第3話 そんなに欲しいか?

「じゃあカミちゃん、お願い」


「……まぁいいか」


 なんだかんだで放課後になり、私はリア達に学校を案内することになった。


 風奏は部活だか委員会だかでいない。


 ちなみに『カミちゃん』とは私のことだ。


 私が頑なに名前を教えないから、そう呼ぶことにしたとのこと。


 私も私だけど、何故に名字で呼ぶのが嫌なのか。


「でもさ、校内の案内っている?」


「しないと迷子になっちゃうよ? そうなったらカミちゃん責任取れる?」


「そんなん言ったら、私達だって入学初日は校内のどこに何があるかなんて知らなかったし、案内もされてないよ?」


 そりゃあ確かに体育館や校庭への行き方なんかは教わるけど、そんなのは他の人と行けばいいだけのことで、わざわざ予習する必要を感じない。


「そんなこと言っていいの?」


「どういうこと?」


 チカが何か含みのある言い方をする。


「学校案内をして欲しいって言ったのはユメなんだよ?」


「よし、張り切って行こう。隅々まで案内する」


 ユメに言われたのなら仕方ない。


 正直、校内に詳しい訳ではないけど、片っ端から教室を案内すれば大丈夫なはずだ。


「私達との反応違いすぎでしょ。ユメちゃんが可愛いのは分かるけどさ」


「私は可愛くなんて……」


 ユメが頬を赤くしながらモジモジしだす。


「そういうところね」


「え?」


「キョトン顔もいい」


 ユメの仕草は全てが可愛い。


 何故にギャルみたいな格好なのかは気になるけど。


「ユメが可愛いのは周知の事実だからいいとして、どこから行くの?」


「こういうのは上からだよね。下から上に行くと、また下りてこなきゃだし」


「上ね……」


 うちの高校は四階建てで、一階が三年生、二階が二年生、三階が一年生になっていて、四階は確か図書室があった気がする。


 そして廊下で繋がっている別棟は二階建てで、職員室なんかの教室がある。


「じゃあ図書室から行く?」


「知ってるよ、図書室って高校生になると授業でしかほとんど使われないんでしょ?」


「人によりけりでしょ。でも確かに使う人は少なくなってるのかもしれないけど」


 私の知る限りでも、小中高と上がるにつれて図書室の利用者は減ってる気がする。


 理由としては、スマホを持ち出すからなんだろうけど。


「今の時代、紙の本を読むより、スマホをいじる方が楽しいんでしょ」


「スマホ……」


 リアが無言でスマホを差し出してきた。


「他人のスマホとか別にいらないんだけど? 売れと?」


「絶対分かってるよね?」


 もちろん分かっている。連絡先を交換したいということだということは。


「交換してどうすんのさ。ネットでばらまいて私に迷惑電話の対応をさせたいの?」


「カミちゃんは私をなんだと思ってるのさ」


「変人?」


「普通に酷いな」


 変人は冗談だとしても、変な奴とは思っている。


「まぁ冗談はさておき、悪用しないならいいよ」


「する訳ないよ」


「右に同じ」


「絶対にしません」


「リアとユメにはいいかな」


「酷い!」


 チカには悪いが『カミの連絡先を男子に教えて、困るカミを見ようかな』とか冗談でも思ってる奴に教えたくはない。


「そうやって私だけ仲間はずれにするんだ……」


「安心していいよ、神井さんも私の連絡先欲しがったけど知らないから」


「そろそろ風奏に同情しそう」


 風奏はチカのように私の連絡先をばらまこうとか考えてた訳ではなく『毎朝モーニングコールをして、寝る時にはおやすみなさいを言って、家に帰ったらずっとお話しよ』とか考えていたからだ。


 そんな事されたらどっちにしろブロックするから教えなくても同じという結論に至った。


「カミちゃんはツンデレさんなのかな?」


「何をどう見たらそう見えるの?」


「最初は嫌がるけど、ほんとはいいと思ってるから」


「それはツンデレとは言わない。ただのひねくれ者」


 私自信ひねくれ者の自覚はある。


 相手の考えてることが分かるから尚更なのか、どうも相手のことを一度否定してから話を進める。


 めんどくさいのは分かってても直す気はない。


「担任はああ言ってたけど、無理に私に付き合うことないんだからね? あなた達三人は転校生ってだけで注目集めてるし、何より可愛いから学校案内したいって人は沢山いるんだから」


 別に学校案内だけではない、今日は一日中一緒に行動していたけど、それだって別の人に頼んでいい。きっと今なら可愛さと物珍しさで断る人はいない。


「カミちゃんは分かってないよ」


「何を? 内心知られたら誰も近づかない可能性があること?」


「そんなの気にしてないもん! そうじゃなくて、私達はカミちゃんに案内して欲しいの」


 リアが頬を膨らませながら私にジト目を送る。


「確かに今日は先生に言われたから一日一緒に居たよ? だけど一日とはいえ、一緒に居ればカミちゃんがどんな人かぐらいは分かるよ」


「分かってツンデレ?」


「そうやって揚げ足を取って本心を隠すところ可愛いよ」


 リアが微笑みながら言う。


「やめろし」


「カミ照れた。可愛い奴め」


「神井さんと同じ目に遭いたい?」


 私はチカに指をデコピンの形にして見せる。


「照れると暴力で濁そうとするとこもかわ、っと」


「ちっ」


 私の中指が空を切った。


 だけど避けたチカが驚いたようにおでこを触っている。


「デコピンで風圧って起きるの?」


「確かに今前髪揺れたよね?」


「もう一回やる?」


 私がもう一度指を作ってチカに聞くと、チカが慌てて首を横に振る。


「カミさん、恥ずかしくても暴力は駄目ですよ」


 ユメが私の手を優しく握りながらそう言う。


 ユメには私の名前を教えているけど、私が本気で隠していると思っているのか、リア達と合わせて「カミ」と呼んでいる。


「もう一声」


「はい?」


「ユメちゃん、多分ね……」


 リアがユメに耳打ちをする。


「ちょっと恥ずかしいですね」


「チカちゃんと風奏ちゃんを守る為と思って」


「それと私の欲を満たす為に」


「分かりました。……暴力はめっ、ですよ」


 一瞬意識を失った。ただでさえ可愛いユメが、上目遣いで恥じらいながら言う「めっ」は破壊力が凄まじい。


 抱きしめて……抱きしめたい。


「えっと、分かりましたか?」


「……」


「カミちゃん、また暴力をしてもう一回ユメちゃんから叱られたいとか思ってるならやめた方がいいよ。それはユメちゃんに対する裏切りだから」


「絶対にしない。私は二度と暴力を振るわない」


 ユメにもう一度叱られたいが、嫌われたくはない。


 それなら私は嫌われないように暴力を控えることを取る。


「これでやっと雷神と呼べる」


「ユメ、痛い目を見ないと分からない相手にはどうしたらいいと思う?」


「そうですね、どんなことでも暴力は駄目なので、味方を作るというのはどうですか?」


「なるほど。リア、私は今誰に何をされてる?」


「ユメちゃんに手を握られてる?」


 確かに私はずっとユメに優しく手を握られているが、そうではない。


「他」


「んとね、チカちゃんから煽られてる」


「そうだよね。つまり私はチカからいじめを受けてる訳だけど、そんなチカをどう思う?」


「酷い」


 ユメの言う通り、こういう時は多対一にするのが一番いい。


 リアは真面目だから悪い方の味方には絶対にならない。暴力を振るったらチカの味方になっただろうけど、今の私は一方的にいじめを受けてる被害者だ。


 そしてリアのような子に言われることは結構響く。


「まっすぐにそう言われるとさすがに……」


「人の嫌がることはしたら駄目なんだよ」


(そうだね、朝私のことを雷神ちゃんって呼んでた子がいたけど、やったら駄目だよね)


 言ったら味方が減る可能性があるので言わないが、傍から見たら手のひら返しがすごい。


「リアだって言ってたじゃん」


「リアはもう心を入れ替えて言わないもんね?」


「うん、カミちゃんはカミちゃんになったんだもん」


 こんなに自分のことを棚に上げられる人もそうそういないだろうけど、それがリアという人なのだろう。


 でも実際、私のことを「雷神」と呼ばなくなったのは事実だから私からは何も言わない。


「まぁいいや。そろそろ行こうか」


「そうだね、行こー」


 連絡先の交換を終えた私達は教室を出た。


 最初の目的地、図書室に向かって。

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