第19話 チカ 指切り

「呆気ない」


 結果だけ言うなら、ナンパの二人組は私がみぞおちを殴ったら動かなくなった。


 よくこんな貧弱な体でチカを蹴り飛ばせたものだ。


「っと、そんなことより」


 私はのびているナンパ共を放置してチカに駆け寄る。


「心臓が止まってる……」


「ちゃんと呼吸してるか確認してから何言ってんの。胸揉みたかっただけでしょ」


 チカがちゃんと息をしているのを確認出来たので、脈を測ろうと思ったけど、胸を直接触った方が分かりやすいかと思って胸を揉んだだけだ。


 断じて胸を揉みたかった訳では無い。


「まぁ確かに無駄な脂肪があるから分からないとは思ったけど」


「じゃあさっさと離せ」


 チカはそう言いつつも私の手をどけようとはしない。


 満更でもないのか、それとも動けないのか。


「痛い?」


「結構ね。少ししたら動けると思うけど、手はどけなさい」


「だが断る」


 憎たらしい脂肪だが、なんだかやめられなくなってきた。


「カミだって気づいてるんでしょ?」


「何も? 私はこれからチカを剥いて、欲望の限りを尽くすつもりだけど?」


「それは本当にやめなさい。私はそういうことを見られて興奮するタイプじゃないから」


 そう言われては仕方ない。


 私は立ち上がって、に視線を向ける。


「この暗さでもチカは見えるんでしょ?」


「私って視力ほんとに悪いから。でもその代わりに耳と鼻はいいから分かる」


 見えないとは透明とかそういう意味ではない。


 夜で辺りが暗くて見えないのだ。


 だけど確実に誰か居る。


 それも複数人。


「何人?」


「三人だね。偽装してなければ」


「耳には大きな音、鼻には臭いに紛れるみたいな?」


「そう。それも多分ないと思うけど」


「つまりチカの匂いフェチは鼻の良さからなのか」


「いきなり意味の分からないことを言わないの」


 前に聞いた時はチカをキレさせてしまったから言わなかったけど、チカが私の匂いに敏感なのは鼻の良さからなのだろう。


 きっと私は地底人に好かれる匂いをしている。


「ということで私は堂々と近づいてみようと思う」


「死ぬかもよ?」


「あの方達って地底人。もっと言えばチカの知り合いなんでしょ?」


「……そうだね」


 暗いからチカの表情がよく見えないけど、ただてさえ暗いのに、チカの表情が暗くなった気がした。


「チカの知り合いってことは、私を好きになるってことでしょ?」


「謎理論すぎる。私がカミのこと好きなだけで、地底人がカミを好きな訳じゃないからね?」


「いきなり告白するなよ。照れちゃうだろ」


「ほら、待ちきれなくて近づいて来てるよ」


 チカがそう言うと、確かに倉庫の中に足音が響いていた。


「来てくれるなら楽でいいや」


「呑気な」


「一人に向かってる間にチカが襲われたら嫌じゃん」


「私のことは気にしないでいいって言ったでしょ」


「聞こえなーい」


 私はチカを傷つけた奴を許さない。


 さっきのナンパ野郎がチカを蹴り飛ばしたのは事実だけど、どう見ても普通ではなかった。


 操られていたのかどうかなんて分からない。


 だけど分かるのは、今近づいて来てる奴らも何か関わっているということ。


「それで誰? 何が目的?」


 まさかこんなセリフを現実で言うなんて思いもしなかった。


 マギア人に襲われた時は、あちらから全て話してくれたから言う隙などなかった。


 まぁ言うのが夢とかではないけど。


「私達は──」


「私の両親と兄。嫌だけど血の繋がりだけはある。目的は私がちゃんと地上の調査が出来てるかの確認で、出来てないから私に罰を与えてる感じ」


「チカ、嫌いなのは分かるけど、先に全部言っちゃうのは可哀想だよ?」


 せっかく重役感を出してやって来たのに、セリフを取られて真ん中に立つ、おそらくチカの父親が呆然としている。


「カミはそっちの味方につくの?」


「まさか。私はチカの味方。あ、でもユメとチカならユメの味方につくからね」


「浮気者。私のことを愛し続けるって言ったくせに」


 チカが拗ねたように言うが、そんなことを言った記憶がない。


 好きだし愛してるけど、永遠の愛を誓ってはいないはずだ。


「三股って許される?」


「初めては私が貰うね」


「女の子同士の初めてってなにになるの?」


「それはもう、クジラしてマグロになったらじゃない?」


「なるほど」


 私にそんなことが出来るかは不安だけど、頑張るしかない。


「その時が来たら頑張るね」


「期待してる。一番は私だか──」


「おい」


「──らね」


 さすがに気まずくなったのか、チカの父親が言葉を挟んだが、チカは普通に無視をする。


「出来損ない。私達を無視するなんていい度胸だ。もう一度痛い目に逢いたいようだ──」


 チカの父親っぽいスーツの男が倒れる。


「え?」


「どういうことだよ!」


「さすがにその距離なら見えたでしょ? やりすぎたの。変な虫を私達に近づけるだけなら良かったのに、私に怪我なんてさせるから」


「出来損ないのお前にチャンスを与えてやった俺達のに、お前は恩を仇で返したんだぞ。相応の報いな──」


 今度はチカの兄らしき、こちらもスーツの男が倒れた。


「あ、あなた、何をし──」


 そして最後に黒のベールで顔を隠した全身黒づくめの女も倒れる。


「無様。カミを怒らせた罰だよ」


「なぜに倒れてる?」


「無意識かい!」


 バッチリ覚えている。


 チカを罵倒したこいつらが許せなくて、私の拳が勝手にみぞおちに突撃した。


「確認してなかったけど、駄目だった?」


「私その人達嫌いだから大丈夫」


「この人達を攻撃したからって地底人の侵略が起こったりは?」


「無いね。むしろゼロになったかも」


 どうやらチカの両親は地底人の中でも相当の実力の持ち主だったらしい。


 その二人があっさりと倒されたことが伝われば侵略が無しになるか、相当の準備が必要になるとのこと。


 結果的に私のしたことは地上を救った形になった。


「地底人って戦闘力低いんだね」


「カミが強すぎるんだよ。実際に比べたことはないけど、私達は地上人と変わらないって言ったじゃん? そこに嘘はないから」


「でもただの女子高生に負けてるよ?」


「カミは普通の女子高生と呼ぶには……ね」


 なんだか私の女の子の部分が傷ついた。


 これは後でチカに慰めてもらう必要がある。


「別にいいけど。チカって仕事放棄してたの?」


 さっきチカの兄らしき人がそんなことを言っていた。


「放棄とは違うかな。そこで倒れてる人達も私のことが嫌いなんだよ。だから地上で何かあってもすぐに切り捨てられる私を送り出したの」


「チカは可愛さとエロさにステータス振ってて、戦闘力が低いから?」


「別に振ってないけどそういうこと」


 理には適ってるけど、それが正しいとは思わない。


「まぁそれで難癖付けたいそこの人達は、私が楽しそうにカミと遊んでるのが気に食わなかったんだろうね。一応私には監視が付いてたから、カミとのお出かけを伝えられて、最終的にこうなっちゃったの。ほんとにごめん」


 チカはそう言って頭を下げた。


「別にチカが謝ることじゃないと思うけど、せっかく悪いと思ってるなら何か頼もうかな」


「私の後腐れを無くす為なんだろうけど、ほんとに欲望をぶつけられそうで怖いんだけど?」


「さすがにチカの気持ちを無視してまでそんなことはしないよ。ちなみにチカって今までどこに住んでたの?」


「いちいち地底したに戻るのはめんどくさいし、お互いに顔を合わせたくなかったから、活動拠点として学校の近くにアパート借りてた」


「過去形?」


「多分もう解約されてると思う。私への嫌がらせは行動早いから」


 それは腹が立つことだが、ちょうどいいかもしれない。


「じゃあうちに住む?」


「いいの?」


「いいよ。もちろん部屋もベッドもないから私と同じやつだけどね」


「私の貞操は守られる?」


「さすがにその日にはやらないよ」


「叔父さんに後継代理人頼んでバイトでもしようかな……」


 冗談のつもりだったのに、チカが本気の顔で考え出すからちょっとショックを受ける。


「まぁ今日は地底したに帰るよ。事後処理しなきゃだし」


 チカがそう言って倒れてる三人に視線を送る。


「また会えるよね?」


「どうだろうね。私に地上の調査をしろって言ったのはそれだから」


 チカが倒れてる父親を指さした。


「カミに何かあるようなことにはしないから安心して」


「チカが戻って来るまで安心してあげないから」


「なんて脅し文句だ。まぁ絶対とかは言わないけど、カミを安心させる為に戻って来るよ」


「約束だからね」


 私はそう言って右手の小指をチカに差し出す。


地上うえ地底したも約束の時にやることは変わらないんだ」


 チカもようやく少し動くようになった腕を上げて、右手に持っていた袋を置いてから私の小指に小指を絡める。


「ゆーびきーりげーんまーん嘘ついたらリアかユメに私の初めてあーげる指切った」


「私にくれると言ったのに!」


「言ってはないし、私は一人を待ち続ける程純愛の持ち主じゃないんだよ」


 何せ三股をしようとしてるぐらいだから。


「だから私の初めてが欲しいなら帰って来てね。私は待たないから早く」


「速攻で片付けて帰って来る。だからせめて今日だけは待ってなさいよ」


「それは分からないけど、早くしてね」


「うん」


 私は最後にチカを抱きしめてから倉庫を後にした。


 既にチカの監視役の人が状況を伝えに言ってるらしく、待ってれば迎えが来るようだ。


 その時に私が居ると色々と面倒になるようなので、私は仕方なく帰った。


 家では父が私の為にオムレツを作ってくれたが、チカが気になりすぎて味に集中出来なかった。


 父はなんとなく察してくれたので何も聞かないでくれた。


 その後お風呂に入り、モヤモヤしながらベッドに潜った。


 寝れないと思っていたけど、布団がとてつもなくチカの甘いいい匂いが充満していて気づいたら眠っていた。

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