カットバック3
次の休み時間。僕は思い切って、原さんに声をかけることにした。
西谷くんが別クラスの人に呼ばれて、教室からいなくなってしまったからである。
とは言え、自分から女子に話しかけるなど、僕の人生経験においては、ほとんどないこと。まっとうな理由と言うか。人助けなど、よほど状況が整っていない限りは、女子に話しかけるなんて芸当は出来そうにない。
しかも、今回は容疑者に対する事情聴取。お世辞にも、まとうな理由とは言い難い。が、事件を解決に導くためには、避けては通れない道だ。
僕は意を決して、原さんの名を呼ぶ。
「ねぇ、原さん。ちょっといいかな」
当の原さんはと言うと、僕に話しかけられるとは思っていなかったようで、大層驚いた顔をしていた。それはそうだろう。たまたま席が隣というだけで、僕みたいな陰キャに話しかけられたら、彼女だって迷惑のはず。
「えっと、どうかしたの?」
原さんは目が泳いでいるし、声は上ずっていた。よほど僕に声をかけられたのが迷惑だったらしい。
それでも、声をかけてしまった以上、続きを話さなければならないだろう。
僕は最大限、言葉を選びながら、話を続けた。
「一つ前の、数学の授業のことなんだけどさ」
「……うん」
「僕、ちょっと居眠りしちゃっててさ。ノートが途中から取れてないんだ……」
さっさと本題に入ればいいものを、余計な回り道をしてしまう僕。もちろんノートのことも重要ではあるのだが。今大事なのは、消しゴムを拾った犯人を特定すること。
当然、消しゴムの件に直結した質問をしてみるのが一番。しかしながら、直接「僕の消しゴムを拾っってくれたのは、原さん?」などと聞こうものなら、自意識過剰のレッテルを貼られ、その場でつるし上げられて、クラスの見せ物にされてしまうかも知れない。
「ああ~。ノートなら、見せてあげてもいいよ?」
ちょっと困ったような顔をしつつ、原さんはそう言った。明らかに、内心を隠している風に見える。彼女が隠している内心が、正確にどういうものかは、僕には測り知れない訳だが。
「本当? ありがとう。助かるよ」
内心がどうあれ、ノートを見せてくれると言うのだから、それなりの感謝はするべき。こう言う時に「素直にお礼を言える人間であれ」と言うのが、我が家の家訓なのである。
「……ええと、用件はそれだけ?」
あからさまに、話を早く切り上げたいという態度。一応笑顔ではあるものの、何となく目に力が入っているから、それが作り笑いであるということは、さすがの僕でもわかると言うもの。
そんなに僕と話すのが嫌なのか。わかってはいても、実際に悲しい現実を突きつけられるとへこんでしまうのが人間だ。僕だって例外ではない。
「ああ、いや……」
それは、明らかな失策。
自分の心を守る意味でも、ここは話を切り上げるのが得策であるはずだった。しかし、僕の中の探偵は、真実を明らかにせんと、会話の続行を選んでしまったのである。
「他に何かあるの?」
当然の疑問。
雰囲気からして、何かを隠している様子の彼女だが。それが何なのか、僕には全くわからない。
とは言え、僕の方から会話を続ける流れを作ってしまったのだから、次の言葉を口にする義務が、僕にはある。となれば、直接消しゴムの件について尋ねるか、それとも、ここは別の話題で誤魔化すかの二択。
犯人に繋がる有益な情報に繋がるかも知れないという意味では、前者を選ぶ他ない。が、この質問は、すなわち犯人であると疑っているとも捉えられるので、よほど上手くやらないと、情報を得るどころか、彼女に不快感を与えるだけの結果に終わってしまう。
僕は、足りない頭で必死に考えた。原さんを不快にさせず、かつ、事件の究明になる一言を。
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