第5話 正体と目的
「ここは──」
「家庭科部へようこそ」
図書室を後にした私達は、次に別棟の端にある家庭科室に向かった。
するとそこにはまたもや知ってる顔が居た。
「風奏ちゃんがなんで居るの?」
「私が家庭科部の部員だから」
「そうじゃなくて、私達はまっすぐにこの家庭科室に来たのに、なんで風奏ちゃんの方が先に着いてるの?」
リアの疑問は最もだ。
私達が図書室で風奏と分かれてからこの家庭科室に着くまで立ち止まったり、寄り道したりしていない。
図書室から下りる階段は一つしかなく、風奏は私達を追い越していないから、こうして風奏が待っていることは有り得ないはずだ。
「私が一人だといつから錯覚していた」
「なっ、まさか風奏ちゃんは分身出来るってこと!?」
「分身、少し違うな。どちらも私で、どちらも偽物なんだよ」
「じゃあ、身体を半分にして、それが完全再生したみたいな感じ?」
「近からずも遠からずかな」
「茶番はいいから」
リアが本気で相手をするものだから、風奏の悪ノリがすぎた。
もちろんこの学校に風奏が二人居る訳ではない。
どうやら私達に気づかれないように後を付いて来て、二階の渡り廊下に入ったところで一階に行き、走って家庭科室に向かったようだ。
「雷神はノリが悪い」
「悪いノリをする奴よりかはいい」
「訂正、ノリが良かった」
とてもうざい。
いつもなら暴力で解決だが、ユメとの約束があるからそれも出来ない。
「家庭科部って言ってたけど、他の部員は?」
チカが不思議そうに風奏に聞く。
確かに教室には風奏以外の部員も顧問もいない。
「居ないよ? だってうちの学校に家庭科部は無いから」
「え、じゃあほんとに私達を待つ為だけに家庭科室に来たんですか?」
「そだよ?」
風奏がさも当たり前のように答える。
行動力は凄いが、それになんの意味があるのか。
「ん? でも図書委員の仕事は?」
「あぁ、図書委員も嘘」
あっけらかんと答える風奏に、リアが呆れたような顔をする。
ちなみに私は呆れてる。
「ていうか雷神は私が委員会と部活を何もしてないって知ってるよね?」
「え、知らないけど?」
「だよね、知ってた、知ってたけどさぁ……」
風奏がチカの胸に顔を埋めながら落ち込む。
実際はチカの胸を堪能してるだけだが。
「風奏、お金取るよ」
「お触り現金? 電子マネーじゃ駄目?」
「電子マネー派だからいいよ」
「じゃあぱふぱふ一回で百円ぐらい?」
「私はそんなに安くないから。一回で万から」
チカが笑顔で風奏に言うと、風奏がスマホを取り出して「いけるか?」と本気で悩んでいる。
「じゃあ揉むのとぱふぱふで一万でどうだ」
「んー、倍で」
「いちご」
「美味しいねぇ」
チカは最低二万から引く気はないようだ。
チカの身体ならそれぐらいは取れるだろうけど、そこまで本気になれる風奏も風奏だ。
「全裸オプションで二万」
「それならそれの倍」
「もうどうでもいいから次行っていい?」
そろそろこのくだらない駆け引きに飽きた。
リアも飽きたようで家庭科室の中を探検しているし。
「カミも触ったらご利益あるかもしれないよ?」
「そんな安い喧嘩は買わないから。でもそんな安い喧嘩を売るようなチカは安いんじゃない?」
「言ってくれる。私が本気出したら一晩でサラリーマンの月収は稼げるし」
「そんなの存在が天使なユメなら一緒に居るだけで稼げるし」
「ユメちゃん巻き込み事故」
一通り探索し終えたリアが帰って来た。
「じゃあ軽く喧嘩したところで次に行こうか」
「喧嘩のくだり必要あった?」
「チカが吹っ掛けてくるからじゃん」
「だってカミが私を馬鹿にするから。一回揉んでみてよ」
チカはそう言って私の腕を掴んで、一揉み一万円の身体を触らせる。
「どうよ」
「これがユメのだったらドキドキしたんだろうけど、チカだと……」
私じゃなくてこれが男子だったら大興奮だったのだろうけど、私には女子の胸を触って興奮する趣味はない。
ユメの胸なら触られて恥じらうユメを見れて、こっちまでドキドキ出来るだろうけど。
「いつか絶対に私に欲情させる」
「楽しみにしてる」
何も楽しみではないけど、目標があるのはいいことだ。
私の目標は平穏な日常を送ることで、もう叶うことなないけど。
「雷神、次はどこ行くの?」
「とりあえずこの階の教室見て、次に一階見て終わりかな。体育館は帰り途中で見れるし」
体育館は一階の本棟と別棟を繋ぐ廊下の途中に道があるので、教室に帰る途中で通ればいい。
「そうか、ならこれを進呈しよう」
風奏はそう言ってまたも一枚の紙を私に差し出す。
「行くところにあるんじゃなくて、行ったところで神井さんから貰うのね」
「まぁ似たようなものでしょ?」
探す手間が省けていいが、その分無駄な時間を過ごした気がする。
私はそんなことを思いながら貰った紙を見ると、そこには『O』と書かれていた。
「これはアルファベットでいいの?」
「うん。次て最後だけど、三文字目を予想したら駄目だよ」
今持っている文字は『D』と『O』。
繋げたら『DO』になるが、『do』にして『する』とも読める。
だけどその場合は、後一文字だから続かない。
そもそもアナグラムの可能性もあるから予想するだけ時間の無駄だ。
「最後の文字が『G』なら『DOG』で犬になりますね」
「ユメ、そういうのは言ったら駄目なやつ」
それがハズレならいいけど、もしも当たっていたらこの後のモチベーションに関わる。
私達のもだけど、それ以上に風奏の。
「……次の場所で待ってるね」
「あ、えと、ごめんなさい」
「ユメは悪くないよ。それと謝ると余計に虚しくなるからやめてあげて」
落ち込む風奏を見ると同情してしまう。
私も『D』と『O』が続いたから次は『G』なのかもとは思った。
だけどもしも当てたら全てが瓦解するから適当に流していた。
だから悪いのはユメではなく、簡単な問題にした風奏だ……、と言いたいけど、風奏が本気で落ち込んでいるのでそんなことを言えない。
「神井さん。もしも最後の文字が『G』で、最終的に出てくるのが『DOG』になるなら、私達はその理由を楽しみにしてるから」
「気を使ってもらって悪いけど、そんな大層な理由は考えてないよ。単に犬が好きなだけだから」
風奏はそう言って私に『G』と書かれた紙を渡してきた。
「ちょっとしたお楽しみになればと思ったんだけど、不完全燃焼になっちゃったよね……」
「本当にごめんなさい」
ユメが九十度頭を下げて風奏に謝る。
「いいよ、それより学校案内中でしょ? 待つ理由の無くなった私も連れてって」
「なんか重い雰囲気出してるけど、あんた別にそこまで気にしてないでしょ」
「気にしてないよ? ただ途中でバレて説明させられたのがちょっと恥ずかしかったから」
風奏はそう言って落ち込んでいるユメの頭を撫でる。
「ごめん、ね?」
「風奏さん?」
「なんかひんやりしてる。それに触ってる感じもしないし」
風奏がユメの頭を優しくぽんぽんしながら言う。
そのユメは、表情が固まった。
「雷神はなんとも思わなかった?」
「まぁ知ってたからね」
「何を?」
「三人の特異性?」
リアとチカとユメは普通とは少し違う。
その中でもユメは一番分かりやすく違う。
「もしかして、カミさんは私がなんなのか知ってるんですか?」
「うん。ユメだけじゃなくて、リアとチカもだけど」
「「「!?」」」
三人が同じ反応をする。
「私の特技の一つに『読心術』があるんだよ。だから、まぁ知ってる」
登校中は気づかなかったけど、教室で再会した時に知った。
三人の正体と目的を。
「だからユメを好きになったとも言えるけど」
ユメの目的が一番可愛くて、応援したくなる。
「答え合わせとかいる?」
「……私はみんなにならいいよ。せっかく仲良くなれたんだから」
「私もいいかな。隠すつもりも無かったし」
「私は言うつもり無かったですけど、カミさんが味方でいてくれるのなら」
「私はずっとユメの味方だから大丈夫」
私がそう言うと「それならお願いします」とユメも同意してくれた。
「じゃあ目的は言わないで、何者かだけ言うね。まずはリア」
「うん」
「リアは宇宙人」
「正解」
リアは地球征服を目論む宇宙人らしい。
そんなこと本当に出来るのか不安になるが、自分を隠しているのかもしれないから注意が必要だ。
「次はチカだけど。チカは地底人」
「そうだね」
地底人がどういうものなのかわからないけど、目的は地上の調査。
もっとフランクに言うと、トレンドの調査らしい。
これは特に害は無さそうなので放置でもいい。
「最後はユメ。ユメは幽霊だね」
「はい」
ユメは一度死んで幽霊になったようだ。
そして目的は、楽しい学校生活を送ること。
ギャルの姿はその副産物みたいだ。
「という訳で、これからもよろしく」
「カミちゃんってすごいね」
「すごいって言うか、やばい?」
「とてもいい人です」
褒められているようないないような感想を貰ったが、意味は分からない。
「雷神はそういう子だからね。私に気に入られるだけのことはあるよ」
風奏が胸を張ってそんなことを言うので無視した。
「これで本当の意味の自己紹介は終わったけど、明日からの関わりは任せるよ」
正体を知られたからには、私を生かしておけないとかなら私も抵抗するし、距離を置きたいと言われたら私も追わない。
「とりあえず今日は学校案内を済ませよう。話はそれからで」
私がそう言うと、三人が頷いて答える。
なので私は残りの教室を案内して、自分の教室に戻った。
その後はみんな別々に帰った。
これからどうなるかは、神のみぞ知るだ。
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