カットバック1
僕はある事件を追っていた。
事件と言っても、殺人だとか、そういう物騒なものではない。
題して『誰が僕の消しゴムを拾ったのか事件』。
本当に下らない。解決するまでもないこの事件だが。僕の中では気になって仕方がないのである。
ことの発端は、僕が授業中に居眠りをして、消しゴムを床に落としたことに気がつかなかったこと。その時は消しゴムを落としたのにすら気づかなかった訳だが、僕がトイレで席を離れ、戻って来た時に、机の上に消しゴムが乗せられていたと。
そういう経緯から、これを事件という位置付けにした。
犯人――この場合は親切なクラスメイトでしかないけれど――は、床に落ちていた消しゴムが僕のものであるということを知っていた人物。となると、僕が授業中に居眠りをしていたことを知っていて、その際に消しゴムを落とした現場を目撃したということか。
僕の席は、教室の一番後ろの列の真ん中辺り。隣接している席で、僕が消しゴムを落とした現場を目撃することが出来たとすれば、前方の席の三人は除外される。よって、犯人は両隣である原さんか、西谷くんのどちらか、ということ。
ここで重要なのは、授業が終わった時点で、僕に直接消しゴムを落としたことを伝えなかったと言う点。
犯人がどうしてそうしたのかは、本人にしかわからないことだが、つまるところ、それこそが、この事件を起こした動機であると言うことだ。
この事件を解決するに当たり、容疑者の二人には事情聴取を行う必要がある。ここは同じ男子であり、比較的話しかけやすい西谷くんから話を聞いてみることにしよう。
僕は、席から少し離れたところで他の男子と雑談中の西谷くんに声をかけた。
「西谷くん。ちょっといいかな」
「ん? どうした、片瀬」
片瀬というのは僕の苗字。小学生の頃は瀬の字を書くのが難しくて、苦労したものである。
とまぁ、自分語りはこのくらいにして、早速本題に入らせてもらおう。
「西谷くんさ、さっきの授業のノートってちゃんと取ってた?」
「何だよやぶから棒に。まぁ、取るには取ってたけど、見せてくれってなら他をあたった方がいいと思うぜ? 自分で言うのもなんだけど、俺は字が汚いからな」
どうやら、僕が居眠りをしていたと言うことは把握しているようだ。しかし、彼は消しゴムのことについては言及していない。この件のことを知らないのか。あるいは、知っているが話せない事情があるのか。
いや。落ちていた消しゴムを拾う程度のことで、その事実を話せない事情など、本当にあるのだろうか。別に悪いことをした訳でもなし。真実を隠す理由は、ないように思われる。
こちらから消しゴムの話題を振るべきか。
その場合、彼の秘密を暴くことに繋がる可能性もある。彼が本当に秘密を抱えているかはわからないけれど。
「そういうことなら、ノートに関しては他の人にお願いしてみるよ」
「おう。用件はそれだけか?」
消しゴムの件を聞くなら今しかない。が、せっかくの休み時間を、こちらの事情で全て奪ってしまうのは気が引ける。
僕は、陽キャという訳ではないので、彼等と関わるのが大変だということもあり、彼の周囲にいるクラスメイト達の視線に負けてしまった。
「いや、特にないよ。ごめんね、時間取らせちゃって」
「別にいいって。んじゃな」
結局、彼から真相を聞き出すことは叶わず。ノコノコと自分の席に戻った僕は、気疲れから、他に何をすることも出来ずに、だらだらと残りの休み時間を過ごしてしまう。
次の授業の開始を告げるチャイムが鳴っても、僕の心の中のしこりは膨らむばかり。次の休み時間に、もう一度、西谷くんに話を聞きに行ってみるか。それとも、もう一方の容疑者である原さんに切り替えるべきか。はっきり決めることも出来ない。
そんなことを考えながら、僕は悶々とした時間を過ごすのだった。
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