3冊目 霧の中の約束

 


 村の外れにある古びた神社の階段を登ると、そこはいつも霧に包まれていた。


 この霧の中には、過去が隠されていると、村の人々は囁く。


 若い画家の悠介は、その霧の美しさに魅了され、毎日のようにその風景を描いていた。


 ある秋の日、悠介は神社の境内で不思議な女性に出会う。


 彼女の名は紗枝。


 彼女は、霧の中から現れ、霧と共に消えていく、まるでこの世のものではないかのような存在だった。


 二人は互いに引かれ合い、毎日のように会うようになった。


 しかし、紗枝は悠介に対し、自分の正体や過去について一切語ろうとはしなかった。




 悠介は紗枝をモデルに絵を描き始める。


 彼の筆は紗枝の神秘的な美しさを捉えるが、画布に紗枝の姿を写し取るたびに、彼女はさらに遠くへと消えていくような気がした。


 悠介は、紗枝との出会いが自分にとって何を意味するのか、その答えを求めて絵を描き続けた。




 紗枝と過ごすうちに、悠介は彼女がこの霧の中に隠された古い伝説の一部であることを知る。


 紗枝は、遠い過去、恋人との約束を果たせずにこの世を去った女性の霊だった。


 恋人との約束を果たすため、彼女は霧の中に現れるのだ。



 悠介は、紗枝が抱える哀しみと未完の約束を感じ取り、彼女のために何かをしてあげたいと願う。


 こうして彼は、紗枝と恋人との約束を象徴する絵を描き、それを神社の境内に奉納することに決めた。


 その絵を見た紗枝は、長い時を超えた安堵の涙を流し、静かに笑みを浮かべた。



 翌朝、悠介が神社を訪れると、紗枝の姿はもうなかった。


 しかし、霧の中にはふたりの深い絆と、過去と現在を繋ぐ美しい約束が残されていた。


 悠介は、紗枝との出会いが自分にとって大切な意味を持つことを理解し、彼女の存在が自分の芸術に新たな息吹を与えてくれたことを感謝した。


 霧は今も変わらず、神社を包み込む。


 しかし、その中には悠介と紗枝の物語が静かに息づいており、訪れる人々に、時を超えた約束と愛の物語を語り続けている。

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