし、今日は父も仕事で居ない。
「気になってたんだけど、ユメってどこに住んでるの?」
リアは宇宙船で、チカは住んでいたアパートが解約されたとのことでリアの宇宙船に居候してるらしい。
「えっと……」
「言い難い?」
「怒りませんか?」
「先にそう言われると怒りたくなるけど、ユメには怒らないよ」
怒るかどうか聞くのは、怒られる自覚があるからだ。
だけどユメの場合は、落とした消しゴムを拾っただけで怒られるか不安になるタイプだ。
私がユメを怒るようなことが起こるとはいまのとこ想像出来ないのだけど。
「実はですね……。あそこに」
ユメはそう言って私の部屋のクローゼットを指さした。
「マジか」
「本当にごめんなさい」
ユメが頭を下げて謝るが、怒ったりはしない。
それよりも驚きが大きい。
「全然気づかなかった」
「知っての通り、私は姿を消せて、透過も出来ますから」
「言ってくれれば良かったのに」
「勝手に居候してて言える立場ではないんですけど、ご迷惑かと思って」
「普通言われない方が迷惑じゃない?」
私としては全然迷惑ではないけど、人の家にいきなり幽霊が住み着いたら恐怖でしかない。
ユメのような可愛い幽霊なら話は別かもだけど。
「本当にごめんなさい」
「謝らないでいいって。てか言ってくれれば私のベッド貸したのに」
その場合私は床で寝る。
隣でユメという天使が寝ていて、もし手を出したら軽く死ねる。
「カミさんならそう言うと思いましたよ? でも色々あって言い出す機会もなくて……」
思い返してみたら、ユメ達と仲直りをしてから数日でリアの一件があった。
その数日の間も、リアがやって来ていたから出てくるタイミングがなかったのかもしれない。
そして意を決して出てきた時が、リアとベッドで遊んでた時。
「つまりリアとチカとの会話を盗み聞いてたな」
「そ、それは大丈夫です。何か話してるのは分かりましたけど、内容までは聞こえてこなかったので」
それなら少し安心だ。
ユメになら聞かれても平気だろうけど、リアが話してない以上、無闇に聞かれても困るのだろうし。
「てかなんで私の部屋?」
「カミさんのお家しか知らなかったからです」
「知らない奴にでも教えられた?」
「知らない……。はい?」
ユメが不思議そうに首を傾げる。
その反応からリアとチカに私の家を教えた奴と同じ人物なのだろう。
「ユメって私の家を知る前はどこで寝泊まりしてたの?」
考えても分からないことは考えない。
それよりも聞いておかなければいけないことを聞くのが先決だ。
「幽霊の体って便利なんですよ。食事もいらないし体も汚れない。私の体はこの状態から良くも悪くもならないんです。それに加えて姿を消せるし、透過も出来る」
「一生って言い方はおかしいんだろうけど、ずっと今の可愛い状態をキープ出来るってことね」
「はい。可愛いかは別として、そういうことです」
「んで、まさかとは思うけど、人の家に勝手に入り込んでたとか、野宿とかいうか?」
「暑さも寒さも感じないので、外です……」
ユメが私のジト目からスーッと目線を逸らす。
「まったく……。私がユメに頼られて断る薄情者だって思ってたんだね?」
「ち、違います!」
「勝手にクローゼットを使うのは大丈夫で、私に頼るのは駄目って、そう思われて当然だよね?」
「……はい」
ユメのただでさえ小さい体がどんどん小さくなる。
私はベッドから下りてユメと同じく床に座る(女の子座りを真似したが慣れなかったのであぐらで)。
「まぁ私はそんなユメも含めて全部好きだからいいんだけど」
「カミ、さん?」
驚いた顔をしているユメの頭を優しく撫でる。
もしも妹が出来たらこんな感じなのだろうかなんて思ってしまう。
(妹?)
「ユメって幽霊だから歳取らない系?」
「『歳』っていう概念がないのかもです」
「なる。じゃあ実は江戸の生まれで、今まで幽霊として生きて……きたとか、この時代で幽霊として生まれたとかある?」
幽霊は生きてると表現するのが正しいのか未だに分からない。
『幽霊という存在として生きてる』という認識で話を進めるのが一番楽なのかもしれない。
「江戸とかではないです。ただ、確かに今は死んだ時の年齢を使ってます」
私達は高校一年生だから、ユメが亡くなったのは高一の時。問題はその後だ。
「ユメって生きてたらいくつ?」
とてもデリカシーのないことを聞いてる自覚はある。
それでも聞いておかなくてはいけない。
「えっと、私が幽霊になったのは五年前なので二十一歳ですかね?」
「……ユメお姉ちゃん」
私はユメを撫でるのをやめて、甘えるように抱きついた。
「えっと?」
「すっごい今更だけど、ユメお姉ちゃんって触れる系の幽霊なんだよね」
「あ、あの……」
「冷たいって思うのも、体温って概念がないからか。心臓も動いてないし」
「カミさん……」
私がユメの愛らしい胸に耳を当てていると、弱々しい声でユメに呼ばれた。
「お姉ちゃんはちょっと嫌です……」
「ごめん、調子乗った。年上扱いは嫌だよね」
「……はい」
ユメの表情からそれ以上の感情を感じるけど、そこへの追求はしない。
代わりに強く抱きしめる。
「ユメって汚れないんだよね?」
「そうですね、正確に言うなら透過した時に全部が無くなる感じです」
「汚れない、つまり臭いがキツくならないのにすごいいい匂いだよね」
ユメの胸に顔を埋めながら匂いを嗅ぐ。
断じてユメの胸に顔を埋めたいからじゃない。いい匂いを味わいたいだけだ。
「自分じゃ分からないです。私って制服含めたこの状態が全部私なんです」
「お、おい。それって……」
私は今、とてつもないことを聞いた気がする。
とてつもなくて回していた腕が離れた。
「えっと、だから着替えの必要もなくて、洗剤の匂いとかもないはずなんですけどね」
ユメが「香水とかも付けてないですし」と笑うがそれは正直どうでもいい。
いや、ユメの話にどうでもいいことなんてないけどね?
「カミさん?」
「ユメは制服を着たこの状態で幽霊として生まれたってことで、制服含めた全部が体って考え方で合ってる?」
「そうですね。一応脱ぐ事も出来ますけど、お風呂に入る必要はないから脱ぐことはないですね」
「……」
「あ、ほんとに不潔とかはないんですよ? 幽霊になってからお風呂に入ったことはないですけど、体臭も……ないですよね?」
私は頷いて答える。
ユメからは本当にいい匂いしかしない。
それはもうずっと顔を押し付けて嗅ぎ続けていたい程に。
だけど……。
「やっぱり私が気づいてないだけで、臭いですか……?」
「違うんよ。嫌わない?」
「なるほど。確かにそう前置きされると不安になります。だけど私もカミさんを嫌いになることは絶対に有り得ません」
とても嬉しい。嬉しいから抱きしめたい。
だけどさっきまでと違って簡単に抱きしめることが出来ない。
「……ユメは制服含めた全てがユメなんだよね?」
「はい」
「つまりさ、服は着てるけど、全裸ってことになる?」
「………………なりませんよ! バカ!」
ユメが私と自分の着ている制服を交互に見て、長い沈黙の果てに真っ赤にした顔で罵倒と私の胸をぽかぽか叩くというご褒美をいただけた。
「いや、でも考えようによっては……」
「私はユメがたとえ全裸徘徊を趣味にしてたとしても愛せる自信はあるよ」
「……ほんとに?」
「くっ、耐えろ私。ユメが全裸かもしれない疑惑がある以上、無闇に抱きつけんのだぞ」
心配そうな上目遣いをするユメなんて、可愛い以外の何ものでもない。
軽く心臓を握りつぶされそうになった。
今までなら抱きしめて気持ちを落ち着かせてたかもだけど、なんだか恥ずかしくてそれも出来ない。
「……私が制服を脱げば、服って認識になりますか?」
「私の理性は死ぬかもだけど」
「じゃ、じゃあ。カミさんはあっち向いててください。後ろで制服脱いでカミさんに渡します」
「いや、えっと、大丈夫だよ。信じるから、超信じたから」
それはさすがに駄目だ。
多分目の前で脱がれるよりも理性が死ぬ。
目の前で脱ぐだけなら目を逸らせばなんとかなるが、最初から見えない状況だと、音から妄想が膨らんでしまう。
耳を塞げばいいって? そしたら後ろでユメが服を脱いでることだけが頭に残って悶々した気分になる。
「じゃあまた抱きしめてくれますか?」
「……」
「やっぱり一度裸の付き合いを──」
ユメが制服のボタンに指をかけたので、ユメを抱きしめて止めた。
「そ、そういうのはまだ早いと言いますか……」
「……照れてるカミさんかわいい」
ユメはそう言って、おそらく赤くなっている私の頬を手で撫でた。
なんだかユメが将来悪い女になりそうで怖くなる。
それはそれでなんかイイのだけど。
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