第5話 円卓会議と譲れない境界線
円卓会議──魔導都市セルディアスの重要事項を決定する場所。この国の各種族や組織の代表者たちがここに集まり、セルディアスの未来を左右する。
円卓を取り囲む席には、既に集まった者たちが私を待っていた。今回、私はこの人たちを騙し切らないといけない。
(狼の群れの中に飛び込む羊ってこんな気分なんだろうなあ)
そんなこととりとめもないことを考えながら、黒い
「古代魔導都市セルディアスの管理権限は、フィオナ・ブラックウッドに移譲されました」
なぜ私が前魔王の姓を名乗っているのかというと、前魔王レイヴンの死後、彼の親族として認識させるためだった。
実際のところ、私は魔王レイヴンを倒した聖女であり、魔王を倒すことで魔王の権限を引き継いでしまっただけの存在だ。セレネは、この都市に無用な混乱をまねかないよう、そのまま私が魔王として居続けることを望んだのだ。部外者の私に頼る理由はまだわからないけど、セレネの切実さはよくわかっている。
私が円卓に手を置くと中央にある
この
「ご覧の通り、今の魔王は彼女です」
セレネの宣言に対する彼らからの視線は、私──不本意ながら現在の魔王──に向けられており、その目は明らかに不信感を含んでいた。
遠慮なく向けられる鋭い視線が痛い。
けど、私はすました顔を崩さない。
私の正体が聖女とばれると良くて幽閉。
最悪は処刑台送りである。
自分の国の王様を倒しに来た人物が、今日からあなたの国で王様ですなんて言われて受け入れる者などいないよね。
その意味では、私を魔王に推挙したセレネも危うい立場にある。
私とセレネは運命を共にしており、お互いのためにもこの場を乗り切るしかない。
私が何かしら変に装っても、付け焼刃の演技なんてなんてすぐに見抜かれる。そもそも、そういったことが得意であれば神官見習いとして旅に同行することもなかっただろう。セレネとの事前の打ち合わせで決めた通り、私はセルディアスの管理権限を継承しただけの見習い魔王として振る舞うのが役目、か。
(あんまり刺激しないようにするのがいいのかなー)
不穏な未来に内心は身を震わしつつ、私は円卓会議へと挑むのだった。
◇
「現魔王と聖女が相討ちになり、周囲で最も魔力が強い者に王としての権限が移ったということです。魔導城の
私は彼女が嘘をついていると知っているけど、セレネの声は自信に満ちており、いかにも堂々としていた。カッコいい。
「魔王に親族がいるなんて聞いたことがなかったのだが?」
長身ですらりとした小麦色の肌の青年が、立ち上がりセレネに抗議する。
「彼女は先代魔王に連なる者です。その秘密が明らかになれば、彼女の命に危険が及ぶこともあり得ました。
長年にわたり我々が彼女を隠匿し、守り続けてきたのです」
セレネは悪びれることなく平然として、それが自らの当然の責務であるかように答えた。
『あの人は…?』
『ゼファー。魔導騎士隊の隊長で、ダークエルフだ』
私の心の中の疑問の声に、そばに控える黒い浮遊型の
「いきなり連れてきたものが魔王という話、そうそう納得できるものではないだろう?」
「それにこんな小娘が魔王だと?」
円卓に座った他の人からも声が上がる。露骨に鼻で笑い、私を見下すような視線を向ける者もいる。
「彼女は魔力容量自体は許容値を満たしており、セルディアスの運行には問題ありません。そんな強大な魔力の持ち主が都合よく簡単に見つかりますか?」
セレネの反論に、ゼファーはいぶかしげに私の方を見てくる。彼の瞳が青く薄らと光を帯びる。おそらく私も魔力容量を図っているのだろう。私がこの役割にふさわしいかどうかを疑ってるようだった。
残念ながら魔力容量に関しては嘘はない。
幼い頃から生活に使う汎用魔術を多用していたせいか、魔力容量については人よりも遥かに大きくなってしまったのだ。
「たとえ魔力があったとしても、資質なきものの魔王の座が与えられるべきではない」
「それは我々が補佐します。そもそもセルディアスの運行は
他に代替案があれば聞きますが、と付け加えてセレネはにっこり笑ってそういった。その毅然とした態度に、私は思わず見とれてしまう。
「確かに今にところ都市の運営に問題をきたしているという話は聞いてないが……」
「そもそも過去の円卓会議で魔王の権限を制限され、重要な決定は円卓会議を通すことになっているはずです」
セレネの言葉にゼファーは唇を噛む。
実際のところ私が魔王に変わってからもセルディアスの運行には問題ない。ゼファーがしぶしぶと言った様子で席に座ると、扉を開けて新たな人物が現れた。
「すまんすまん、遅れて悪い」
彼は精悍な笑顔をたたえ長身の男性。
その髪は明るい茶色で、元は白い肌だろうが野外での生活を物語るように日焼けしていた。
「レオ、遅刻だぞ」
「悪い。ちょっと魔獣狩りが長引いてな」
彼が席に座ると、緊張した部屋の空気が一変したような気がした。レオは、人懐っこい笑顔を浮かべ、くだけた態度だが、その瞳はどこか油断ならない光をたたえていた。
「セレネ、聞いたぞ。また、魔王が変わったって? それがその嬢ちゃんかい?」
「魔力容量さえあれば、誰が魔王になったって一緒だということらしい」
「ほほう、確かに魔王っていうにはちょっと体つきが貧弱過ぎるな」
レオとゼファーは皮肉を交え言葉を交わす。
おい、聞こえてるぞそこの二人。
「そういうことなら、今後の王国からの侵略への対応、新しい魔王様はどうする?
レオが期待を含んだどこか探るような眼差しで私を見てくる。それは微笑みを浮かべながらも、まるで獲物を見つけた狩人のような瞳だ。
「レオ、貴様抜け駆けするつもりか」
「これは純粋な提案さ。もちろん対価はもらうがな」
「部隊を森全体に展開し、防衛のために常駐するとなると物資や
セレネがレオの申し出をやんわりと拒絶する。
「そう言って、また魔王が死んで代替わりするのは勘弁してくれよ」
ゼファーがセレネに向かって辛辣な言葉を投げかける。
「そもそもよりにもよって魔王が相打ちとは言え人間なんかに倒されるのが問題なんだ」
「まったく、人間もどきに魔王を任せるからこうなったんだ」
ゼファーのつぶやきにも、円卓の誰かの吐き捨てるような言葉にも、セレネの表情には変化がない。ただ、膝に置かれた手が強く握られているのを私は見てしまった。冷静沈着なセレネでも、身内を悪く言われるのは許しがたいのだろう。
ただ、もともとセレネとレイヴンの関係性自体は、実は公にはしてないらしい。セレネはあくまで魔王の秘書として振る舞っている。
「何にせよ、魔導機兵団のお手並み拝見ってことで」
レオはその様子を眺めながら私たちにこう言い放った。
「もちろん、セルディアスの運行については今後も問題ないことをお約束しますよ」
「だが、勇者に潜入されたというのは明らかな瑕疵だ。守りの責任を負うものが何かしらの責を負わねば納得は得られないだろう?」
セレネの反論に、レオはどこか楽しむようにうっすら笑っている。
「例えば、魔導機兵団の命令権を譲渡するとか、指揮権を円卓に委ねるとかな」
「私にあなた達の操り人形になれと?」
「まあ待て。そもそもこんな疑惑がある」
セレネが反論にレオはそういってセレネを制した。
「セレネが傀儡の魔王を立てる。俺たちに継承の仕組みを解析する魔導技術はないからな」
レオは私とセレネの方を見透かすような視線で見てくる。私はなんとか平静を装い、その視線を受け流した。
「今回だけ城に勇者が潜入したのは不自然だ。誰かと取引して今の魔王を害しようとしたのではないか」
レオは続いて円卓に座る他のメンバーを見渡すと、円卓の空気は張り詰めた。レオはじっと周囲を見渡すとおどけたように肩をすくめて言葉を続けた。
「……などと言っている者もいる。そうでなくても魔王の守護に失敗してるのは事実だ。疑惑を晴らすためにもそういった措置も必要だと思わないか?」
レオの視線は、本気でセレネを疑っているように見えない。ただ、円卓会議の面々では明らかに同調して頷く者もいる。
「正直、前魔王亡き今、戦いは俺たちに任せてセレネたちには都市の維持を中心やってくれれば良いと思っているんだがな……」
「そうだ! 権限を分散すべきだ。都市機能のほとんどを魔王が握っている状態は健全ではない」
レオの言葉に再びざわめき、同調するように円卓の面々からも声が上がる。
『円卓の面々も本音では、魔王の陣営の権限を縮小させたいのだろうな』
『どういうこと?』
『以前の魔王が、無茶な運営したせいで魔王の存在自体が忌避してる者もいる。
都市の住む人たちの生殺与奪権を握る魔王の存在自体、彼らにとっては目障りだ。できれば排除したいのだろう』
先々代の魔王を中心とした旧貴族派の独裁的な運営で、
魔王が倒され、円卓派が実権を握り、それ以降、魔王自体の権限が
現状、セルディアスの住む各種族は緩やかな自治を行っている。多くの住民にしては、セルディアスの基盤になる都市機能さえ無事に維持できれば他のことには干渉されたくないというのが本音なのだろう。
『もちろん優先的に
話を聞くうちに私の心の中では、どこか冷めたような感覚が広がっていった。
セレネが私を魔王にさせたのはこれが原因だったのだろう。目の前の者たちは責任の追求先を探している。これは何かを解決するための会議というよりも、利害関係を争うものなのだろう。
誰かの瑕疵につけこんで利益を得るのが交渉なのだとわかっている。私の国でもそんな場面はいやというほどみて来た。
その責を追うのは本来であれば魔王を倒してしまった私なのだ。
セレネが責められるというのは違うと思う。
私が彼女から家族を奪った加害者で、いわば彼女は被害者なのだ。
被害者が吊し上げられるなんて間違っている。
それに、セレネを吊し上げられて何かが良くなるかと言うとそんなことはない。
セレネを生贄に捧げ、誰かが得をするだけだ。
そんな考えが頭をめぐり、私は深く息を吸い込んだ。
思考を整理して、結論に達して、立ち上がった。
セレネは私の方を少し驚いたような顔で見る。
なぜなら、今からは予定のないことをするからだ。
「あなた方が不安に思うのはわかります」
私は視線に可能な限りの力を込めて円卓の面々を見回した。
「しかし、魔王として、また一人のセルディアスの住民として、前魔王の意志を引き継ぎ、この地に住まう全ての人々を守るため尽力させて欲しいと思います」
全ての人々というのは、魔王を一人で戦わせ、悼むこともなく争ってるこの人たちへの皮肉でもある。
セレネは私を受け入れ、この都市に自分が必要だと言ってくれた。それは、ここに住む人々に普通の暮らしを取り戻させたいという彼女の純粋な想いからだ。
しかし、目の前の者たちは、その想いを踏みにじり、ただ責任の所在を探しているだけのように見える。彼らは自分たちの種族の都合だけを考えているようにしか思えなかった。
「その覚悟を、まずはご覧に入れましょう」
私の中からは怒りと共に魔力が溢れ出した。
黒い髪が風に舞い、衣服がはためく。
円卓の中央の紋章が金色の粒子を舞い上げ、室内の空気が振動し、器物が微かに揺れ動く。
放出される膨大な魔力は、この場にいる誰よりも圧倒的に高く、円卓会議の参加者全員を驚かせるには十分だった。
おかしいな。
こんなに腹を立てるつもりはなかったのに。
原因を作ったのは自分なのだから、これはただの八つ当たりだ。
わかってる。
わかっているが、彼らは指導者的な立ち位置の者だ。
組織の上に立つものの振る舞いとして、ありもしない疑惑を突きつけたり、死者を貶めることが許せなかった。
それがこの社会に適応するための必要な手段だとしても、私はそんなものに流されたくない。
参加者が言葉を失い、一瞬、時が止まったように静まる円卓の間。
しかし、その静寂を破るように突然の大きな物音が部屋全体を震わせた。扉が勢い良く開き、息を切らして一人の兵士が駆け込んできた。
「失礼します! 緊急の報告です!」
彼の表情は極めて真剣そのもので、全員の注意が彼に集まる。
「ロガルド王国方面の斥候からの連絡です。
「なんだと?」
「先遣隊でしょうか。ならば魔導機兵団で対応します」
ざわめく円卓の面々にセレネが応じる。
「それでは準備があリますので、本日の円卓会議は終了とさせていただきます」
セレネがそう言って会議の終了を宣言すると、私に目配せをした。私はその意味を察し、静かに席を立った。
こうして、私の初めての円卓会議は幕を閉じた。
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