第6話 策略は苦い記憶の中に

 円卓会議が終わり、執務室に戻った私は机に突っ伏した。

 重圧からの解放感が一瞬、心地よく感じられたが、すぐさまどっと疲れが襲いかかってきた。


「まさか、あそこまでギスギスしているとは……予想外だよ」

『魔王に対する不満を、ここに来てようやくぶつけられたということだろうな』


 頭上に乗っかった魔導機巧マシナリーのクロウが、思念を通じて静かに語りかけてきた。

 顔を上げる気力もない私は、そのままの姿勢で問い返す。


「んー、不満って、たとえば?」

『今の方針では、円卓派に参加してるからといって特権を享受できるわけではないからな』

「特権って?」

『例えば、前任の魔王の時代は、旧貴族派に所属し、戦いの功績の多い種族に恩恵が大きかった。領地の拡大や、魔力資源リソースの分配なども含めてだ』

「貴族みたいなもんかな?」

「そうだ。しかし、今はそのような恩恵はない。対抗するため、今度は自分たちが代わりに力を得ようというのは自然な考えだろう』


 クロウ曰く、円卓派というのは、旧魔王派である旧貴族派の作った特権階級に対抗して作られた派閥だ。

 けど、円卓派が実権を握れば当然、今度は自分たちの正当性を担保し、統治を維持するための力が必要になってくる。


 一つは財力、もう一つは軍事力。

 それを生み出すのは仕事を采配したり、何かを決めるための決定権だ。


『権限があれば、円卓派に反発する派閥に圧力をかけたり、弱体化させることもできるからな』

「不満を言うのは良いけど、ありもしない疑惑をでっち上げてもはいそうですってなるわけないじゃない」

『どうした? 会議の前までと違って、ずいぶんと強気になったじゃないか』


 クロウの苦々しい言葉に、私は顔を上げ少し怒りを交えて言い放った。


「王国でも、この手の話は迷惑してたからね」


 私がなぜか勇者一行に同行するように言われた時の周囲の反応を思い出し、ため息をつく。

 

 勇者に同行するにあたり、私が聖女の称号をもらうことに反対した人はいた。別に私は称号などいらなかったけど、特殊な術式を開示するには聖女の地位が必要だったのだ。


 そりゃ私みたいな落ちこぼれに聖女の称号はふさわしくないのがわかってるよ。でもこんな小娘が魔力を持ってるとかおかしいとか散々言われたのだ。

 そんなにいうなら自分がやれば良いのに何度思ったことか。

 こっちはできるものがいないのでやってるだけなのだ。


「あと、師匠がね。よく言ってたの。嘲笑や誤った印象を与えて何かをおとしめる人は、その裏側に本当の望みを隠してるってね』

『なるほどな、ただ、会議であれだけ啖呵たんかを切り、力を見せつけたんだ。相応の結果は求められるだろう』

「う……」


 私がたじろいてるとセレネがお皿に何かを乗せてもってきた。

 

「さっきは庇ってくれて助かりました。疲れたなら甘いものがいいといいますし、クッキーでもどうぞ」

「ありがとう」


 私は一つつまむとクッキーを口の中に放り込む。

 甘い砂糖の味が自分の感情や疲れを和らげていく。

 

「うー、美味しい」

「セレネよ。フィオナをちょっと甘やかしすぎなのではないか?」


 私が束の間の幸せ喜んでいるとクロウが冷静に突っ込んで来る。この魔導機巧マシナリーはやはり私には随分と厳しい。

 

 飾りとはいえ魔王なのだけど私のことは呼び捨てるし。

 まあ、魔王様ってのはなんとなく背筋がこそばゆいので、呼び捨てられる方があっているのだけどね。


「時には優しくすることも大切だと思いますよ。

 クロウはちょっと厳しすぎるところがありますからね」


 セレネが冗談めかしてそう言うと、クロウは憮然とした思念こえで言う。

 

『甘やかしてばかりでは、人は育たない』

「いや、クロウに甘やかされた記憶なんて私にはないからね!」


 私は思わず突っ込んだ。

 するとセレネは少し噴き出すように笑う。

 

「クロウは一人で全部やって、なんでこんな簡単なのにできないんだ? ってさらっと言うタイプですからね」

「ああ、わかる。無自覚に人を煽るタイプだよね」


 セレネの補足に私は深く同調する。

 

『おまえたちもさすがにずけずけ言い過ぎではないか……?」


 セレネと二人で盛り上がってると、クロウはふいっと視線というか機体を横に向けた。魔の国では魔導機巧マシナリーも拗ねるらしい。


 ◇


『とにかく、目の前の王国の件から片付けるとしよう。セレネ、頼んだ』

「はい、ひとまず現在の影の森シャドウウッドの現状を同期します」


 クロウの指示にセレネが答え、執務室の壁に触れると、魔導器アーティファクトが起動し、虚空にイメージが表示された。

 

 そこには魔導都市のセルディアスと影の森シャドウウッド全域の地図が表示されており、報告で受けた敵の侵入経路が示されていた。


「これはセルディアス全域の地図……?」


 虚空に浮かび上がる影の森の地図を見つめながら、私は頭の中で情報を整理していく。

 

「はい、拠点や魔導機兵の配置も表示されています。これがあるから影のシャドウウッドを守れているんですよ」


 私に命令権があるのはセレネが率いる魔導機兵団だけだ。魔王と言いつつ。実際には、各種族の兵の指揮を直接取る権限が私にはない。

 

 ちなみに魔導機兵団というのは、文字通り魔力で動作する魔導機械マシナリーで構成される部隊だ。

 

 たとえば、クロウとかは人格を持ち自律的に制御が可能だけど、多くの魔導機械マシナリーは、命令を実行する能力しか持たない。ただ、その種類は千差万別で、偵察用から戦闘用や運搬用、大小さまざまな魔導機械マシナリーを運用できる。

 

 確かにこれだけの魔導機械マシナリーを自由に使えるようになるなら、権限を譲渡せよという言いたくなるのもわかる気がする。


「王国としては私が禁呪を使ったことはわかってるとはおもう。だから、今回の目的はこの国の反応をうかがってるというところかな……?」


 腕を組み、しばし思案する。 

 前魔王との決戦時に勇者たちを帰還させてるので王国側は状況はわかってるはずだ。今まで王国の軍隊を動かそうとしていなかったが、今回動かしたというのがその根拠だ。

 

『フィオナの言う通り、先遣隊は威力偵察でこちらの様子を探るのが目的だろう。魔導機械マシナリーを複数配置して迎撃する。既にあらかた配置も決めてある』


 クロウがそういうと地図に光点が表示される。この魔導機械マシナリーちょっと優秀過ぎない? 

 

「そういえば、私たちが魔王城に潜伏する時もずいぶんと手こずらされた気がする……」

『それをかいぐぐって、セルディアスの地下通路を見つけて潜入したやつがいるらしいな』


 それは私たちのことである。

 

「いや、魔力探知、熱探知は常に使ってたからね。その情報と視覚を常時共有してたから、うちのパーティの人がうまく発見してくれたんだ」

「常にって、今言ったのを全部同時にやってるのか?」

「そうだよ。だって、私はそれくらいやって初めて人並みなんだもの」


 私は苦笑いする。

 

『どういうことだ?』

「汎用術式の同時起動で、私はようやく人並みってことだよ。それに術式の補助がない私はただの一般人」


 私は実は汎用術式を使って、知覚や身体能力を大幅に向上させている。勇者一行として活動してたときはそれをほぼ常時に発動させることで、補っていたのだ。


「汎用術式は確かに便利なんだけど、使いすぎると魔導術式の発動領域を圧迫する。だから、戦闘に使えるような攻性の魔導術式は私は使えないんだよ」

「ああ、だから攻撃術式を一切使ってなかったのか」

「そう、本格的な戦いでは私は役立たずってこと」


 私は自嘲気味に笑った。

 しかし、クロウはあきれたようにため息をついた。

 

『勇者一行がなぜ、罠や魔導機械マシナリーの配置をかいくぐって城にたどり着いたのかわかった』

「え? すごい苦労したんだけど」

『あのな。そもそも魔導術式はそこまで常時起動することはできない。並列実行なんてのもふつうは無理だ。異常な魔力容量だけかと思ったけど、十分化け物じみてる」

「化け物って、私は戦えないんだってば」

『森の中の索敵相手の位置情報の特定がどれだけ有用か。そしてそれを見分ける能力を分け与えることができるという意味をもうちょっと理解した方が良い』 

「いやでも私は戦闘とか苦手だしね。戦いとか嫌いだし」

「……そんなこと言う魔王はおまえだけだろうな」


 呆れたようなクロウの声。

 でも回復ならともかく、戦闘用の魔導術式は使えないんだし、私が行っても無意味じゃない?

 

「向こうの人だってそうだよ。だってもう攻める理由がないからね」

『戦いたくないとか言ったところで、相手が攻めて来る分には対応せざるをえないだろう』

「それはそうだけど……」

『それとも白旗を上げてレオにでも頼むか? 物資の確保とかはこっちの仕事になるだろうし、見返りは要求されるだろうけどな』


 クロウの言い分に私は何も言い返せなくなる。


 しかし、戦いたがるのは前線の兵士ではない。誰が好き好んで魔獣の溢れる影の森シャドウウッドに来たがると言うのだろう。


 そもそも戦いの始まりは領土の侵略に危機感を覚えたのが原因で、我々のロガルド王国が勇者たちを送り込むようになったのだ。


 侵略に対する対抗が目的というなら、今のところロガルド国からすれば領土は奪還できており、押し返せている。


 森の近くにある街道沿いの砦で、防衛体制を引いていれば十分守り切れる。戦いとは防衛側が圧倒的に有利なのである。私もこれ以上、無用な挑発とかはしたくなかった。戦いはもうたくさんだ。


 でも、いざ魔王になってみると、思うようにいかないことばかり。権限は限られているし、何より、戦いを避けたいのに、それすらも叶わない。自分の無力さがちょっと恨めしい。


 私たちもわざわざ攻めるのは本当に大変だった。そもそもこの森だと馬も使えないし、大規模な部隊を展開するとか無理だしね。

 

 この森は魔素が濃く、夜は寒いし、昼は魔獣に襲われる。水場を見つけるのも大変だし、食事も保存食頼みである。私が勇者たちと一緒に来る時はものすごく大変だったのだ。


 かなりサバイバルな生活に、何度この国の偉い人を恨んだかわからない。

 

 茂る草木をかき分け、まるで果てしない森の中を延々と歩かされた日々。夜になれば寒さに震え、昼は魔獣の襲撃に怯える。

 

 それでも任務のために耐え抜いたが、二度とあんな思いはしたくない。だから、私は戦うことに躊躇してしまうのだ。


 ……あれ? 待てよ。


「ちょっと考えたんだけど、こういうのはどうかな?」


 私は自分の経験を思い出し、ちょっと思いついて作戦の概要を提案してみた。


『できなくはないが……ずいぶんと性格が悪い作戦だな』


 ただ、提案した内容を聞いたクロウはちょっと引いて私の方をみた。失礼な。

 

「できるんだったら、それでいいでしょう」

『わかった。あとで魔導機巧マシナリーの使い方は教えてもらうといい』

「え? 私がやるの?」

「他に誰がやる。サボるな。このポンコツ聖女…いや、ポンコツ魔王か」

「酷い! ポンコツ言うな!」

「魔王様もセルディアスの機能を使えば魔導機械マシナリーと同調できるので、手伝ってもらいますよ」

「え? そうなの?」


 初耳だった。魔王城の力恐るべし。

 

『ああ、魔導接続マギアリンクを使えば、遠隔からでも魔導機械マシナリーを通して魔導術式を行使できる。威力の高くないものなら問題ないだろう。索敵の術式は使えるのだろう?』

「そりゃ使えるけど」

『なら、会議でつるし上げられたくないなら働くがよい』

「人使いが荒いんだから、もう」


 私はクロウに恨みがましい視線を向ける。

 そんなこんなで紆余曲折を経ながら、私たちは作戦の内容を詰めていったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る