カットバック4

「他に何かあるの?」


 何かを尋ねたがっている様子の片瀬くん。たぶんだが、核心をつく言葉を躊躇って、回りくどいことばかり言っている。彼が何を思ってそうしているのかはわからないものの、こちらとしては、もしもを考えて、心の準備をしておく他あるまい。


 もしも、というのは、もちろん私の恋心について。何かの拍子にこちらの想いが彼に知られてしまっていたとしたら、当人としては当然真実を確認したくなることだろう。


 とは言え、恋心が―本人にとは言え―他者に知られてしまうのは、想像以上に恥ずかしい。全身がむずむずすると言うか、ソワソワすると言うか。出来ることなら、今すぐにこの場から逃げ出してしまいたいほどだ。


 言葉を選んでいるのか、片瀬くんはなかなか先を綴らない。それがますます緊張を募らせる。


「えっと、唐突で申し訳ないんだけど、最近落し物を拾ったりした?」


 私の胸がドキンと跳ねた。


 拾い物と言えば彼の消しゴム。彼の消しゴムと言えば私の名前。まさか、もう気付かれていたりするのか。


 思わず「拾っていない」と言いそうになり、ハッとする。


 ここで私が拾っていないと答えた場合、彼の興味は楠木くすのきさんに移ってしまわないだろうか。こんな些細な嘘をきっかけに、彼が楠木さんと距離を縮めてしまったらと思うと、いても立ってもいられない。


 私は、正直にあるがままを話すことにした。もちろん、拾った消しゴムに自分の名前を書いたことは伏せておくのだが。


「うん。拾ったよ」


 次に来るであろう質問を予測し、私は答え方を考える。


 こちらが拾ったと答えた以上、向こうは何を拾ったのか、拾ったものをどうしたのかを確認したがるはず。


 だからこそ、私は嘘をつかない範囲で煙に巻こうと試みる。それが、この場においての私の最善手と信じて。


「拾った物はどうした?」

「もちろん本人に返したよ?」

「それはつまり、誰の落し物かわかっていたってことだよね?」

「うん。落としたところに居合わせたからね」


 一つも嘘はついていない。が、この言い方なら、拾い物が何で、相手が誰かまではわからないだろう。


 片瀬くんもそれに気づいたのか。腕を組んで考え込み始める。よほどその落し物に興味があるらしい。


 真剣に悩んでいる彼の顔も素敵だ。いつものちょっと頼りないところも好きだが、こうして眉間にしわを寄せている顔も、それはそれで最高にかっこいいではないか。


 思わず見惚れてしまいそうになるのを必死に堪えながら、私は何食わぬ顔を保つ。


 消しゴムを拾ったのが私だとわかってしまえば、名前の件がバレた時に恥ずかしい思いをするのは私だし。おまじないの効果も何もあったものではない。それでは私の目的が達成出来ないのだから、こちらはこちらで必死なのだ。例えそのおまじないが、単なる子供だましであったとしても。


「それじゃあ、最後に一つだけ」


 そう前置きして、片瀬くんはとんでもない質問を、私にぶつけて来た。


「原さんが拾ったのは、もしかして僕の消しゴム?」


 せっかく明確な答えを濁すように返答して来たのに、この質問には「イエス」か「ノー」しかない。つまり、正直に答えるか、嘘をつくしかないのである。


 一気に窮地に立たされた私。まさか形振り構わず、彼がこの質問をぶつけて来るとは思っていなかった。


 基本的に小心で、控えめなのが彼の美徳。このように相手を追い込むような質問をする姿など、これまでに見たことがない。


 しかし、これはこれで新しい発見。いざとなれば他者の核心を突けるだけの気概があるのだと、彼は実証して見せたのだ。


 とは言え、この状況をどう切り抜けるべきか。私の心境としては、完全な詰み。正直に答えれば私は恥ずかしい思いをし、嘘をつけば彼は楠木さんのところに行ってしまう。どちらも避けたいところなのに、どちらかを選ばなければならない。


 迷う。


 こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎて行っているのだ。このまま答えないでいれば次の授業が始まるので、答えを先延ばしには出来る。が、所詮は無駄な足掻き。時間を空けた分だけ気持ちは乱れるのだから、ここはさっさと答えてすっきりしてしまった方が吉か。


 そういう訳で、私は口を開く。その答えは、きっと彼の眉間のしわを、優しく解いてくれるだろう。

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