第17話 チカ 心の揺らぎ

「おい、チカ。言いたいことがあるならはっきりと言え」


「照れてるカミ可愛い」


 隣を歩くチカが、ジッと私を見てきていたのでなんとなく理由を知りながら聞いてみると案の定だった。


 だからなんとなく握っている手に力を込めた。


「照れ隠しのレベルを超えてるから。抑えてるのは分かるけど痛い」


「チカが悪いから。これは私が出来る相応の権利」


「いや、意味分からないし。でも、カミはお父さんと仲良いんだね。あ、純粋にそう思っただけで、他意はないから照れ隠しはやめてね」


 チカがそう言うので、さっきよりも更に少しだけ抑えて力を込めた。


 チカには膨れられたが、可愛いから無視をする。


 父と仲がいいと言われても分からない。


 正直一ヶ月で会わない日の方が多いし、ほんとにたまに会うと珍しすぎて驚きの方が勝つ。仕事がなくなったのかと思って。


「父って結構忙しい人だからあんまり会うことないんだよね。朝は早いし夜は遅い。たまに会ってもすぐに出かけるか、私が学校かバイトに行ったりで」


 それに私は家に居る時部屋に引きこもっているから会えないのもある。


「あんまり会えないからその反動で仲がいいと?」


「別に仲がいいとは思ってないよ。嫌いではないけど」


 一般的な女子高生は父親を嫌うと何かで聞いたことはあるけど、私は父を嫌いになったことはない。


 さっき一瞬キレそうになったけど、あれは父が悪いから仕方ない。


「多分あんま聞いたら駄目なんだろうけど、チカは親と仲悪い?」


「そういうの分かってて聞いてくるカミの図太さ好きだよ。まぁそうだね、カミ達の関係を百だとしたら、私と両親の関係はゼロ。仲が悪いとかもない、本当に何もない関係だね」


 やはり聞いてはいけなかったことだった。


 チカの表情が暗くなり、握る手の力がおそらく無意識に少し強くなった。


 私は何も言わずに握る手の力を少し強めた。


「え、なんで力込めるの? 普通に痛い」


「ここは無言で力(愛)を込めるところでしょ」


「カミの場合は愛が重いんだよ。多分少しのつもりなんだろうけど、普通に痛いから」


 チカが「まったく、カミなんだから」と呆れたように言う。


 だけどチカが笑顔になってくれたから良かった。


「まぁいいや。それより着いたよ」


「ここ? あ、名前は聞いたことある」


 チカに紹介する私の趣味は、漫画やアニメだ。


 私にはそれぐらいしか興味のあることがない。


 なので私がチカを連れて来たのは、近くのアニメショップ。


「歩いて行ける距離にあると通うよね」


「それが理由で趣味になったの?」


「さすがに違うよ。私って昔から一人でご飯食べることが多かったから、なんとなくテレビ付けて食べてたんだけど、その時に見るのが大抵アニメだったからかな?」


 趣味のきっかけ、好きになるきっかけなんて大抵覚えていないものだ。


 友達だって気づいたらなってるもので、理由なんて覚えていない。


 まぁ多分チカ達との出会いは絶対に忘れられないだろうけど。


「普通なら重くなる話でも、カミの場合なんともないように話すから雰囲気が重くならない」


「今のを重く捉える人は苦手だからそれでいいよ。勝手に同情して『可哀想』とか思われたくないし」


 一人で朝ごはんや晩ご飯を食べることを寂しいと思ったことは無い。


 父と一緒に食べても特に会話はないから一人と変わらないし。


「私も一人ご飯の方が気は楽かな」


「つまりリアが誘ってくるお昼は嫌だと」


「分かっててそういうこと言うカミ嫌い」


 私とチカとユメは毎日リアに誘われてお昼を一緒に食べている。


 今までは教室の隅っこで一人寂しく音楽(アニソン)を聴きながらお昼を食べていたが、最近は好き嫌いの多いリアのおかずを分けられたり、それをたしなめながら自分も入れてくるチカが居たり、それを天使の微笑みで見ているユメが居たりで楽しいお昼を過ごしている。


「そもそも私達は四人固まってるから一緒に食べるのに都合いいんだよね。逆に一人省いたら気まずいし」


「まぁリアにそんな考えないんだろうけどね。でもずっと気になってたんだけど、私達って転校生で、その日にカミの周りを囲うような席になったよね。つまりそれまでカミって周りに人の居ない完全なぼっち席だったの?」


「それは……、あれ?」


 確かに言われてみたらその通りだ。


 何も気にせずに受け入れていたけど、私の周りには確かに誰か居たはずだ。


 だけどチカ達が転校してきた日は私の周りの席が確実に空いていた。


 なんの違和感もなく。


「もしかして最初から仕組まれてた?」


「誰に?」


「あのクソ担任」


「口悪いよ。まぁそういうことならいっか。結果的にカミの近くの席で私は嬉しいし」


 狙ってるのか無意識なのか分からないが、チカにそう言われるとドキッとしてしまう。


「てかそろそろ手離さない?」


「駄目?」


「上目遣いで可愛く頼んでくれたら考えなくもない」


「………………残念」


 やってみようかと思ったけど、さっきのがトラウマでさすがに控えて手を離した。


「チカの温もりを感じる」


「変な言い方すな」


 私が握っていた右手を眺めながら言うと、チカに頭を軽く叩かれた。


「照れ隠しが痛いんだけど?」


「今のは照れ隠しじゃなくて引いただけだから」


「酷いな。別にいいけど。それより何かいいのある?」


 私達は一応漫画やラノベのコーナーを見ながら話していた。


 今のところチカが会話以上の反応をしてるものはないが。


「よく分かんないもん。カミのおすすめとか教えてよ」


「私はラブコメばっかだよ?」


「意外。もっと血が沢山出てくるようなのが好きなのかと」


「私をなんだと思ってる」


 血が沢山出てくる系の漫画は得意ではない。


 そこに恋愛要素が入ってくればまだ読めるだろうけど、完全なスプラッターものは苦手だ。


「ていうかカミって恋愛にちゃんと興味あるんだ」


「自分のには無いよ? 人の恋愛を第三者視点で眺めてるのが好きなだけ」


 自分で恋愛する気は無いけど、恋愛で葛藤してる人達を見るのは好きだ。


 見てると楽しいけど、自分があんなめんどくさいことをしたいとは思わない。


「でもチカ達相手なら考えなくもないかな?」


「そういう事なのかもね」


「なにが?」


「恋愛に興味のない人って、デートの為に時間を作るのがめんどくさいとか、相手の気持ちを考えるのがめんどくさいとかあるでしょ?」


 私は頷いて答える。


 私も相手の為に時間を作るめんどくささがあるから恋愛には興味がない。


 そもそも相手がいないのだけど。


「でもさ、それが全部苦にならないのが『好きになる』って事なのかなって」


「そっか、確かにチカ達の為ならいくらでも時間を作るもんね」


 実際こうやってバイト終わりにチカと出かけてる訳だし。


 リアのときもそうだけど、バイト終わりに出かけるなんて今までの私なら有り得ない事だ。


「じゃあカミの為に勉強するから恋愛ものでおすすめお願い」


「難しいけど頑張る」


 おすすめ出来る程私は漫画に詳しくないし、私の好きなものがチカも好きとは限らない。


 私は売り場を三周して、やっと二種類の漫画をおすすめ出来た。


 一つは私が好きなやつで、もう一つは万人受けするタイプのラブコメ。


 私の好きなやつは好きな人は好きなタイプだから、試し読みをしてから決めてもらおうとしたけど、チカに迷いはなかった。


「どっちも買ってくるね」


「そっちはともかく、私の好きな方は初めての人は読めるかも分からないよ?」


「苦手な人もいるって事? いいの」


 チカが微笑みながら漫画を見つめる。


「カミの好きなものを私も好きになりたいから」


「……それなら」


 チカにそう言うと、チカはレジに向かった。


 リアのことを好きになっておきながら、チカに惚れかけてしまった。


(これが浮気する人の気持ちか……)


 絶対に分かりたくなかった気持ちを理解してしまい、自嘲気味に笑った。


 買い終えたチカが微笑みながら戻って来て「どうしたの?」と聞いてきたので「なんでもないよ」と笑顔で返した。


 浮気と言っても私はリアと付き合ってる訳でもないし、これは浮気とは違う。


 私はそう言い訳して、チカと共に帰路につく。

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