第10話 リア 悲劇の電車

「リアってさ、どこに住んでるの?」


「宇宙船」


 私のバイトが終わり、私の部屋のベッドの上で虚無になっていたリアと共に電車に揺られている。


 退屈させて悪いと思ったが、どうやら文字通り宇宙と交信していたらしい。


 そんなリアがどこに住んでいるのかが唐突に気になった。


 チカは地底人だから少なくとも地底に住む場所はあって、ユメはどこでも通り抜けられて姿を消す事が出来るからどこにでも住める。


 だけどリアは知らない星で、住む場所なんてないはずだから聞いてみたが、少し考えれば宇宙船があった。


「不便ないの?」


「衣食住で言うなら、服はなんでも映し出せるし、食べ物は地球人と違って食べなくても生きていけるよ。住みやすいかは微妙かな。狭いし独りで寂しいから」


「そっか……」


(何か聞いたらいけない事を聞いた気がするぞ?)


 リアは確かに言った「服は映し出せる」と。


 つまりリアの今着てる服は、実は服ではなく、プロジェクションマッピングみたいなものなのかもしれない。


 つまりリアはずっと……。


「リアって全裸って事?」


「ち、違うよ!」


 私が耳打ちするとリアが顔を真っ赤にして私の膝をぽかぽかと叩く。


「映し出すって言い方が悪かった。えっとお洋服に見える物体を創り出して、それを着てるってこと。実際はもっと複雑なんだけど、説明が難しいからこれで納得して」


「服に見えるようにしてるって事?」


「そんな感じかな?」


 要するに、何か機械のようなもので服に見えるものを纏っているという事のようだ。


 簡単に言うなら『実態のあるプロジェクションマッピングを纏っている』みたいな。


「科学の力ってすげーってやつか」


「それ知ってる。私は魔法の方がすごいと思うけど」


「科学を扱うのに魔法に抵抗ないんだ」


 よく科学者が「魔法なんて非科学的なものを信じられるか」みたいなことを言ってる気がする。


 だからリアも魔法を好まないのかと思っていた。


「だって科学から時間を引いたのが魔法じゃん?」


「そうだね。でも魔法は『個』で科学は『多』じゃない?」


 どちらも使える人間に限りはあるが、魔法は完全にその個人で完結してるのに対して、科学は発明されたら誰でも扱える。


 確かに『水』を生み出すのは魔法の方が断然早いだろうけど、世界に『水』を行き渡らせるのは科学の方が早いと思う。


「だからどっちがすごいとかはないと思うけど」


「でも魔道具ならどう? あれって科学の応用みたいなものだから、魔法が科学を超えてることにならない?」


「動力が魔力か電気の違いなら、補給方法を考えると科学の方がいいでしょ」


 要は適材適所だ。


 魔法も科学もどちらもすごい。


「それに科学は突き詰めれば魔法になるって昔の偉い人は言ってるよ」


 確かクラークの三法則だった気がする。


 中身は覚えていないけど、科学で魔法は再現出来るみたいなやつだ。


「それだと科学は魔法の劣化版って言ってない?」


「考え方じゃない? 魔法で『火』を生み出すのをすごいって思うけど、それは科学でも再現出来ることなんだよって話」


 確かに時間を言われたら仕方ないけど、結果だけ見たら科学で『火』は生み出せる。


「まぁそもそも魔法なんて存在しないんだから、どっちがすごいなんて考えるだけ無駄でしょ」


 知らないから憧れるのだ。


 アイドルを夢見た少女が、その裏を見て絶望するように、魔法にだってデメリットは絶対に存在する。


「魔法はあるよ?」


 リアがとても不思議そうに私を見る。


「漫画の読みすぎではなく?」


「私達って別に地球だけに来てる訳じゃないんだよ。知見を広める為に色んな星に行ってるの。その中に魔法を使う人達は居たよ」


「まじですか……」


 魔法とは地球人の作った設定だとばかり思っていたけど、考えてみればリアの科学力も私からみたら魔法にしか見えない。


 それだけのものをリアは当たり前に使えるのだから、魔法があってもおかしくはないのかもしれない。


「叡智の書を読んであれが魔法って知ったんだけどね。あ、でも叡智の書に書かれてる程万能でもなかったよ」


「どういうのがあったの?」


「例えば『火』を生み出すことは出来るけど、それを飛ばしたりは出来ないの。生活魔法って言うのかな? あくまで生活の補助みたいな魔法」


 つまりライターや蛇口の代わりになるということらしい。


 漫画なんかである人を殺す魔法なんかは無いとの事。


「それは戦争にならなくていいじゃん」


「そだね。さすがに人が居るから絶対にない訳じゃないけど、大きい爆発が起こったりはしないみたい」


「使い方によっては人を殺せるかもだけど、それなら他のものを使った方が早いって事だもんね」


 人間が入ればそこでは絶対に争いが起こる。


 これはどこの星でも変わらない事実らしい。


 世界は広くても、考える事は対して変わらないようだ。


「逆にリアのところはやばそうだよね」


「うん。酷いよ……」


 おそらく地雷を踏んだ。


 リアの表情を一言で表すなら虚無。


 私の部屋で宇宙と交信してた時以上に何も見えない。


「リア、手握っていい?」


「聞きながら握ってるじゃん」


 リアのこんな顔を見ていたくなかったので、リアの手を優しく握る。


 多分リアには『気を使われた』と思われるかもだけど、恋人繋ぎにすれば私の私利私欲に見えなくもないだろう。


 実際リアの手を握りたかったのは嘘ではないし。


「リアの手って可愛いよね」


「そう?」


「小さくて綺麗。それにスベスベで一生握ってるね」


「カミちゃんって見た目と第一印象はクールっぽいのに、実はやばい人だよね」


 リアはそう言いつつも握る手に力を込める。


 私が周りからどう見られてるかは知らないけど、人と関わらないようにしているから一匹狼のように思われているのかもしれない。


 実際の私は可愛い子が好きな普通の女子高生なのに。


「リアはそんな私嫌?」


「そんな訳ないよ。たまに……ではないけど暴走する時があるのはちょっと怖いけど、そんなところも含めて大好き」


 リアが満面の笑みで私に言う。


(可愛いんだよな……)


 ここが電車の中じゃなくて私の部屋だったらまた押し倒してた。


 やっぱり私が暴走するのはリアが悪い。


「リアには罰として帰った後、私に好き勝手されるように」


「なんで!?」


 理由なんて教えてあげない。


 可愛いリアをめちゃくちゃにしたいっていう私のわがままだから。


「それより人いなさ過ぎでは?」


「普通に流された。そういえばこの車両誰も居ないね」


 私とリアの乗る車両には最初人が居た気がするけど、いつの間にか居なくなっている。それはいい。


 だけどそれから誰一人として乗ってきていない。


「休日の夕方だから? こんなに過疎ってるものなんだ」


「人払い? いや、それなら鳴るか……」


 リアが小声で何かを言っている。


「私、基本的に電車乗らないからこんなもんなのかもね」


「だとしても変だよ。カミちゃんに言われるまで気づかなかったけど、この電車に私達以外の人乗ってない」


「そんな訳ないでしょ」


 さすがにそこまで過疎ってはない。


 私はリアの手を引きながら隣の車両を覗く。


「いないね。二車両誰もいないのはまだあるよ」


 私は少しの焦りを抱えながら他の車両を確認に向かう。


 だけどどの車両にも、そして運転手さえもいなかった。


「……つまりここにはリアと私しかいないから、ベッドの上でしか出来ない事がし放題?」


「カミちゃん、それは現実を受け止めきれなくておかしくなったのか、場の雰囲気を和ませる為なのかどっち?」


「キャパオーバーだからリアの温もりを感じたい」


 私がそう言うとリアは無言で抱きしめてくれた。


 正直意味が分からない。


 乗客が居ないのはまだ分かる。


 だけど運転手がいないのはさすがにおかしい。


 思い返してみたら、この電車は一度も止まってない。


「全然思い出せないけど、最初に居た乗客ってどこ行ったの?」


「多分なんだけど、のは私達の方」


「ズレた?」


 リアが辺りを見回しながら真剣な表情で言う。


「私達が気づいたせいなのかな、外見て」


 リアに言われるがまま、リアの視線の先の扉の向こうを見る。


「赤い……」


 外は真っ赤になっていた。


 夕日で赤いとかそういうレベルではない。


 世界に赤のペンキをぶちまけたように赤い。


「多分なんだけど、『色』っていう情報を無くしたんだろうね。えっとパノラマだっけ? それに色を塗ってない感じ」


「ジオラマ? どっちでもいいけど、要は隔離世界みたいに考えたらいい?」


 リアが頷いて答える。


 どうやら私とリアは知らぬうちに電車ごと亜空間に閉じ込められたようだ。


「電車もループしてるみたいで扉は開かない。無理やりこじ開けても飛び降りたら死ぬ」


「ワープは最終手段だけど、使えるかは微妙なんだよね」


 リアはそう言って何か小さな機械を取り出した。


「これはお洋服を変える機械の小さいバージョン。お洋服が汚れた時に一枚ぐらいなら変えられるんだけど……」


 リアがそう言って機械をいじるが、特に変化はない。


「やっぱり使えない。アンチフィールド張られてる」


「ジャマーってやつ?」


「うん。つまり八方塞がり」


 これではどうしようもない。


 待っていたら出してくれるのかもしれないけど、そんな確証はない。


「誰がこんな事したのさ」


「私だけど?」


 私とリアは第三の声に驚きながらそちらに意識を向ける。


 すると小さい女の子が席に座って私達を見ていた。


「あなたは──」


「バレちゃったからばいばーい」


 女の子がそう言って手を振ると、身体が足元から浮く感じがした。もっと正確に言うなら電車が浮いた。


 その後電車がどうなったのかは分からない。


 分かったのは、リアが私を庇って抱きしめてくれたおかげで私は軽傷で済んだ事。


 それとそのリアが頭から血を流していた事。

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