バレンタインにて

 この時期になると人々はソワソワしだす。バレンタインデーだ。恋人にチョコをあげようとチョコ作りに精を出す者。義理でもチョコが欲しくて女子に急に親切になる者。とにかくこの時期は落ち着きがない。

 それは各店もそうだ。バレンタイン商品を販売したりと各々が頑張っている。もちろんこの知る人ぞ知る名店「ショコラ」も例外ではない。たとえここが酒を嗜むバーであったとしても、マスターの澤村豊は第一に風情を思い入れる。バレンタインならばバレンタインの波に乗ろうと限定メニューを試作中だった。


「うわ、いい感じに溶けてる」

 電子レンジから出てきたのは天板の上に乗せられたピンク、黒、白の板チョコだった。3色のチョコはドロドロと溶けていた。

「これに今回はラムを混ぜてと」

 豊は天板の上のチョコに金色のトロッとした液体を注ぎながら銀色の細いスプーンで3色がマーブル模様になるようにかき混ぜた。

「あとはこれを冷やして、お酒のお供に食べるラムチョコの完成だ…」

 豊は無意識に天板を持って後ろを振り向いた。しかしそこには誰もいなかった。

「勉くんが洋介さんのところに行ってもう3ヶ月くらいが経つんだね…」

 豊はマーブル模様になったチョコをまじまじと見た。

「俺はピンク色で、洋介さんは黒色…。そして勉くんはホワイトチョコってとこかな。かき混ぜられて、お互いぐちゃぐちゃになって、この白はいつか黒に染められる。場違いなピンクは何もしてやることができないか」

 豊はそっと冷蔵庫に天板を入れて閉じた。そして余ったチョコをとってイスに座った。そのチョコは黒色のビターチョコだった。

 一口かじってみた。

「さすがカカオ72パーセントだよね。苦いや。いちごのチョコはできるだけ甘いの買ったつもりだけど、負けてるかもな」

 豊はキッチンを見渡した。チョコの銀色の包み紙が散らばっていた。豊は微笑した。

「なんでこうなったんだろ」

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とある日のこと 大和滝 @Yamato75

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