第2話 可愛いのだから仕方ない

「……」


「ねぇ聞いてる?」


「内生さん、完全に無視されてるよ」


「なんだかごめんなさい……」


 結局転校生三人、リアとチカとユメは私の周囲を囲むような席になった。


 私の席はいわゆる主人公席で、窓際の一番後ろの席だ。


 そして隣がリア、右斜め前がチカで、前がユメ。


 状況がラノベのハーレム主人公みたいだ。


 色々と考える時間が欲しいので、さっきから話しかけてくるリアを無視し続けている。


「ユメちゃんは悪くないから謝らなくていいの。それよりチカちゃんは『内生さん』なんて呼ばないで、気安く『リア』って呼んでよ。カタカナ希望ね」


「呼び方に漢字とカタカナがあるのか分からないけど、分かったよリア」


「ユメちゃんもだからね?」


「えっと、リアさん?」


「呼び捨てがいいけど、まぁいっか」


 なんだか私の周りで転校生達が盛り上がっている。


 色々と情報が入りすぎて整理が追いつかない。


「それでの名前はなんなの?」


「……すごい考え方するな」


 私は少し呆れたようにリアを見る。


 神前だから、神の前にあるもの。つまり神社なんかで神様が祀られてるところの前にあるのがお賽銭箱とお参りの時に使う鈴だ。


 そこから私のあだ名を『すず』にしたみたいだ。


「すごい、私の『絶対に分からないだろうあだ名』を一回で理解するなんて」


「私のではあるから」


「あだ名の由来を当てるのが?」


「当たらずも遠からず」


 私の数少ない特技の一つに『読心術』がある。


 だから今のはリアの考えを読んでみただけだ。


(まぁその特技のせいで絶賛悩まされてるんだけど)


「やっと話してくれたから名前教えて」


「神前でいいよ。それかすずでもい──」


「その子は雷神だよ」


 私の言葉を遮って、多分今一番会いたくなかった人がやって来た。


 嫌いだからとかではなく、シンプルにめんどくさいことになるから。


「雷神?」


「そう、そして私が風神。つまり私達は二人で一つの一心同体なんだ」


「片思いだからね神井かみいさん」


 この胸の辺りまである髪を風になびかせながらやって来た元気っ子は神井 風奏ふうか


 自己紹介の時に私の名前を聞いて「雷神!」と指さしてきたおかしな子。


 私の神前 雷莉の名字と名前の『神』と『雷』を取って雷神、自分の神井 風奏の『神』と『風』を取って風神らしく、毎日のように私に構ってくる。


「神井さんじゃなくて風神と呼んでよ」


「高校生なんだから中二病は卒業しようね」


「自分に嘘をついたら人生つまらないんだよ」


 こうしてたまにそれらしいことを言うから反応に困る。


 言いたいことは分かるけど、私を巻き込まないで欲しい。


「神井ちゃんのことは風神ちゃんって呼べばいいの?」


「ううん、それは雷神にだけ呼ぶことを許可してるから、みんなは風奏って呼んで」


「漢字とカタカナどっち?」


「漢字で。風を奏でるって書くんだけど、かっこよくて好きなの」


 珍しくてかっこいいのは分かるけど、名前の表記について聞かれたことに何も思うところがないのだろうか。


 それとも気になる私がおかしいのだろうか。


「じゃあ風奏ちゃんと雷神ちゃんでいいね」


「よくないから。神前でいいって言ってんじゃん」


「雷神ちゃん?」


(駄目だ話が通じない)


 リアのニマニマしや顔からわざとなのは分かっている。


 素直に名前を教えたらそれで解決するのも分かるけど、なんか癪で教えたくない。


「ユメ、ちょっと来て」


「えっ、私ですか?」


 驚くユメに手招きをして、教室の端っこに呼ぶ。


 そしてリア達には聞こえないようにユメへ私の名前を教える。


「えっと、なんで私に?」


「リアに素直に教えるのはなんか嫌で、神井さんは知ってるし、チカは腹黒だから」


「私だけ評価悪くない!?」


 チカが不服そうに言うが、実際リアが私をいじってる時なんか一番楽しそうにしていた。


 それにがリアルだ。


「あの、それなら私にも教える義理は無かったのでは?」


 ユメが怯えながら私に聞く。


(そんなに怯えさせることした? するのはこれからなんだけど)


「まぁユメが一番いい子だから教えてもいいかなって。ユメからリアとチカに伝わるなら仕方ないって思えるしね」


 私がそう言うとリアとチカが同時に立ち上がる。


「ユメに無理やり聞くようなら私の全てを使って対処するけど?」


 私がそう言って二人を睨むと静かに席に座った。


「雷神は強いよ。多分このクラスの男子が全員束になっても勝てないから」


「怖っ、そんなんじゃ男の貰い手がつかないよ」


「別に元から結婚願望ないし。私は大切な人を守れればそれでいい」


 私はそう言ってあわあわしているユメの顔を見る。


「雷神、もしかして……」


「仕方なく無い? ユメの守りたくなる感じが強すぎるんだよ」


 私の守りたい相手はユメだ。


 もっと簡単に言うと好きだ。


 恋愛感情とかではないけど、純粋に怯えるユメを守りたい。


「百合展開ですか。私という相棒がいながら」


「それは勝手に言ってるだけでしょ」


 私は風奏と相棒になった覚えは無い。


 ユメのことは守らなければいけない存在だから守るだけだ。


 可愛いし。


「えっと雷神ちゃん」


「雷神言うな」


「うんと、ユメちゃんがフリーズしてる」


 リアがそう言うのでユメの方を見ると、確かに固まったユメがいた。


「可愛い反応しやがって、そんなに無防備だとキスしちまうぞ」


「おい腹黒。勝手にアフレコすんな」


 チカが変なことを言ったせいで、ユメが動いてくれたが、頬を赤く染め口元を押さえて私から少し離れ……ようとして壁にぶつかった。


「痛いです……」


「確かにあれは可愛い」


「天使なのかな?」


「見た目はギャルなのに、ドジっ子属性ってギャップすごすぎでは?」


 リアとチカと風奏の反応を受けて、ユメは更に顔を赤くする。


「ユメをいじめるんじゃないよ」


「最初にいじめたのは雷神ちゃんだよね?」


「守るフリをしていじめるなんて、どういうプレイなの?」


「雷神は特殊性癖の持ち主だったか」


(とりあえずシバくか?)


 だんだん腹が立ってきたのでちょっと痛い目に遭わせないと気が済まなくなりそうだ。


「痛くするから我慢しろ」


 私は指を鳴らしながら三人に近づく。


 私が本気なのを察したのか、三人の顔が引き攣る。


「らいじ……、神前ちゃん、暴力はよくないよ。暴力が生むのは崩壊だけだよ?」


「そうそう、人を傷つけるといつか自分に帰ってくるんだからね?」


「そうだよ、暴力で人を従えようとする人にいい未来は来ないんだよ、らいじ、ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 性懲りも無く私を「雷神」と呼ぼうとした風奏の額に私の指がめり込んだ。


 もちろんほんとにめり込んだ訳では無い。


 風奏にデコピンをしただけだ。


「言わないで良かった」


「自業自得だけど、大丈夫?」


「……ねぇ、私の頭って付いてる?」


「デコピン程度で大袈裟なんだよ。ちゃんと力は抑えたんだからそんなに痛くないでしょ」


 風奏は大袈裟すぎる。


 確かに私のデコピンは人より多少強いらしいが、所詮は多少だ。


 小学生の時になんとなく鉛筆にデコピンをしたら少し凹んだ程度だから。


「そうやって暴力を振るうとユメちゃんに嫌われるよ」


「……そうでも無いみたいなんだよね」


 私がユメの顔を見ると、何故かキラキラした目で私を見ていた。


「私、神前さんみたいになりたいです!」


 ユメがそう言って私の手を握る。


「ユメちゃんは天使なんだから人に暴力を振るう子になったら駄目!」


「でも今のは神井さんが悪かったですよね?」


「まぁ風奏の自業自得ではあったね」


「私に味方はいないのか……」


 風奏が落ち込んだように俯くが、そんなのどうでもよかった。


 ユメから送られる純粋無垢な瞳を可愛いと思うのと同時に、この瞳を曇らせたくないという気持ちでいっぱいになった。

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