第15話 チカ 美少女の聖水

「ん〜、カミのにお──」


「見なかったことにしよ」


 私がバイトから帰り、自分の部屋に入ろうと扉を開けると、変態が私の枕に顔を埋めていたので無言で扉を閉めた。


 この場合はどう対応するのが正解なのか考えてみる。


「放置か、何事もないように入るか、襲うかってとこかな?」


 多分私が帰って来たからやっているのだろうから、一番嫌なのは放置か無反応だろう。


 突っ込み待ちは何もされないとほんとに困るから。


「まぁ私は優しいから相手してあげよう」


 私はそう言ってもう一度扉を開けた。


 するとこちらを見ていた変態が慌てて枕に顔を埋めた。


(可愛いから許されるけど、普通に警察ものだろ)


 地底人に地上の法律が適応されるのか分からないけど、裁判で私が絶対に勝てる。


(まぁ美少女が私の寝具にマーキングしてくれるのなら喜んで受け入れるけど)


 私はそんな人の事を言えないようなことを考えながら変態に近づき、覆い被さるようにベッドにうつ伏せになる。


「え、カミ?」


「続けていいよ。私はチカの匂いを嗅ぐから」


 私はそう言ってキスをするようにチカの身体に顔を近づける。


 鼻をチカに付けているから唇が当たってはいるけど。


「チカっていい匂い。香水みたいな匂いじゃないよね、体臭?」


「言い、方! 褒め、られてる、のは分かる、けど、や、んっ……」


 私の好きな匂いだったものだから直で匂いを嗅いでいたら、チカの顔が赤くなってきた。


「発情期?」


「うるさい、変態!」


 チカにだけは言われたくなかったけど、可愛い子に言われるのならそれはそれで……。


「もっと言っていいよ」


「え……」


「あ、ガチで引かないで。普通に凹む」


 冗談三割、本音が七割で言ってるだけだから本気にされると少し困る。


「ていうかチカだって私に構って欲しいからって人のベッドでエロい事してたんでしょ?」


「そこまではしてないから!」


「え、じゃあどこまでならしたの? それとどこまでを想像したの?」


「……絶対に引かない?」


「その前置きされると怖いんだけど」


 私は今、チカとの間に毛布を挟んでいる。


 つまりこの毛布の中がどうなってるのかはまだ知らない。


 それはそれとして。


「まぁいいよ。チカが私のベッドで発情して、私に抱かれてるのを想像しちゃったんなら半分は私のせいだから」


「だからそこまではしてないから!」


 それにチカがたとえどんな事をしてたとしても、私としてはむしろ……。


「あ、でも失禁は駄目だよ? 布団洗うのめんどくさいんだから」


「……」


 チカが気まずそうに顔を逸らすけど、それが演技なのは分かっている。


 もし本当にしてたなら、いくら美少女の聖水だとしても一度洗わないといけない。


 そうなったらチカの家にでもお泊まりさせてもらわないといけない。


「チカの聖水……」


「いやしてないよ? ほんとに。ただちょっとだけ汗かいたぐらい」


「つまり私が嗅いだのはチカの聖水(汗)って事か」


 なぜ美少女の汗はいい匂いなのか。


 それは永遠の謎だ。


 まぁ私はチカのしか嗅いだ事ないのだけど。


「だから言い方よ。そう言われると恥ずかしいんだけど」


「じゃあ聖水流す意味を込めて一緒にお風呂でも入る? 他意はない」


「最後の一言で不安になったからやだ。それと聖水言うな」


 チカがもぞもぞと動いて仰向けになり、私のおでこを人差し指で押した。


「それでほんとは何してたの?」


「引かない?」


「引かないよ。チカ可愛いから」


 何故か理不尽に頬をつねられた。


「まぁカミだもんね。カミが知ってる以上の事はしてないよ。さっき枕の匂いを嗅いでたのは、隠すよりはそういう演技にした方がバレた時のダメージが減ると思ったから」


「つまり私がバイトで汗水流してた時に、チカは私の匂いの染み込んだベッドで汗水流してたと?」


「違、うとも言えないけど……」


 多分枕やシーツ、毛布に顔を埋めていたのだろう。


 でも埋めながら何をしてたかは言うつもりがないらしいけど。


「チカは匂いフェチなの?」


「今日初めて知ったけどそうみたい」


「知ってる? 匂いフェチの人って、特に好きな人の匂いが好きなんだよ」


 つまりチカは私が好き。


「モテる女は辛いな……」


「……」


 私が冗談めかしてそんな事を言うと、チカがいきなり私に抱きつき、首に鼻を押し付けた。


「大胆」


「確かに好きかも。カミの聖水の匂い」


「なるほど。確かに恥ずかしい」


「赤くなってる」


 チカは私の顔を嬉しそうに見ると、首の匂いを嗅ぎながら舌でチロっと私の首を舐めた。


「ちょっ、それはなんか駄目でしょ!」


「照れてる。カミって自分がするのは平気なのに、されるのは駄目なんだね」


「チカだってそうだろが」


 私はお返しとばかりにチカの首を舐める。


「顔赤いよ?」


「うっさいし。ていうか私はカミにお願いがあるから待ってたんだけど?」


「チカが発情期なのが悪い」


 私は帰って来たらチカに私のトレンドを教えるつもりだったのに、チカが抑えきれない欲情を爆発させたからこんな事になっている。


「てか私の事知りたいって話なら、これが私だよ?」


「変態って事?」


「チカがそう思うならそうなんだろうけど、誰だって好きな子とか可愛い子とはエロい事したいでしょ?」


「カミみたいにさらけ出す人はそうそういないけどね」


 私だって外ではそんな事しない。


 だけど私の部屋、密室でなら普通にする。


 それでも「相手に嫌われたら」とか考えて普通はしないのだろうけど、私はしてから考える。


「でもそれが『私』だから」


「なるほどね。カミは欲望に忠実って事か」


「私もチカ達と出会って初めて知ったけどね」


 私は人に一切の興味がなかったから、こんなに人を欲する人間とは思ってなかった。


「つまりカミがおかしいのって私達のせい?」


「そうなるね。元から人とは違う考え方なのは自覚あるけど、可愛い子が好きなのに気づいたのとこんなに人を襲いたいって思うなんて知らなかったから」


 これが俗に言う「可愛いは罪だ」になる。


「それがカミの本質か。カミの性格はなんとなく分かった。次は趣味とか教えて」


「私の事ってチカの目的と関係あるの?」


「特にないよ? ただの個人的趣味」


 チカの言葉が本心なのかは分からないけど、そもそも地底人であるチカがなぜ地上の調査を必要としたのか。


 定期的に行っているのかもしれないけど、他にも何か、理由があるのかもしれない。


(考えても仕方ないか)


 そういうのはその場のノリでなんとかするのが私だ。


 だって今考えたってその時になったらどうなるか分からないのだから。


「どうしたの?」


「別に。チカが私のこと大好き過ぎだなーって思ってただけ」


「あっそ。今から出かけるのはさすがに遅くなるから駄目だよね?」


「軽くスルーされた。私はいいよ? 父も仕事行ったみたいだし」


「そういえばお父さん『僕は仕事に行くけど、娘が帰ってくるまで待ってるなら居ていいからね』って言ってたけど、色々と大丈夫?」


「大丈夫だよ? 大切なものが盗まれたりとかは絶対に起こらないから」


 チカへの絶対の信頼があるからではない。


 だって父はチカと会うのは初めてなのだから、いくら私の初めての友達という認識があったとしても、普通は疑う。


 うちは特殊なので、そういう心配は皆無だ。


「私への信頼ではないよね。もしかして何か盗んだら直で警察に通報されるとかあるの?」


「秘密。でもお試しでもやらない方がいいよ。下手したら人生終わるから」


「怖っ! え、カミのベッドで悶えるのはセーフ?」


「それぐらいなら大丈夫。私のクローゼットを開けるぐらいも大丈夫だけど、盗もうとしたら……ね」


「いやだから怖いって。……危なかった」


(見たのか。いいけど)


 半分脅しだからさすがに人生が終わるまではいかないけど、可能性が無い訳ではない。


 うちはそういう家なのだ。


「見たいなら見せようか?」


「怖いからいい」


「リアなら喜んで私の生着替え見るのに」


「不可抗力じゃなく?」


「不可抗力で見て、それからガン見する」


 何が楽しいのか、リアは私の着替えをずっと見てくる。


 いいけど、私のを見るのならリアのも見せて欲しい。


「リアもリアで変態なのね」


「まぁ小学生レベルだけど。いや、たまに大人っぽくなるか」


「やめよう。リアとの接し方に困る」


 そう言うならと話をやめて、私は出かける準備をした。


 そして私とチカは一緒に出かけた。

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