私の平穏な日常が終わった件について

とりあえず 鳴

第1話 平穏な日常終了のお知らせ

「朝、おはよう」


 私、神前かみまえ 雷莉らいりの朝は、『朝』という概念に挨拶をするところから始まる。


 別に宗教上の理由とかではなく、『朝』というものは目には見えないけど、私達が起きたら一番に出迎えてくれているものだと思う。


 だから私は朝起きて最初に『朝』へ挨拶をする。


 まぁ一ヶ月に一回するかしないかだけど。


「こういう『普通』じゃないことすると、私の平穏な日常が壊されそうなんだよなぁ」


 私の人生の目標は『何事も無く死ぬこと』だ。


 普通に生きて、普通に年老いて、普通に死ぬ。


 じゃあ普通とは何かと言われたら困るけど、今はとりあえず高校を補習や留年無く卒業することが一応の目標だ。


 そして大学に行き、就職をしてそれなりの生活をする。


 それが私の普通。


 その為に今は学校に行く準備をしなければいけないのだけど。


「寝坊してんだよなぁ。走ればギリ間に合うけど」


 呑気に挨拶をしてる暇など無かった。


 だけど人間というものは、早くしなければいけない状況で一度冷静になると諦めが脳裏をぎる。


「一日ぐらい遅刻しても私の平穏な日常は壊れないよね?」


 そんなくだらない考察をしてる暇があるなら準備をしろと言われそうだけど、既にしている。


 結局遅刻した時の言い訳や、そもそも教師と話すという行為の方がめんどくさくて急ぐことにした。


「朝ごはん抜きか……」


 さすがに朝ごはんを食べる時間は無いので、制服に着替えて顔を洗って歯を磨き家を出る。


 きっと冷蔵庫には朝ごはんが用意されていたのだろうけど、それは晩ご飯にいただくことにする。


(ごめんよ、父)


 心の内で朝ごはんを用意してくれたであろう父親に謝る。


 今日はきっと帰りが遅いだろうから、朝ごはんを夜に食べて、晩ご飯の用意をしてあげようと思う。


 きっと思うだけでやらないのだろうけど。


(ごめんよ、父)


 二度も謝ったのだからきっと父も許してくれる。


 仕方ないのだ、私の料理は壊滅的だから。


 父は「美味しい」と言って食べてくれるけど、あれは人が食べれるものでは無い。


 だからきっと父は人間ではないのだ。


 そんな特殊な父を持つからなのか、私は平穏な日常を求めるのかもしれない。


(やっぱり私が『朝』に挨拶するなんて奇行をするのはあの人が原因なので──)


 そんなことを考えていたら、何やら嫌な予感がした。


 正確に言うと、この先の十字路で何やら『非日常』なことが起こりそうな予感が。


 だけど私も急いでいる身なので、止まることは許されない。


 なのでスピードを落とさず進んで行くと──。


「遅刻、ちこ──」


 ちょうど十字路に着いたところで同じ制服で、食パンを咥えたアホ毛の女の子が飛び出して来た。


 ベタすぎる非日常に呆れながらその女の子を躱して私は学校へ向かう。


「どこ見て歩い……、ってあれ?」


 女の子が何か言っているようだけど、構っている余裕はないので無視して進む。


(よく食パン咥えながら喋れるよね)


 そこは漫画の世界だから突っ込んではいけないのだろうけど、明らかにさっきの女の子は口が動いていなかった。


(別にいいけど)


 そんなことより学校に行かなくてはいけない。


 このまま行けばまだ間に合う。


 だけどそんな日に限って上手くはいかない。


(何してんの?)


 私の進行方向に、土下座をした女の子が居る。


 これまた私と同じ制服で。


「眼鏡、眼鏡ぇ……」


 どうやら眼鏡を落として探しているようだ。


(悪いけど手伝う暇は……)


 そのまま通り過ぎようとしたら、更に先で見た目が完全にギャルな金髪女子、またもや同じ制服の女の子がおばあさんの荷物を持って一緒に横断歩道を渡っていた。


(……)


 目の前で同い年の女の子が善行をしてるのを見て、罪悪感が芽生えた。


 きっとこのまま学校に向かったら、一日この土下座少女を忘れられなくなる。


 それにこれで遅刻に理由に「人助けしてました」と言える。


 絶対に信じてもらえないだろうけど。


 そんなことを考えながら私も女の子の傍で静かに眼鏡を探す。


(近くに無かったら無いので……)


 見つけたので女の子に眼鏡を合わせる。


「あ、見える。そっかおでこに掛けてたのか。どなたか知りませんがありが──」


 お礼を言われてる時間はない。


 それに呆れて何も話す気になれなかった。


(さっきから非日常が起こりすぎなんたけど)


 アニメや漫画では日常なのかもしれないけど、現実でこんなの普通はありえない。


 ある日にはあるのだろうけど、こんなに続くことはありえるのだろうか。


 もしかしたらさっきの女の子達がグルになって私を陥れようとしてるのかもしれない。


(絶対に無いけど)


 だけど遅刻したらあの子達を恨む。


 もう二度と会うことは無いだろうけど、今度会ったら恨みの念を絶対に飛ばす。


(同じ制服だから会う可能性はあるんだけど)


 それでも会うことはないはずだ。


 だってあの子達の制服のリボンの色は、私と同じ赤で、同学年のはずだから。


 同級生なら見覚えがあるはずだ。いくら私が人に興味が無くて、クラスの九割の顔と名前が一致しないとしても。


(考えても分かんないからいい。とにかく急げ)


 そうして私はあの子達を一旦忘れることにした。


 結果的に遅刻にはならなかった。


 チャイムには間に合わなかったけど、担任が遅れているおかげで遅刻扱いにはならない。


(良かった。色々あったけど終わりよければすべてよしだよね)


 そんなことを思いながら、制服を引っ張って中に風を送る。


 九月になったとはいえ、まだ暑くて、それでなくとも結構本気で走ったから身体が熱い。


 そんなに汗はかかない体質だから臭いは大丈夫だろうけど、制服を引っ張る度に男子から視線を感じるのがウザくて仕方ない。


 別に見たところで私のサイズでは何も見えないのに。


(そういえば土下座少女、もとい眼鏡少女の胸は大きかったかも)


 呆れが強くてあまり見てないけど、眼鏡少女に眼鏡を合わせた時に男の視線を全てかっさらうようなものが見えた気がする。


 どうでもいいことだけど。


(それにしても遅い)


 既にチャイムが鳴ってから五分は経っているのに担任はやって来ない。


(死んだか?)


 そんな非日常は求めていないけど、何かあったのかもしれない。


 身体の熱が冷めて、落ち着いてきてやっと気づいたけど、クラスの人の様子もおかしかった。


 男子のチラ見はいいとして、女子の方も少しソワソワしている。


 もしかしたら、私が知らないだけで何かあるのかもしれない。


 それこそ──。


「遅れて……、俺は遅れてないからな?」


 死んだと思われていた(私に)担任がやっとやって来て、言い訳をする。


 なのにクラスの人は責めることはしないで、むしろ「やっとか」みたいな喜びに満ちた感情を向けている。


 いつもは嫌われているはずなのに。


「知ってると思うけど、今日は転校生が居るから。それも三人」


(多いな! てか知らないし)


 担任がそう言うと、私以外のクラスの人(陽キャ)が騒ぎ出した。


 うるさいので直ちに黙って欲しい。


「時間も無いからさっさと済ませるぞ。入れ」


 担任がそう言うと、前の扉から三人の女の子が入ってきた。


「簡単に自己紹介を頼む」


 担任がそう言うと三人は頷き、アホ毛の女の子が前に出る。


「みなさんはじめまして。私は内生うちう 莉亜りあって言います。よろしくねー」


 リアはそう言って下がり、次は眼鏡少女が前に出る。


「私は倉橋くらはし 知佳ちかです。よろしくお願いします」


 チカは丁寧にお辞儀をして戻る。


 そして最後はギャルが出てきた。


「あ、えっと……。さ、早乙女さおとめ ゆめです。あの……、よろしくお願いします」


 ユメがペコペコしながら言うと、そそくさと戻って行った。


(転校生だったのね)


 それなら私が知らなくて当然だ。


 だけど同じクラスに三人同時で転校生が来るなんて普通はありえない。


 だけど誰もそのことを不思議がってはいない。


(つまり事実なのかな)


 私の胸に引っかかる何か。


 それが真実だとしたら私の平穏な日常が崩壊する。


 だからあの子達とは関わらないように──。


「あー! 今朝の」


 アホ毛ことリアが私を指さしながら叫ぶ。


(私の平穏終了のお知らせ)


「ん、知り合いなのか? それなら全員まとめて神前の近くにするか」


(意味が分からないんですけど!?)


 こうして私の平穏な日常は終わった。


 ベタ過ぎる展開によって。

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