第18話 チカ 死亡フラグ

「私、本気でカミに惚れそう」


「そういうのいいから」


 アニメショップにて漫画を買ったチカと私は家に帰る為にアニメショップを後にした。


 そして出てすぐのところで大学生ぐらいの男二人組に捕まった。


 いわゆるナンパというやつだ。


「チカが無駄に脂肪を揺らすから」


「さらしでも巻けと? 窮屈でやだ。それにあれは私の胸に寄って来たのもあるけど、カミの顔にも寄って来てたでしょ」


「私の顔にチカの胸みたいなコンビニの光効果はないから」


 私の顔は『可愛い』とか『綺麗』と呼ばれる程のものではない。


 言うなれば『普通』。モブ顔というやつだ。


「カミは可愛いからね? あの二人だって私の胸に鼻の下伸ばしてたけど、カミの顔もちらちら見てたし、ちゃんと可愛いって言ってたよ?」


「そりゃさ、連れを可愛くないなんて言ったらナンパの成功率が低くなるから褒めるに決まってるじゃん。それにチカのことを可愛いって言ってる時点で嘘だし」


「酷くない?」


「悪い意味じゃないよ。チカのそれは可愛くないって話」


 私はそう言ってチカの胸を指さす。


 あんな暴力的なものは可愛いなんて言葉で表していいものではない。


「確かに下着は可愛くない」


「でたよ。大きいが故の悩みと言うなのマウント。どうせチカは何着ても可愛いんだからどうでもいいでしょうが」


「カミって暴言言うフリして褒めてくるよね」


 褒めたつもりは一切ない。


 実際可愛いのが目に見えてるのだから仕方ないのだ。


「カミって根は真面目だから、暴言言えないんだよね」


「普通に言うけど?」


「確かに私は沢山言われてるけどさ、本当にキツイことは言わないでしょ? さっきもそう」


 言ってる気はするけど、チカは冗談と本音を使い分けてると言いたいのだろう。


 それなら確かに、ここまでなら平気という線引きをして話はしている。


「さっきね……。あれは本心だよ?」


「声音が柔らかかっただけか」


 私達、というかチカをナンパした二人の声のかけ方が「可愛いのにオタクとかもったいない」だ。


 チカは優しいから呆れ顔をしていたけど、私は内心ガチギレで、ナンパを真顔で睨んでいた。


 そして次に「そんなつまんないものより楽しいこ──」と、そこまで聞いて私の抑えが効かなくなった。


 別にアニメや漫画が好きではないのはいい。


 人にはそれぞれ相容れない感性があるのだから。


 だけどそれはお互いが不可侵にしなければいけない事で、それを否定するものを私は許せない。


 気づいた時には口が開いていた。


 まず「あんたらには関係ない」から入り「オタクだから可愛く見えないのなら、あんたらみたいなのに絡まれなくて良くなるからむしろいい事」と伝え「たとえあんたらがこの漫画よりも楽しいことを知ってたとしても、あんたらと一緒の時点で楽しくない」と正直に伝えた。


 実際はもう少し言った気がするけど、忘れた。


「あんなに勇敢な姿見せられたら惚れちゃうよ」


「別にチカだって怖がってなかったでしょ」


「そりゃ怖くはないけど、堂々と言い返せるカミがかっこよかったのは事実」


 よく分からないけど、私からしたら早計だった。


 ナンパなんかする奴らは総じてプライドが高いと相場が決まっている。


 だからオタク女子を絶対に言い返せない気弱な存在だと思ってナンパしに来たのに、そのオタク女子に言い返されて、なおかつ圧倒されたらプライドなんてズタズタだ。


 その安いプライドをズタズタにされた男達が逆上して強硬手段に出る可能性だってあった。


 私一人ならどうなっても自業自得だし、一人で抵抗するから良かったけど、チカに何かあったら責任の取りようがない。


「今度からはチカの安全を一番に考えるね」


「そういうの大丈夫。自分の身は自分で守るから、カミはカミのしたいようにして」


「そっちのがかっこいいだろ」


 私はそんなイケメンな彼女と結婚したい。


「実際、あの二人が固まってるうちに逃げただけなんだけどね」


「逃げるが勝ちでしょ。追いかけて来なくて良かったよ」


「カミが物理で解決できたんじゃない?」


「なんかみんな勘違いしてるみたいだけど、私みたいに清楚系女子が男二人に勝てる訳ないでしょ」


 清楚系とは本来の意味とは違く、非力な陰キャという意味だ。


 教室の隅っこに一人で居る普通の女の子。


 なのにチカが「ご冗談を」とでも言いたげに笑っている。


「そんなに私って普通じゃないの?」


「勘違いしないで欲しいんだけど、いい意味でカミは普通じゃないよ」


「『いい意味』って付ければ何でもよく聞こえる訳じゃないからね? でも『勘違いしないで』ってところはいいね」


「そういう感性は特殊なんだけど、カミって私達と普通に接するじゃん? それって多分普通じゃないんだよ」


「可愛い子とは誰でも仲良くしたいでしょ」


 と言ってもチカの言いたいことは分かる。


 誰だって未知の存在は恐れるものだ。


 私の場合はその目的も断片的に分かっている。


 リアは宇宙人で地球を征服しに来て、チカは地底人で地上の調査、ユメは幽霊で楽しい学園生活を送ることが目的だ。


 チカとユメはともかく、リアの目的を言葉通りに捉えたら、確かに普通の女子高生は仲良く接することはしないと思う。


「それよりさ。チカは私をどこに連れ込む気?」


 私とチカは帰路についた。


 だけどその目的地は決めていなかった。


「私はてっきりうちに帰るんだと思ってたんだけど、帰り道が違うよね? いきなりチカの家にお呼ばれ?」


 うちに帰る分かれ道で反対の道に向かった時点で不思議には思っていたけど、その時は帰り道を間違えたのだと思っていた。


 だけどチカの足に迷いがないから少し気になってそのままにしていた。


 そしたら気づけば目の前に長らく使われていないであろう倉庫が現れたので、さすがに声をかけた。


「さすがにここには住んでないよ。ちょっとカミをそのまま家に帰せない理由が出来てね」


「逢い引きでもしたくなった? 言ってくれれば一晩ぐらいは付き合うけど?」


「じゃあちょっとだけ付き合って。すぐ……は終わらないかもだけど」


 チカはそう言うと私の手を優しく握って倉庫に向かう。


「誰か来るかもっていうスリルを味わいたいの?」


「そういうことはしないからね? するとしてもリアとユメに確認取ってから、ちゃんとした場所で、ちゃんとやるから」


 少しでも雰囲気を明るくしようと思って冗談二割ぐらいで言ったのだけど、そんなにちゃんと返されるとドキドキしてしまう。


「吊り橋効果でも狙ってるのか!」


「ちょっと何言ってるのか分からない。それよりも、ほんとにごめんね」


「なにが?」


「巻き込んで──」


 チカがそう言うと倉庫の扉が大きな音を立てて閉まった。


 もう既に夜と変わらない暗さで、更に倉庫の中ということで誰が閉めたのかは分からない。


 少なくとも、今私と手を繋いでいるチカではないのは確かだ。


「一つだけ聞かせて」


「うん」


「チカは共犯? それとも被害者?」


 答えようによっては、それ相応の対応をしなければいけなくなる。


「どっちもかな。こうなることが分かっててここに来たのは真実だし、こうなったのは私も本意じゃないから……」


 チカはそう言うと私の方を向いた。


「信じてもらえるかは分からないけど、カミの味方だよ」


 チカの顔が月明かりに照らされてはっきりと見えた。


 今にも泣き出しそうな、それでいてとても憤っているような、複雑な顔が。


「チカって眼鏡外すと余計に美少女になったりする?」


「いきなり何?」


「いやさ、眼鏡キャラが眼鏡外すと、元から美少女だったのに、ギャップで更に美少女になるのってお決まりじゃない?」


「いや、知らないけど? ほんとになんなの?」


「ちょっとした確認だよ。ていうか言ってたら見たくなってきた」


 今ここで外して確認してもいいけど、それだと風情も何もない。


「よし、全部終わったら見せてね」


「そういうのって死亡フラグって言うんじゃないの?」


「よく知ってるじゃん。でも大丈夫。私は死亡フラグを拳で叩き割るタイプだから」


 私は口角を上げながらチカにそう告げる。


「カミらしいや。本当にごめん、それとありが──」


 チカの言葉はそこで途切れる。


 何故か、それはおそらくチカが蹴り飛ばされたから。


 さっきのナンパ野郎に。


「……殺す」


 私の体は無意識に動いていた。

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