第7話 朝からコンビニ弁当(+ポテトサラダと煮込み)

      ◆


 目が覚めるとすでにカーテン越しの日差しが部屋の光景を浮かべ上がらせていた。

 ベッドから降り、スリッパを引っ掛けてから着替えとバスタオルを取り出す。そうして寝室を出たところで、鶴見がまだ来ていないということに川端は気付いた。時計を見るとまだ五時台である。昨夜、アルコールのせいで早く眠ってしまったからだ。普段より一時間も早い。

 物足りないような、安堵したような気持ちで川端は風呂へ行ってシャワーを浴びた。どうせ今日は外出しない。デスクワークや調査は自宅にいてもネットを使ってできる。

 熱いお湯に眠気が飛んで、意識がクリアになったのを感じたのに満足して、川端は着替えてからリビングへ戻った。バスタオルと洗濯物は洗濯機に放り込んでおく。

 歯を磨きつつ、多機能モニタを起動して最新のニュースをチェックする。特にこれといって特別なことは起こっていないようだ。平穏が一番だが、川端は仕事柄、突飛な事件を期待してしまう。未知の事象を解明するのには不思議な快感がある。

 多機能モニタを眺めながらインスタントコーヒーを用意して、ソファに腰を下ろしてぼんやりと時間を過ごした。

 そろそろ来る頃だろう、と川端がモニタの隅の時刻表示を眺めていた時、玄関の方でかすかな音がして、ドアが開く音がそれに続いた。来たな、と意味もなく呟きながら川端は席を立ち、来客のためにコーヒーを用意し始めた。

 すぐにリビングに顔を見せた鶴見が、あれ? などと驚いた顔をしてみせる。演技派だな、と言ってやってもよかったが、川端は口にしなかった。

「早いですね、川端さん。僕が働いている間くらい、寝ててくださいよ。そうじゃないと、今も川端さんは働いているのかな、とか想像して僕が落ち着いて眠れないじゃないですか」

「訳わからないこと言っていないで、コーヒーでも飲めよ。で、朝飯は?」

 いつものこれです、と鶴見が両手に提げていたビニール袋を持ち上げた。見た目だけで、コンビニ弁当だとわかる。

「二度と食べたくないと思ったこともあったが、今は何故か食べたい気分だよ」

 嫌味そのままの川端の言葉に、鶴見は全く真意に気づかないようでにっこり笑うと、「電子レンジを借りますね」と勝手にキッチンの方へ行ってしまう。川端は二人分のマグカップをそのままローテーブルへ持って行き、そっと置いた。

 多機能モニタは天気予報を表示している。おおよそ晴れだとわかればいいタイプの川端は、チャンネルを変えて洋楽のヒットチャートを流す番組を表示した。

 電子レンジのささやかの動作音を背景に「唐揚げとメンチカツ、どちらがいいですか」と鶴見が問いかけてくる。メンチカツと答えておき、川端はコーヒーをすすった。そういえば昨日の夕飯用の惣菜があるし、ドーナツも余っていると思い出した。

「冷蔵庫に入っているポテトサラダと煮込みも出してくれないか?」

 了解です、という声と電子音が重なる。鶴居が川端のところへ弁当を持ってきて、またキッチンへ戻っていく。

 川端の前に置かれた弁当は昔ながらの焼肉弁当だった。朝からはやや重いが、学生時代を思い出せばこれはラッキーというものだ。

 鶴見が忙しなくリビングとキッチンを往復し、結構な時間をかけて朝ごはんが揃った。弁当の他に煮込みとポテトサラダ、川端にはメンチカツと、鶴見には唐揚げ。

「じゃ、いただきます」

 川端の言葉に鶴見も唱和する、まるで子どもだと思ったが、川端には特に不快ではない。鶴見にはそういう、憎まれないキャラクター性があった。

 二人は最近のコンビニバイトの実際について話していた。全くの世間話だが、鶴見の話を聞く限り、川端が働いていた十年前とほとんど差はないらしい。

 しかし商品の発注は大部分を人工知能が受け持っていて、人間はひたすらそれを棚に並べるとのことだ。

「もう弁当やおにぎりやパンが売れ残ることなんて滅多にないですよ。かなり正確に発注しますからね。品切れになるのと運送業者が次を運んでくるのがジャストタイム、という感じです」

 妙な文法だが、理解はできる。便利な時代じゃないか、と口にしてから、川端がアルバイトをしていた時代に起こった発注ミスの笑い話が自然、二人の間でやる取りされた。

 個数を十にするところを、入力を間違えて一〇〇としてしまい、そのまま発注されたがために、欲しい量の十倍の数が配送されてきた時の店長の顔を、川端は今も忘れられない。

 食事がおおよそ終わったところで、二人ともがコーヒーを飲み始め、鶴見が昨夜の話の続きを始めた。

「それで、川端さんの受け持っている事件の被害者についてよく知らないんですが、どんな人ですか?」

「どんなって、平凡な人だよ」

「男性でしたっけ? 女性でしたっけ?」

 おいおい、と思わず川端は顔をしかめた。

「俺の仕事にも守秘義務はある。わかるだろ?」

「僕が誰にも口にしないんですから、守秘義務は守られますよ」

「そういう捉え方は斬新だが、詭弁だし、日本語力が乏しすぎる」

 まあまあ、と鶴見は笑っている。

 川端はため息をひとつ吐いて、多機能モニタのリモコンを手にとって操作し始めた。

「なんですか、川端さん、言えないってことですか? 水臭いなぁ。僕ってそんなに信用できないですか? なんていうか、がっかりです」

「ちょっと黙ってろ」

 睨みつけて鶴見の口を閉じさせてから、川端はリモコンの操作を続行した。

 そのうちに目当ての報道にぶつかる。

「これだ」

 その一言で鶴見がモニタに身を乗り出す。川端はリモコンで報道番組のアーカイブの一部を再生させた。

 六十代の女性が投資を装った詐欺によって二〇〇〇万円分の電子マネーを詐取された事件の報道だった。

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