第16話 チカ キレデレ
「わ、私をどこに連れて行く気!」
「帰る?」
「ごめんなさい」
チカがいきなり何かを思いついような仕草をしたと思ったら、とてもくだらない事を言い出した。
私とチカは今、私の趣味を教える為にお出かけをしている。
「ちなみにどこに行くの?」
「着いてからのお楽しみ」
「そうか、私は今日大人の階段を上るのか……」
ちょっと何を言ってるのか分からないので無視して進む。
まぁ私は無趣味ではあるから、趣味を教えて欲しいと言われると困る。
だから趣味と言えるかは分からないけど、興味があるものを教えるつもりだ。
「チカってなんで地上の調査をする事になったの?」
なんとなく聞かない方がいいと思って聞いてなかったけど、いちいちそんなのを考えるのがめんどくさくなった。
「定期的にあるんだけど、する理由としては、侵略が目的かな?」
「物騒なことわサラッと言うね」
「だってただの建前でやる気ないし」
「なんだかとんでもないフラグが立った気がするんだけど?」
地底人がどんな力を持っているのかは分からない。
地中に住んでいるだけで、私達と身体能力なんかが変わらないのかもしれないし、特殊能力を持っているのかもしれない。
もしも特殊能力があるのならわざわざ地上の調査なんていらないのだろうけど。
「チカを見る限りだと、私達と変わりないの?」
「身体能力は変わらないかな。超能力とかそういうのも無いよ。強いて言うなら、耳と鼻が良くて。それと地中って光が少ないから暗いところでもそれなりに見えるけど、明るいところだとあんまり見えないってことかな?」
チカはそう言って眼鏡をクイッと上げる。
「光に目がやられるって感じ?」
「そうだね。常に夜更かし後な感じ」
「分かりやすい例え」
確かにオールした後の日差しは目に響く。
私は二度とオールはしないだろう。
「なんだかモグラみたい」
「……」
私がそう言うと、チカの雰囲気が明らかに変わった。
(地雷踏み抜いたな、これ)
私達を地上人と表すなら、地上人が猿と言われるのが嫌なように、地底人はモグラと言われるのが嫌のようだ。
少し考えれば当たり前だけど、言ってしまった後に後悔してももう遅い。
「チカ、私が悪いのは自覚してる。謝って済むならいくらでも謝るから、どうか許してください」
こういう時は誠意を見せるしかない。
多分私がやられたら許さないで縁を切るけど。
「つまりカミが何でもするって事?」
「許していただけるのなら。でも命を差し出せみたいなのはお許しを」
「何でもなのに?」
「死んだら許してもらった後にチカと話せなくなる」
「……私はそんなにチョロくないから!」
なんだかよく分からないけど、チカが頬を膨らませてそっぽを向いた。
(可愛いな)
余計に怒らせたかもしれないけど、悔いは無い。
「絶対変なこと考えてるよ。いいよ、許した」
「いいの?」
「別に私達が地中に住んでるからモグラって言った訳じゃないんでしょ?」
「うん。モグラも視力悪いって言うから」
正直モグラについてそんなに詳しくないから本当にそんなのかは知らないけど、そんな噂ぐらいは聞いた事がある。
「次に言ったら……」
チカはそこまで言うと、私の耳元に顔を近づけてきた。
「お嫁に行けなくするからね」
「ゾクッときた」
チカの囁きに震えた。
断じて悪い意味ではない。
後少しで『社会的に死ぬところだった』みたいな意味で。
「もしそうなったらチカが貰ってくれる?」
「頼み方次第かな」
「強引なのと甘えたのどっちがいい?」
「どっちも見たい」
チカが「どうぞ」と言わんばかりに腕を広げた。
「ここでやれと?」
「やってくれないと許さなーい」
「さっき許してくれたのに……」
やるのは別にいいのだけど、もしも知り合いにでも見られたら死ぬ気がする。
幸い、ここは住宅街で一本道だから誰か来たら分かるけど。
「まぁいっか。なるようにしかならないだろうし」
「カミのそういうとこ結構好き」
「ありがとう。じゃあ最初は強引から」
私はそう言って『スイッチ』を入れる。
ただの気分だけど。
「わくわく」
「そんなに嬉しいの? 私と一緒になるのが」
「ほう、それで?」
「……やぁだぁ」
チカの反応に心が折れたので、チカの胸に顔を埋めながら抱きついた。
せめて無言だったらもう少し耐えられたけど、さすがの私でも、羞恥心ぐらいはあるのだ。
「あらら。恥ずかしくなっちゃった? かわいいなぁ」
チカはそう言って私の頭を撫でる。
「ほんと?」
「え?」
「わたし、かわいい?」
「……」
チカの胸に顎を乗せながらそう聞くと、チカが無言で私を抱きしめた。
どうやらチカは甘えたの方がお好みらしい。
「チカはわたしがお嫁に行けなくなったら貰ってくれる?」
「貰う。一生尽くす」
そこまでされるのは少し重い気がするけど、悪い気はしない。
でもお嫁に行けなくするのがチカで、そのチカのお嫁さんになると言うのは変な話だけど。
「チカ好き」
「私も好き。きっと後でもっと可愛いカミを見て、更に好きになるんだろうね」
「……死にたい」
今のチカの言葉で全てを理解してしまった。
多分居る。今この世で一番居て欲しくない人が。
「大丈夫、僕は何も見てないし聞いてないから」
「そう思うなら何も言わずに来た道戻ってよ……」
そこにはおそらく仕事帰りの父が居た。
「なんかごめん。でも安心していいよ。僕は娘がどんな趣味だろうと応援するし、実はそういうキャラだったとしても否定しないから」
「ちゃんと見て聞いてんじゃん……」
「あ……」
父はいい人だ。
だから誰かに言ったりはしないだろう。
だけど、リアやユメ、クラスの奴といった無関係の人にバレるよりも、父にバレるのが一番堪える。
ちゃんと説明したら分かってくれるのだろうけど、顔を合わせた時に一瞬気まずくなるのが確定してるからだ。
「父よ。今から父の記憶を消すから頭を出して」
「待って、それは物理的にだよね? 僕は知ってるよ、力加減を失敗したら記憶どころか意識も消えるって」
「大丈夫、記憶と違って意識は戻るから」
「いや、あの、ほんとに忘れるから、そういうの得意だから。だから徐々に近づいて来るのやめて。怖いから」
実の娘に対してなんて事を言うのか。
これはやはり物理的に記憶消去兼、制裁が必要だ。
「朝も思ったけど、ほんとに仲良しだよね」
「今仲悪くなったから」
「それが本心だとしても、そういうのを直接言えるのは仲のいい証拠だよ」
「えっと倉橋さんだよね。確かに喧嘩出来る親子なんてめったにいないんだろうけど、娘を止めていただけないでしょうか。親への挨拶とか飛ばして結婚までいっていいので」
「ほう。実の娘を売ってまで助かりたいか」
「やっぱり酷いことする気なんだ。お願いします。今日は好物のオムライス作るか──」
「カミ!」
チカが私を後ろから抱きしめるようにして私を止めた。
危なかった。後少しで本当に社会的に死ぬところだった。
「ありがとうチカ。もう大丈夫」
「本当に?」
「うん。でも危ないから手は繋いでいい?」
私がそう言うと、チカは腕を離して私の左手を握った。
「本当にごめん」
父が私に頭を下げてきた。
「知ってたはずなのに。それなのに……」
「いいよ。悪気がないのは知ってるし。私の方こそごめん。父は何も悪くないのに」
そうだ、父は何も悪くない。
悪いのは全部……。
「そういえば父に私の好物教えてなかったね」
「そうだね。何が好きなの?」
「私、父の作る料理は何でも好きだよ」
私は父にそう告げてチカの手を引きながらその場を離れる。
逃げるように離れたのは、暗くなる前に帰らないと父を心配させるからだ。
断じて顔が熱くて、熱かもしれないのを隠す為ではない。
後ろでチカが「キレデレって新しいな」なんて言っていたが、聞こえないフリをした。
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